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第五話 なくなった靴

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「あ、マリアさーん!」
「アレンくん!ごめんね、待った?」

 放課後、アレンは約束通り昼食を食べたベンチでマリアと落ち合った。そしてマリアに学園内を一通り案内してもらった。


◇◇◇

「それで最後にここが靴箱ね。学年ごとに分かれてて名前も振られているから、自分の靴箱に靴を入れて校内では上履きを使うのよ」

 そして最後に訪れたのは靴箱だった。ヒューリヒ学園は校内では指定の上履きを履く必要があるため、私有の靴はこの靴箱で履き替えて置いておくのだ。アレンも校内に立ち入っているため、今日は来客用の靴箱を使用していた。

「ちょうど案内も終わったし、門まで一緒に行きましょうか」
「ええ、是非」

 マリアの提案に、アレンは笑顔で快諾する。
 そして、マリアが自分の靴箱で靴を履き替えようとしたその時、

「あら?…私の靴が、ありませんわ」

 間違って入れてしまったかもしれないと前後左右の靴箱を確認するが、そこにもマリアの靴は無かった。あたりをキョロキョロと見回すも、探し物は見つからず、次第に焦りの色が見え始めるマリア。

「どうしました?…あ、もしかして、マリアさんの靴が無いんですか?」

 そんなマリアの様子を心配そうにアレンが伺い、マリアと共に辺りを見回す。

「え、ええ…今朝確かに自分の靴箱に片付けたはずなのですが…」

 少し顔を青ざめさせながら答えるマリアは目の焦点が合っておらず、瞳を不安げに揺らしている。

「誰かが間違えて履いて行ってしまったのでは?」
「まさか!ここはヒューリヒ王立学園よ?そんなイージーミスをする人なんて…」

 そして、しばらく考えに耽った後、あることに思い至ったようで小さく震える声で呟いた。

「…まさか、ルイーゼ様……?」

 その呟きを聞いたアレンの雰囲気が急に変わった。先ほどまでの朗らかな雰囲気とは打って変わり、ピリッとその場に緊張感が走る。

「………何か心当たりでも?」

 思わず口をついて出た人物の名を聞かれてしまったとハッとするマリアであるが、少し迷いを見せた後、恐る恐るといった調子でこう続けた。

「その…実は私のクラスメイトに、目も合わせてくれず挨拶も無視するような方がいるの。いつも気取った態度を取るようなお方で…もしかするとその方の悪戯なのかと思ったのだけれど…」
「へぇ、それは酷い人がいるものですね。それで、何か論拠でもあるんですか?もし本当にそうだとして、理由もなく靴を隠したりするでしょうか?」

 先ほどまでとは違うアレンの低い声音に、びくりと肩を揺らすマリア。

「ま、まさか…私がしたと気づいて…?」

 徐々に肩を震わせながらマリアの顔からは血の気が段々と引いていく。

「何か身に覚えでも?」

 淡々と問い詰めるようなアレンに、マリアは戸惑いの視線を向ける。
 さっきまでの人懐っこくて爽やかな青年はどこに行ってしまったのか。今目の前の男の子は、氷のような冷ややかな瞳をしている。その全てを見透かすような目に射すくめられたマリアは、次第に呼吸が浅くなってきた。


 と、その時、


「おお!!そこにいるのはヴァンブルク君では無いかね!来ていたのなら顔を出してくれればいいものの」
「バードン先生」

 ヒューリヒ王立学園の教員の一人であるバードンが靴箱を通りがかり、アレンを見つけると嬉しそうに近づいてきた。

「……え、今ヴァ、ヴァンブルクって…?」
「ん?君はアーデルハイド君ではないか?ヴァンブルク君に校内案内でもしてくれていたのかね?ほっほ、それは良いことだ」

 ふくよかなお腹を撫でながら、バードンはうんうん上機嫌に頷いている。

「ああ、そういえば来週の編入の件で確認したいことがあったんだ。少し時間はあるかね?」
「ええ、もちろんです」

 顔を青白くさせながらアレンとバードンを交互に見つめるマリア。思わず口元に手を当てて絶句しているようだ。

「すみません、マリアさん。少し席を外しますね」
「アレンくん…あ、あなたは…」

 震える声で口をぱくぱくさせるマリアにニコリと微笑みかけたアレンは、

「ああ、きちんと名乗っていませんでしたね。僕はアレン…アレン・ヴァンブルクです。姉のルイーゼが大変お世話に・・・・・・なっているようで…今後ともよろしくお願いしますね」

 そう言い残すと、へなへなとへたり込むマリアを置いて、バードンと共にその場を後にした。
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