4 / 25
第一章 代行稼業と迷い猫
結衣と鬼丸③
しおりを挟む
ある日突然力を失ってから、色鮮やかだった結衣の生活は一変した。
これまでは次期当主として、歴代一の力を持つ子として、それはもう持て囃されて育ったものだ。父は厳しかったが、期待や愛情を日々感じていた。
それがある日突然、左手首に封印の紋と思しき紋様が浮かび上がり、結衣の置かれる立場はあっという間に変化した。
紋を刻めるあやかしは、高位のあやかしだと知られている。
宝月家に代々伝わる家訓に、『高位のあやかしに関わるべからず。出会えば速やかに隠世にお帰りいただき、決して怒りを買うこと勿れ』というものがある。
幼き結衣は、手首に紋様を刻まれた時のことを全く覚えていなかった。恐らく、膨大な力と一緒に前後の記憶までも封印されたのだろうと推測された。
身に覚えもなく、突然力を失った結衣は不安で押し潰されそうになっていた。
親に縋り、大丈夫だと優しく頭を撫でて欲しかった。
きっと、結衣を大事に育ててくれた両親ならば、そうしてくれる。
そう信じていたのに――手首の紋を見た父は、結衣を酷く叱責した。
高位のあやかしの怒りを買ったのだと、家訓に背き、禁忌を犯したのだと、そう酷く罵られた。そして力の衰えを知るや否や、次期当主に妹の亜依を指名し、結衣と関わる時間が無駄だとばかりに遠ざけた。
そして、親の怒りを買い、将来有望と謳われた力までも失った結衣は、失意のうちに母屋の一等室から屋敷の最奥の離れへと居住を移された。仕える使用人もたったの一人。結衣を見かねて志願してくれた、彼女の乳母、時子だけだった。
一人寂しく、何年も離れで暮らしていた結衣。時子だけは変わらずに結衣を大切に扱ってくれ、読み書きや算術を教えてくれた。
そんな結衣の最後の希望は、十五歳になったら執り行われる【契約の儀】であった、
宝月家の家系に生まれた子供が、初めてあやかしを呼び寄せて使い魔契約をする儀式。
巫力の強さに応じて、より高位のあやかしを呼び寄せることができる。儀式の日、結衣は期待と不安で胸がはち切れそうになっていた。力を失った自分に、あやかしを呼び寄せる力があるのか、と。
刺すような視線を一身に受けながら、結衣は【契約の儀】に臨んだ。
召喚の魔法陣の中心に立ち、あやかしに呼びかける。主人の声に応じたあやかしが、晴れて使い魔として契約することができるようになる。
どうか、誰でもいいから、呼びかけに応えて――!
そうして、悲痛な結衣の願いに応えるかのように、姿を現したのが鬼丸だったのだ。
なぜ、高位の鬼を呼び寄せることができたのかは分からない。
結衣だけでなく、儀式に立ち会った父や重鎮たちも驚き目を見開いていた。
『お、鬼じゃ……』
『だが、子供、なのか?』
『よもや鬼を呼び寄せるとは……だが、鬼があの落ちこぼれと契約を結ぶとは思えん』
動揺に騒めく大人たち。その言葉は結衣の心に重たくのしかかった。
そうだ。どうして呼び寄せることができたかは分からないけれど、あやかしの上位に君臨する鬼が、落ちこぼれの自分と契約してくれるわけがない。
きっと、気まぐれにやってきただけ。期待してはならない。どろりとした暗い気持ちが足元から這い上がってくるように結衣を呑み込んでいく。
けれど、鬼丸は結衣と使い魔契約を結んでくれた。
『娘、名を何と言う』
幼いながらも威圧感のある鬼の子を前に、結衣は不思議と懐かしさを感じた。
『結衣……私の名前は、宝月結衣』
結衣は鬼を前にしても萎縮することなく、名乗った。
『結衣、か。俺のことは、そうだな。【鬼丸】と呼ぶがいい。今日からお前の使い魔となってやろう』
『えっ! ほ、本当に……?』
まさか、鬼と使い魔契約をすることになろうとは。
結衣だけでなく、その場の誰もが驚愕した。一族の汚点である封印の紋を刻まれた少女が鬼と契約するなんて。もしや、幼き日の希望に満ち溢れた力を取り戻すのでは、そう推測する者もいた。
だが、鬼の子と契約したものの、結衣の力が戻る兆候はなかった。
本家の人間は、結衣の扱いを見直すべきか密かに話し合いを重ねたが、結果、様子見とし、これまでの待遇が改善されることはなかった。
腫れ物のように扱われようと、これからは鬼丸がいる。
鬼丸の存在が、空っぽだった結衣の心の穴を埋めてくれたのだ。
これまでは次期当主として、歴代一の力を持つ子として、それはもう持て囃されて育ったものだ。父は厳しかったが、期待や愛情を日々感じていた。
それがある日突然、左手首に封印の紋と思しき紋様が浮かび上がり、結衣の置かれる立場はあっという間に変化した。
紋を刻めるあやかしは、高位のあやかしだと知られている。
宝月家に代々伝わる家訓に、『高位のあやかしに関わるべからず。出会えば速やかに隠世にお帰りいただき、決して怒りを買うこと勿れ』というものがある。
幼き結衣は、手首に紋様を刻まれた時のことを全く覚えていなかった。恐らく、膨大な力と一緒に前後の記憶までも封印されたのだろうと推測された。
身に覚えもなく、突然力を失った結衣は不安で押し潰されそうになっていた。
親に縋り、大丈夫だと優しく頭を撫でて欲しかった。
きっと、結衣を大事に育ててくれた両親ならば、そうしてくれる。
そう信じていたのに――手首の紋を見た父は、結衣を酷く叱責した。
高位のあやかしの怒りを買ったのだと、家訓に背き、禁忌を犯したのだと、そう酷く罵られた。そして力の衰えを知るや否や、次期当主に妹の亜依を指名し、結衣と関わる時間が無駄だとばかりに遠ざけた。
そして、親の怒りを買い、将来有望と謳われた力までも失った結衣は、失意のうちに母屋の一等室から屋敷の最奥の離れへと居住を移された。仕える使用人もたったの一人。結衣を見かねて志願してくれた、彼女の乳母、時子だけだった。
一人寂しく、何年も離れで暮らしていた結衣。時子だけは変わらずに結衣を大切に扱ってくれ、読み書きや算術を教えてくれた。
そんな結衣の最後の希望は、十五歳になったら執り行われる【契約の儀】であった、
宝月家の家系に生まれた子供が、初めてあやかしを呼び寄せて使い魔契約をする儀式。
巫力の強さに応じて、より高位のあやかしを呼び寄せることができる。儀式の日、結衣は期待と不安で胸がはち切れそうになっていた。力を失った自分に、あやかしを呼び寄せる力があるのか、と。
刺すような視線を一身に受けながら、結衣は【契約の儀】に臨んだ。
召喚の魔法陣の中心に立ち、あやかしに呼びかける。主人の声に応じたあやかしが、晴れて使い魔として契約することができるようになる。
どうか、誰でもいいから、呼びかけに応えて――!
そうして、悲痛な結衣の願いに応えるかのように、姿を現したのが鬼丸だったのだ。
なぜ、高位の鬼を呼び寄せることができたのかは分からない。
結衣だけでなく、儀式に立ち会った父や重鎮たちも驚き目を見開いていた。
『お、鬼じゃ……』
『だが、子供、なのか?』
『よもや鬼を呼び寄せるとは……だが、鬼があの落ちこぼれと契約を結ぶとは思えん』
動揺に騒めく大人たち。その言葉は結衣の心に重たくのしかかった。
そうだ。どうして呼び寄せることができたかは分からないけれど、あやかしの上位に君臨する鬼が、落ちこぼれの自分と契約してくれるわけがない。
きっと、気まぐれにやってきただけ。期待してはならない。どろりとした暗い気持ちが足元から這い上がってくるように結衣を呑み込んでいく。
けれど、鬼丸は結衣と使い魔契約を結んでくれた。
『娘、名を何と言う』
幼いながらも威圧感のある鬼の子を前に、結衣は不思議と懐かしさを感じた。
『結衣……私の名前は、宝月結衣』
結衣は鬼を前にしても萎縮することなく、名乗った。
『結衣、か。俺のことは、そうだな。【鬼丸】と呼ぶがいい。今日からお前の使い魔となってやろう』
『えっ! ほ、本当に……?』
まさか、鬼と使い魔契約をすることになろうとは。
結衣だけでなく、その場の誰もが驚愕した。一族の汚点である封印の紋を刻まれた少女が鬼と契約するなんて。もしや、幼き日の希望に満ち溢れた力を取り戻すのでは、そう推測する者もいた。
だが、鬼の子と契約したものの、結衣の力が戻る兆候はなかった。
本家の人間は、結衣の扱いを見直すべきか密かに話し合いを重ねたが、結果、様子見とし、これまでの待遇が改善されることはなかった。
腫れ物のように扱われようと、これからは鬼丸がいる。
鬼丸の存在が、空っぽだった結衣の心の穴を埋めてくれたのだ。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
心に白い曼珠沙華
夜鳥すぱり
キャラ文芸
柔和な顔つきにひょろりとした体躯で、良くも悪くもあまり目立たない子供、藤原鷹雪(ふじわらのたかゆき)は十二になったばかり。
平安の都、長月半ばの早朝、都では大きな祭りが取り行われようとしていた。
鷹雪は遠くから聞こえる笛の音に誘われるように、六条の屋敷を抜けだし、お供も付けずに、徒歩で都の大通りへと向かった。あっちこっちと、もの珍しいものに足を止めては、キョロキョロ物色しながらゆっくりと大通りを歩いていると、路地裏でなにやら揉め事が。鷹雪と同い年くらいの、美しい可憐な少女が争いに巻き込まれている。助け逃げたは良いが、鷹雪は倒れてしまって……。
◆完結しました、思いの外BL色が濃くなってしまって、あれれという感じでしたが、ジャンル弾かれてない?ので、見過ごしていただいてるかな。かなり昔に他で書いてた話で手直ししつつ5万文字でした。自分でも何を書いたかすっかり忘れていた話で、読み返すのが楽しかったです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる