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13_デート当日

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「ふっふっふ、会心の出来です!」
「あ、ありがとう、サラ」

 頬を上気させ、額に滲んだ汗を拭いながら満足げにしているのは侍女のサラである。
 その誇らしげな視線の先にいるアイビスはというと、サラに思う存分手入れをされて貴族令嬢のお出かけスタイルに変身していた。

 サラサラのヘーゼルナッツ色の髪は編み上げられており、アイビスの美しいうなじが丸見えだ。
 サラ曰く「ご主人様も吸い寄せられるほどの美しいうなじ!隠す手はありません!存分に誘惑してしまいましょう!」らしい。いや、日々色気のある眼差しや仕草で誘惑されているのは私なんだけど、という本音は恥ずかしいので口にはできない。

 鏡の前でくるりと回って全身を確認する。

(うん、これならヴェルの隣を歩いていても恥ずかしくはないわ)

 ハイウエストな膝丈のクラシカルなワンピースは淡い水色で、初夏の青空を想起させる。
 今日は街を歩くので、靴はヒールなしのパンプスだが、ちょこんと遠慮がちにつけられたリボンが可愛らしい。実は可愛いものが好きなアイビスは、そんなリボンのワンポイントがとても気に入った。

 お洒落よりも機能性重視で生きてきたアイビスであるが、こうして誰かのために着飾るというのも悪くはない。
 ヴェルナーはどんな反応をしてくれるのだろうか?そう考えるだけで頬が自然と緩んでしまう。

 ヴェルナーとは玄関で待ち合わせをしているため、アイビスはサラに改めて礼を言うと、ショルダーバッグを手に取り部屋を出た。

 今日は生まれて初めての『デート』の日。
 ここ数日ソワソワ落ち着きがなかったアイビスではあるが、ヴェルナーと二人で出かけることを楽しみにしていた。

(あ、いたわ)

 玄関前の厳かな階段を軽やかに降りると、足音に気付いたヴェルナーが顔を上げた。

 藍色のジャケットとパンツを上品に着こなし、少し長めの前髪を片側だけ耳にかけている。
 ヴェルナーはいつも文句なしに格好良いのだが、自分と同じように相手を想って準備したのかと思うと、胸がキュッと切なくなる。

「ごめんね、お待たせ」
「いや、俺もついさっき来たところだ」

 階段に歩み寄ったヴェルナーが手を差し出す。
 アイビスはふわりと微笑むと、その手を取り最後の数段を降りた。

「アイビス、とても綺麗だ。……やっぱり出かけるのは止めようか」
「えっ!?なんで!」

 目元を赤らめ、愛おしそうにアイビスを見つめていたヴェルナーが、不意に考え込む仕草を見せた。
 今日を楽しみにしていたのはヴェルナーも同じはず。アイビスは驚き、思わずヴェルナーの胸に縋りついた。

「…………………………アイビスが可愛すぎる。街ゆく男たちにその姿を見られると思うと嫉妬で狂いそうだ」
「え……」

 見上げた先の困ったような表情から、冗談ではないと悟り、アイビスの顔は真っ赤に染まる。そんなアイビスを包み込むように腕を回したヴェルナーに、思わずアイビスの本音が漏れた。

「そ、それはお互い様じゃないかしら?」
「ん?どういうことだ」
「あ、あなただって……とっても素敵よ?独り占めしたくなるぐらい」
「――っ!!」

 いつも言われっぱなしではいられないと、意趣返ししてみたのだが逆効果だったらしい。
 途端にアイビスを包んでいた腕に力が籠り、力強く抱きしめられてしまった。

「――ああ、せっかくの化粧が崩れてしまうからキスは夜まで我慢する」
「ちょっ!?」

 苦しいぐらいに抱きしめられて、耳元には熱い吐息がかかる。出発前からこの調子で、果たしてアイビスの心臓は保つのだろうか。

 今日の日を楽しみにしていたこと、ヴェルナーと一緒に髪飾りを選びたいことを懸命に伝えれば、ようやくヴェルナーはアイビスを解放して馬車へと足を向けてくれた。
 ガッチリと手は繋がれたまま、街の中心地に向けて二人のデートが始まった。



 ◇◇◇

 街でのヴェルナーは、それはそれはスマートであった。

 アイビスを人混みから護るように、基本的に通路側を歩くヴェルナー。少しの段差も見逃さずにアイビスに伝えては、段差のたびに腰を支えてくれる。店の扉を開けるのも、休憩で入ったカフェで椅子を引くのも流れるような所作で、自分がお姫様になったかのように錯覚してしまう。
 それほどに大切に大切にエスコートをしてくれた。

 その一つ一つに目敏く気が付いてしまうアイビスは、照れ臭くも嬉しくて、素直にヴェルナーに身体を委ねていた。

 アイビスたちが暮らす国、ブロモンド王国は少し変わった街並みをしている。
 王城を中心に、螺旋状にメイン通りが伸びており、坂道や路地裏の多い入り組んだ造りとなっている。これは建国時、未だ戦が絶えない時代に、王城に簡単に攻め込まれないように考えられた構造だと言われている。迷路のような細い路地からメイン通りを進行する敵軍を奇襲したり、敵将を闇討ちしたりすることで幾度となく国家防衛に成功した逸話がある。
 そんな街並みも今や文化遺産として観光客を集める要因の一つとなっている。実際に高台から見下ろした街は美しい渦を描いており、凛と聳え立つ王城を含めて絵画のモチーフにもされるほどである。

 アイビスたちは幾つか装飾店やドレスショップを回り、髪飾りを探した。ヴェルナーがあれも似合うこれも似合うと言うため、一つに絞るのに苦労をしたのだが、純度の高い琥珀があしらわれた蝶の髪飾りを選んだ。髪につけると、まるで蝶が休息のため羽を畳んでいるように見える。

「良い買い物ができたな」
「ええ、ありがとう。とても気に入ったわ」

 少し遅めの昼食のため、オープンテラスのカフェに入り、通りが見渡せる二階席に着席した二人は、本日の戦果を取り出していた。

 華奢なデザインの髪留めは、自分をグッと女の子にしてくれる。男勝りなアイビスであるが、この髪飾りをつければ、貴族令嬢らしく振る舞えるような気さえしてくる。
 一方のヴェルナーも、小さな蝶がついたタイピンを購入うしていた。一粒のアメジストが埋め込まれており、一目見ただけで購入を決めていた。

「お揃いだな」
「う……そこはもっとオブラートに包むんじゃない?さりげなくお揃いのものを付けるのがいいのに」
「確かにそうか。嬉しくてつい、な」

 箱を開けてタイピンを見つめるヴェルナーの目はとても優しい。いつもアイビスに向けるような熱のこもった眼差しで、アイビスに触れるような優しい手付きで愛おしげにタイピンを撫でるものだから、なんだか照れ臭くなる。

 大事に蝶の髪飾りをしまったアイビスは、熱を逃すようにカフェが面する大通りに視線を落とした。
 王国の中心地ともあれば、行き交う人々の通行量も多い。小さな子供が必死に親の手を握って歩く姿や、老夫婦が互いを労わりあいながら歩く姿を見て、自然とアイビスの表情も和らぐ。

 その時、一人の少女がふらりと道を外れて細い路地裏に入り込んでいく姿が目に入った。

 ざわりと嫌な胸騒ぎがする。

 脳の奥で、もう十年も前の嫌な記憶が蘇る。
 ザザッ、ザザッとノイズがかったような映像が脳裏に浮かび、アイビスは額を押さえた。

「アイビス?」

 アイビスの中で警鐘が鳴り響いて止まらない。

 考えるよりも早く、アイビスは立ち上がると、ワンピースを片側に纏めて手で抑え、勢いをつけてテラスの手すりを乗り越えた。
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