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22_狙われたアイビス
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「ふぅ……夜風が気持ちいいわ」
賑やかな会場を離れて中庭に足を踏み入れると、そこはまるで別世界のようにシンと静まり返っていた。
初夏の夜風は少し湿気を孕んでいるが、まだひんやりと気持ちがいい。
アイビスは整えられた芝生をゆっくりと進んでいく。今日はパーティ仕様のヒールを履いているので、足を取られないように細心の注意を払わねばならない。
「あら……?」
広大な中庭の中心まで歩いてくると、立派な薔薇のアーチが現れ、側にはベンチが置かれていた。
休憩するにはうってつけだとベンチに近付くと、そこには既に先客がいた。
「エリザベス?」
「あ、アイビス様……!?」
項垂れるようにベンチに腰掛けていたのは、他でもないエリザベスであった。アイビスたちの前から走り去った後、そのままの勢いで中庭まで来たのだろう。
薄暗く、人気がない場所に一人でいたことは褒められたものではないが、会場から離れて一息つきたい気持ちもよく分かる。
アイビスを視認して分かりやすく動転するエリザベスの隣に、思い切って腰掛けてみた。エリザベスはアイビスの行動に驚いたのか、僅かに身体を跳ねさせると素早く限界まで端に寄ってしまった。
あはは、と頬を引き攣らせながら、そんなに嫌かと俄かに傷付くアイビスである。
「ね、ねぇ、エリザベス……」
「きっ、気安く名前を呼ばないでちょうだいっ!」
「あ……ご、ごめんね?」
どうにか話をしたいと宥めるように名前を呼んだら、ものすごい勢いで拒絶されてしまった。流石にグサリと心に刺さる。
(これは凹むなぁ……)
しゅん、とアイビスが項垂れると、ハッと我に返ったエリザベスは激しく両手と顔を振った。
「ちっ、違うの……嫌なわけではなくって、その……」
暗がりの中でもエリザベスの瞳が激しく左右に揺れているのが分かる。懸命に言葉を選んでいる様子が窺える。
エリザベスも、アイビスに歩み寄ろうとしてくれているのだろうか、そう淡い期待を寄せてアイビスは口を開いた。
「エリザベス、って呼んでもいいの?」
「~~~っ!!!も、もちろんですわっ!!」
エリザベスは片手を口に当てて息を呑むと、今度は首を縦に激しく振った。さっきから頭を揺らしすぎて、脳震盪起こさない?大丈夫?と少し心配になる。
それよりも、名前呼びを許されたことに安堵の息を吐いたアイビスは、花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
「そう、よかったぁ。私、ずっとエリザベスに嫌われていると思っていたから……」
「嫌っているだなんて……ッ!!まさかそんなこと!!むしろ、むしろわたくしは……」
鬼気迫る勢いで、必死な顔をしたエリザベス。フーフーと肩で息をしているが、お酒にでも酔っているのだろうか?暗がりでよく分からないが顔も赤いように思える。
そんなことを考えていると、視界の端で何かがキラリと光った。
「エリザベスッ!!危ないッ!!」
「えっ、ひゃぁぁっ!?!?」
次の瞬間、ヒュッと空を切る音がして、カンッ!とベンチにナイフが刺さった。正にエリザベスが座っていた位置に突き刺さったナイフがビィィンと刀身を揺らしている。
危険を察知したアイビスが咄嗟にエリザベスを抱え上げて大きく後ろに飛び上がったため、事なきを得たが、間違いなくこの中庭に招かれざる客がいる。
(ナイフが飛んできたのはあの生垣の方ね……じとりとした視線を幾つも感じるわ)
抱き上げた時はキャーキャー叫んでいたエリザベスも、自分が座っていた場所に突き刺さるナイフを目にして両手で口元を覆っている。カタカタと身体が震えているため、アイビスは安心させるように声をかける。
「エリザベス、大丈夫よ。あなたは私が守るから」
「ッ!?あ、アイビス様ぁ……」
アイビスの微笑みに、エリザベスの瞳がうるうると揺れる。
「そこに居るのは分かっているわ。潔く出て来なさい」
エリザベスに断りを入れて片手で肩に乗せるように抱き変えると、アイビスはベンチに刺さったナイフを抜いて、飛んできた方へと投げた。
ガサガサっと草葉の擦れる音がして、生垣から黒ずくめの男が飛び出して来た。
(さて、何人いるのかしら……それに、狙いはどっち?)
ジリ、と周囲を警戒しつつ退路を確保するように後ずさるアイビス。一人なら何とかなるかもしれないが、今はエリザベスがいる。まず第一にエリザベスを護ることを考えなければならない。
アイビスはベンチの下に綺麗に敷き詰められた砂利を手に取ると、気配を感じる方角に手当たり次第に投げつけた。
「ぎゃっ!」
「いてっ!」
どうやら見事命中したらしく、男の呻き声が四方から聞こえた。
(四人……いえ、五人かしら)
ピリ、と全神経を集中させ、敵の人数を把握する。
ガサガサと二人を囲むように黒ずくめの男たちが姿を現した。
「その背格好にその腕、間違いない。お前がアイビスとかいう女だな」
「あなたたちに名乗る名前は持ち合わせていないわ」
どうやら狙いはアイビスらしい。
となると、巻き込んでしまったエリザベスをまずは無事に逃さねば。
チャキン、と仕込みナイフを構える音に囲まれ、アイビスは内心焦る。路地裏で男三人を倒した時、幸いにも彼らは何も獲物を持っていなかった。あの時より人数も多いしエリザベスもいる。状況は最悪だ。
会場へ戻る道にも男が立ちはだかっている。とにかく包囲を突破しないとアイビスもエリザベスも無事では済まない。
「あ、アイビス様……」
「大丈夫、落ち着いて。いい?エリザベス。いつ私が走り出しても振り落とされないようにしっかり捕まっているのよ。舌を噛むと危ないから口も閉じて」
コクコクと何度も頷く気配がしたため、アイビスは周囲に集中する。突破すべきは会場へ向かう方向。どうしたものか。
大声で叫んで憲兵を呼ぶ?
いや、きっと兵が駆けつける前にアイビスたちは切り刻まれてしまうだろう。
そう考えた時に、アイビスはふと違和感を覚えた。
(待って、王族が参加する夜会が開かれているのに、中庭に兵の一人も配置されていないのは何故?そもそも、賊が簡単に潜り込めるほど、王城の警備は甘くないはず)
グルグルと疑問が渦巻くが、考えるのはこの窮地を切り抜けてからだ。
アイビスはグッと足に力を入れると、後方にいた男に向かって思い切り足を振り抜いた。
ピンと爪先を伸ばし、遠心力を利用して勢いよくヒールを飛ばす。狙い通り男の顔面にヒールがめり込み、男が体勢を崩した隙に躊躇いなく股間を蹴り上げて包囲を抜けた。
「くそっ、逃すな!追え!」
素早くもう片方のヒールを脱いで握りしめると、裸足で芝生を踏み締めて目一杯駆ける。エリザベスはアイビスの言うことをよく聞いてしっかりと捕まってくれている。多少の揺れは許して欲しい。
肺が張り裂けそうなほど苦しいが、追っ手の足音が迫ってくる。足を止めるわけにはいかない。それに、ベンチに座っていた時、奴らはナイフを投げて来た。真っ直ぐに走ると危ないだろうと、アイビスは変則的に蛇行しながら射線を崩し続ける。
「ちいっ、ちょこまかと……」
相手はむやみやたらとナイフを投げるつもりはないらしく、手に構えたまま追って来ているようだ。
(もうっ、なんて広い中庭なの……見えた!)
広大な王城の中庭は、中心から会場まで僅かに距離がある。エリザベスを抱えて逃げるアイビスにとってその距離は途方もなく遠く感じられたのだが、ようやく会場から漏れる光が見え、賑やかな音楽や人の声が聞こえて来た。
「エリザベス!!逃げて助けを呼んできて!!走って!!」
ここまで来れば大丈夫だと判断したアイビスは、素早くエリザベスを下ろすと、叫びながらその背を押した。
エリザベスは一瞬躊躇ったが、力強く頷くと会場目掛けて走り出した。
その背を見送ると、アイビスは追っ手に立ちはだかるように身構えた。
(会場にこいつらを連れて行くことはできない。誰かを人質に取られるかもしれないし、無差別に切りつけるかもしれない。これ以上近付くと危険だわ。ここで助けが来るまで凌ぐしかない!)
アイビスに追い付いた男たちは、呼吸を整えながらもナイフを構えてにじり寄ってくる。その目はギラついていて、一筋縄ではいかない気配を醸し出している。
アイビスはチラリと自分の服装に視線を落とした。
(それにしても、ナイフは……マズすぎるわね)
たらりとアイビスの背に冷たい汗が流れる。
会場の音楽が終わりシンと静まり返った後、次の曲の演奏が始まったことを合図に、男たちが勢いよく切りかかって来た。
賑やかな会場を離れて中庭に足を踏み入れると、そこはまるで別世界のようにシンと静まり返っていた。
初夏の夜風は少し湿気を孕んでいるが、まだひんやりと気持ちがいい。
アイビスは整えられた芝生をゆっくりと進んでいく。今日はパーティ仕様のヒールを履いているので、足を取られないように細心の注意を払わねばならない。
「あら……?」
広大な中庭の中心まで歩いてくると、立派な薔薇のアーチが現れ、側にはベンチが置かれていた。
休憩するにはうってつけだとベンチに近付くと、そこには既に先客がいた。
「エリザベス?」
「あ、アイビス様……!?」
項垂れるようにベンチに腰掛けていたのは、他でもないエリザベスであった。アイビスたちの前から走り去った後、そのままの勢いで中庭まで来たのだろう。
薄暗く、人気がない場所に一人でいたことは褒められたものではないが、会場から離れて一息つきたい気持ちもよく分かる。
アイビスを視認して分かりやすく動転するエリザベスの隣に、思い切って腰掛けてみた。エリザベスはアイビスの行動に驚いたのか、僅かに身体を跳ねさせると素早く限界まで端に寄ってしまった。
あはは、と頬を引き攣らせながら、そんなに嫌かと俄かに傷付くアイビスである。
「ね、ねぇ、エリザベス……」
「きっ、気安く名前を呼ばないでちょうだいっ!」
「あ……ご、ごめんね?」
どうにか話をしたいと宥めるように名前を呼んだら、ものすごい勢いで拒絶されてしまった。流石にグサリと心に刺さる。
(これは凹むなぁ……)
しゅん、とアイビスが項垂れると、ハッと我に返ったエリザベスは激しく両手と顔を振った。
「ちっ、違うの……嫌なわけではなくって、その……」
暗がりの中でもエリザベスの瞳が激しく左右に揺れているのが分かる。懸命に言葉を選んでいる様子が窺える。
エリザベスも、アイビスに歩み寄ろうとしてくれているのだろうか、そう淡い期待を寄せてアイビスは口を開いた。
「エリザベス、って呼んでもいいの?」
「~~~っ!!!も、もちろんですわっ!!」
エリザベスは片手を口に当てて息を呑むと、今度は首を縦に激しく振った。さっきから頭を揺らしすぎて、脳震盪起こさない?大丈夫?と少し心配になる。
それよりも、名前呼びを許されたことに安堵の息を吐いたアイビスは、花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
「そう、よかったぁ。私、ずっとエリザベスに嫌われていると思っていたから……」
「嫌っているだなんて……ッ!!まさかそんなこと!!むしろ、むしろわたくしは……」
鬼気迫る勢いで、必死な顔をしたエリザベス。フーフーと肩で息をしているが、お酒にでも酔っているのだろうか?暗がりでよく分からないが顔も赤いように思える。
そんなことを考えていると、視界の端で何かがキラリと光った。
「エリザベスッ!!危ないッ!!」
「えっ、ひゃぁぁっ!?!?」
次の瞬間、ヒュッと空を切る音がして、カンッ!とベンチにナイフが刺さった。正にエリザベスが座っていた位置に突き刺さったナイフがビィィンと刀身を揺らしている。
危険を察知したアイビスが咄嗟にエリザベスを抱え上げて大きく後ろに飛び上がったため、事なきを得たが、間違いなくこの中庭に招かれざる客がいる。
(ナイフが飛んできたのはあの生垣の方ね……じとりとした視線を幾つも感じるわ)
抱き上げた時はキャーキャー叫んでいたエリザベスも、自分が座っていた場所に突き刺さるナイフを目にして両手で口元を覆っている。カタカタと身体が震えているため、アイビスは安心させるように声をかける。
「エリザベス、大丈夫よ。あなたは私が守るから」
「ッ!?あ、アイビス様ぁ……」
アイビスの微笑みに、エリザベスの瞳がうるうると揺れる。
「そこに居るのは分かっているわ。潔く出て来なさい」
エリザベスに断りを入れて片手で肩に乗せるように抱き変えると、アイビスはベンチに刺さったナイフを抜いて、飛んできた方へと投げた。
ガサガサっと草葉の擦れる音がして、生垣から黒ずくめの男が飛び出して来た。
(さて、何人いるのかしら……それに、狙いはどっち?)
ジリ、と周囲を警戒しつつ退路を確保するように後ずさるアイビス。一人なら何とかなるかもしれないが、今はエリザベスがいる。まず第一にエリザベスを護ることを考えなければならない。
アイビスはベンチの下に綺麗に敷き詰められた砂利を手に取ると、気配を感じる方角に手当たり次第に投げつけた。
「ぎゃっ!」
「いてっ!」
どうやら見事命中したらしく、男の呻き声が四方から聞こえた。
(四人……いえ、五人かしら)
ピリ、と全神経を集中させ、敵の人数を把握する。
ガサガサと二人を囲むように黒ずくめの男たちが姿を現した。
「その背格好にその腕、間違いない。お前がアイビスとかいう女だな」
「あなたたちに名乗る名前は持ち合わせていないわ」
どうやら狙いはアイビスらしい。
となると、巻き込んでしまったエリザベスをまずは無事に逃さねば。
チャキン、と仕込みナイフを構える音に囲まれ、アイビスは内心焦る。路地裏で男三人を倒した時、幸いにも彼らは何も獲物を持っていなかった。あの時より人数も多いしエリザベスもいる。状況は最悪だ。
会場へ戻る道にも男が立ちはだかっている。とにかく包囲を突破しないとアイビスもエリザベスも無事では済まない。
「あ、アイビス様……」
「大丈夫、落ち着いて。いい?エリザベス。いつ私が走り出しても振り落とされないようにしっかり捕まっているのよ。舌を噛むと危ないから口も閉じて」
コクコクと何度も頷く気配がしたため、アイビスは周囲に集中する。突破すべきは会場へ向かう方向。どうしたものか。
大声で叫んで憲兵を呼ぶ?
いや、きっと兵が駆けつける前にアイビスたちは切り刻まれてしまうだろう。
そう考えた時に、アイビスはふと違和感を覚えた。
(待って、王族が参加する夜会が開かれているのに、中庭に兵の一人も配置されていないのは何故?そもそも、賊が簡単に潜り込めるほど、王城の警備は甘くないはず)
グルグルと疑問が渦巻くが、考えるのはこの窮地を切り抜けてからだ。
アイビスはグッと足に力を入れると、後方にいた男に向かって思い切り足を振り抜いた。
ピンと爪先を伸ばし、遠心力を利用して勢いよくヒールを飛ばす。狙い通り男の顔面にヒールがめり込み、男が体勢を崩した隙に躊躇いなく股間を蹴り上げて包囲を抜けた。
「くそっ、逃すな!追え!」
素早くもう片方のヒールを脱いで握りしめると、裸足で芝生を踏み締めて目一杯駆ける。エリザベスはアイビスの言うことをよく聞いてしっかりと捕まってくれている。多少の揺れは許して欲しい。
肺が張り裂けそうなほど苦しいが、追っ手の足音が迫ってくる。足を止めるわけにはいかない。それに、ベンチに座っていた時、奴らはナイフを投げて来た。真っ直ぐに走ると危ないだろうと、アイビスは変則的に蛇行しながら射線を崩し続ける。
「ちいっ、ちょこまかと……」
相手はむやみやたらとナイフを投げるつもりはないらしく、手に構えたまま追って来ているようだ。
(もうっ、なんて広い中庭なの……見えた!)
広大な王城の中庭は、中心から会場まで僅かに距離がある。エリザベスを抱えて逃げるアイビスにとってその距離は途方もなく遠く感じられたのだが、ようやく会場から漏れる光が見え、賑やかな音楽や人の声が聞こえて来た。
「エリザベス!!逃げて助けを呼んできて!!走って!!」
ここまで来れば大丈夫だと判断したアイビスは、素早くエリザベスを下ろすと、叫びながらその背を押した。
エリザベスは一瞬躊躇ったが、力強く頷くと会場目掛けて走り出した。
その背を見送ると、アイビスは追っ手に立ちはだかるように身構えた。
(会場にこいつらを連れて行くことはできない。誰かを人質に取られるかもしれないし、無差別に切りつけるかもしれない。これ以上近付くと危険だわ。ここで助けが来るまで凌ぐしかない!)
アイビスに追い付いた男たちは、呼吸を整えながらもナイフを構えてにじり寄ってくる。その目はギラついていて、一筋縄ではいかない気配を醸し出している。
アイビスはチラリと自分の服装に視線を落とした。
(それにしても、ナイフは……マズすぎるわね)
たらりとアイビスの背に冷たい汗が流れる。
会場の音楽が終わりシンと静まり返った後、次の曲の演奏が始まったことを合図に、男たちが勢いよく切りかかって来た。
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