上 下
23 / 43

第23話 獣王国立学園初等部⑤

しおりを挟む
「ブハッ」

 やがて息が切れて、水面に浮上したダニエルは、空気を求めて深く息を吸った。そして水面に漂いながら、プールサイドに視線を移した。

「え?」

 そこには、先ほどまでずらりと並んでいたはずのクラスメイトの姿はなかった。慌てて後ろを振り返ると、随分と離れたところにみんなの姿を確認した。

「すごいわ!ダニエル!」
「わっ」

 ダニエルが、え?え?と状況を理解できずに目を瞬いていると、マリアンヌが水面から顔を出した。その頬は興奮して上気していた。マリアンヌに支えられ、プールサイドに上がって息を整えていると、わぁっとクラスメイトたちが駆け寄ってきた。

「嘘だろ!ダニエル!スッゲー速かったぞ!」
「すごいすごい!そんな特技があっただなんて!」
「これは競泳の代表はダニエルで決まりだなっ!」

 みんな一様に興奮して目を輝かせている。イーサンを始めとした三人組はバツが悪そうに唇を尖らせているが、少し頬が赤らんでいるので内心ではすごいものを見たと驚いているのだろう。

 ダニエルは戸惑ってマリアンヌに視線を移す。その視線に気づいたマリアンヌは、柔らかく目を細め、ふんわりと花のような笑みを浮かべた。ダニエルを始めとしてその笑みを目にした男子生徒たちは、ドキリと胸を高鳴らせた。

「思った通り、いえ、思った以上にすごかったわよ」
「あ…ありがとう。何だか不思議な感覚だったよ。何かが背中を押してくれているような…」
「きっとダニエルが頑張ったから、あなたの守護獣であるカバさんが力を貸してくれたのね」

 獣人は加護を受ける動物の能力を引き出すことができる。ダニエルも例外ではなく、先ほどの水中遊泳はカバの加護の力を存分に引き出した結果なのだろう。

「いいなー私もダニエルみたいに泳いでみたい」
「俺も俺も。すげー気持ちよさそうだったもんな」

 わいわいと盛り上がりを見せる生徒たちが、泳ぎたくて仕方がないと声を上げ始めた。

 その声を受けて、マリアンヌはザバンと両手を広げて生徒達に言った。

「いいわ!今日は特別に私が先生をしてあげる!順番にプールに入っていらっしゃい」

 それを合図に、生徒達は我先にとプールに飛び込んだ。

 マリアンヌはうまく水に浮く秘訣、水をかく時のコツ、泳ぐときのポイントなどを丁寧に教えた。

 生徒達はみんなマリアンヌとの遊泳を楽しんでいた。女子生徒はマリアンヌの優雅な姿に羨望の眼差しを向け、男子生徒はみんな頬を染めて、どこか照れ臭そうにしている。

 楽しそうな生徒たちの瞳、彼らを見つめるマリアンヌの表情、空中に跳ねて光を反射する水飛沫、そのどれもがキラキラと輝いていた。

 イーサンとエイダン、マシューの三人組も始めは遠慮がちにしてちたものの、最後には積極的に泳ぎのコツを聞いてきて、マリアンヌは内心とても嬉しかった。
 可愛い獣人の子供たちに囲まれて、幸せいっぱいだ。




 少し離れたところから、一部始終を見守っていたラルフはマリアンヌの手腕に感心せざるを得なかった。

(ダニエルに自信をつけ、他の生徒達ともすっかり打ち解けているな。なんて奴だ)

 きゃっきゃと楽しそうに泳いでいる子供たちとマリアンヌを眺めていると、イザベラがラルフの側にやってきた。

「あの子達…水泳の授業はあまり好きではないのに…あんなに楽しそうに泳ぐ姿は初めて見ました」
「そうか」
「殿下…マリアンヌさんって、すごいお方ですね」
「…ああ、そうだな。俺もあいつには驚かされてばかりだよ」

 イザベラの独り言のような呟きに答えたラルフの声は驚くほど柔らかだった。

(あら?)

 イザベラはその声音に含みを感じ、ちらりとラルフの表情を見た。そして密かに笑みを深めた。

 マリアンヌを見つめるその視線や表情はとても優しいものだったのだが、当の本人はそのことに気づいてはいなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

役立たずのお飾り令嬢だと婚約破棄されましたが、田舎で幼馴染領主様を支えて幸せに暮らします

水都 ミナト
恋愛
 伯爵令嬢であるクリスティーナは、婚約者であるフィリップに「役立たずなお飾り令嬢」と蔑まれ、婚約破棄されてしまう。  事業が波に乗り調子付いていたフィリップにうんざりしていたクリスティーヌは快く婚約解消を受け入れ、幼い頃に頻繁に遊びに行っていた田舎のリアス領を訪れることにする。  かつては緑溢れ、自然豊かなリアスの地は、土地が乾いてすっかり寂れた様子だった。  そこで再会したのは幼馴染のアルベルト。彼はリアスの領主となり、リアスのために奔走していた。  クリスティーナは、彼の力になるべくリアスの地に残ることにするのだが… ★全7話★ ※なろう様、カクヨム様でも公開中です。

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

水都 ミナト
恋愛
 マリリン・モントワール伯爵令嬢。  実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。  地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。 「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」 ※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。 ※カクヨム様、なろう様でも公開しています。

過労公爵のハグ係〜働きすぎな公爵様は今日も訳ありメイドを抱きしめる〜【全5話完結済】

水都 ミナト
恋愛
「三十秒のハグで、抱えていたストレスが半減するらしいのです」  訳あって公爵家のメイドとして働くエレンは、その一言がきっかけで、主人のオリバーと毎晩三十秒のハグをするようになった。  膨大な仕事量を一人で抱え、日に日にやつれていっていたオリバーは、エレンとの触れ合いを通じて心癒されていく。一方のエレンも、オリバーへの特別な感情を徐々に自覚していき―― ★全5話★ ※1万字弱のお話です。11/9完結済。 ※他サイトでも投稿しております。

侯爵令嬢は悪霊憑き〜婚約破棄なんてやめて!私に害を加えると霊たちが貴方を呪い殺してしまいます!〜【全5話完結済】

水都 ミナト
恋愛
私、ルウシェ・レイミエールは霊が見える。 誰もいない所に向かって話しかけたり微笑みかけたりする姿は、側から見れば奇行でしかない。いつしか私は『奇人令嬢』と呼ばれるようになった。 そんな私と婚約してくれたレイナード様。円満な婚約関係を築くべく懸命に取り繕っていたが、とうとう婚約解消を申し入れられてしまった。 あああ、また両親に泣かれてしまう!と必死で縋り付くも一方的に婚約は解消されてしまった。婚約解消の理由(不貞)を聞いて、もうどうでもいいわと思っていた矢先、私に取り憑いている悪霊が悪い笑みを浮かべてレイナード様について行ってしまってーー!?だめだめ!例えどんなクズ男でも、呪い殺してはいけません!!レイナード様の命運はいかに!? ★全5話ほどで完結の見込み★ ※設定ゆるゆるです。頭を空っぽにしてお楽しみください。 ※他サイトでも投稿しております。

どうやら断罪対象はわたくしのようです 〜わたくしを下級貴族と勘違いされているようですが、お覚悟はよろしくて?〜

水都 ミナト
恋愛
「ヴァネッサ・ユータカリア! お前をこの学園から追放する! そして数々の罪を償うため、牢に入ってもらう!」  わたくしが通うヒンスリー王国の王立学園の創立パーティにて、第一王子のオーマン様が高らかに宣言されました。  ヴァネッサとは、どうやらわたくしのことのようです。  なんということでしょう。  このおバカな王子様はわたくしが誰なのかご存知ないのですね。  せっかくなので何の証拠も確証もない彼のお話を聞いてみようと思います。 ◇8000字程度の短編です ◇小説家になろうでも公開予定です

精霊に愛されし侯爵令嬢が、王太子殿下と婚約解消に至るまで〜私の婚約者には想い人がいた〜

水都 ミナト
恋愛
精霊王を信仰する王国で、マナの扱いに長けた侯爵家の娘・ナターシャ。彼女は五歳でレイモンド王太子殿下の婚約者に抜擢された。 だが、レイモンドはアイシャ公爵令嬢と想い合っていた。アイシャはマナの扱いが苦手で王族の婚約者としては相応しくないとされており、叶わない恋であった。 とある事件をきっかけに、ナターシャは二人にある提案を持ち掛けるーーー これはレイモンドとアイシャ、そしてナターシャがそれぞれの幸せを掴むまでのお話。 ※1万字程度のお話です。 ※他サイトでも投稿しております。

その婚約破棄、校則違反です!〜貴族学園の風紀委員長は見過ごさない〜

水都 ミナト
恋愛
 華の貴族学園にて、突如婚約破棄劇場が――始まらなかった。  不当な婚約破棄に異議を申し立てたのは、学園の風紀を守る風紀委員長エリクシーラであった。 「相手が誰であろうと学園規則の前では皆平等。校則違反は等しく処分を下しますわ!」 ◇5000字程度のSSです ◇他サイトにも掲載予定です

ぼくは悪役令嬢の弟〜大好きな姉の為に、姉を虐める令嬢に片っ端から復讐するつもりが、いつの間にか姉のファンクラブができてるんだけど何で?〜

水都 ミナト
恋愛
「ルイーゼ・ヴァンブルク!!今この時をもって、俺はお前との婚約を破棄する!!」 ヒューリヒ王立学園の進級パーティで第二王子に婚約破棄を突きつけられたルイーゼ。 彼女は周囲の好奇の目に晒されながらも毅然とした態度でその場を後にする。 人前で笑顔を見せないルイーゼは、氷のようだ、周囲を馬鹿にしているのだ、傲慢だと他の令嬢令息から蔑まれる存在であった。 そのため、婚約破棄されて当然だと、ルイーゼに同情する者は誰一人といなかった。 いや、唯一彼女を心配する者がいた。 それは彼女の弟であるアレン・ヴァンブルクである。 「ーーー姉さんを悲しませる奴は、僕が許さない」 本当は優しくて慈愛に満ちたルイーゼ。 そんなルイーゼが大好きなアレンは、彼女を傷つけた第二王子や取り巻き令嬢への報復を誓うのだが…… 「〜〜〜〜っハァァ尊いっ!!!」 シスコンを拗らせているアレンが色々暗躍し、ルイーゼの身の回りの環境が変化していくお話。 ★全14話★ ※なろう様、カクヨム様でも投稿しています。 ※正式名称:『ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために、姉さんをいじめる令嬢を片っ端から落として復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜』

処理中です...