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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編

Part35 死闘・正義のシルエット/多重処理能力者

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――チャッ――

 金属と金属が触れ合う音を響かせて一歩進む。
 
『それが俺たちの理念であり目的。言い換えれば戸籍もなく滞在許可もない〝居ない人間〟はこの国の邪魔だからとっとと死んじまえって事さ。義務を背負わず法に基づく権利も有しないクズは居るだけでこの国を腐らせる。腐ったミカンは他のミカンも腐らせる。だから捨てる、排除する。当然、そこには個人的な快楽も優越感も不要だ。ただ目的遂行のための動機となる意思と敵意があれば良いんだ。それがわかんねえクズは、敵も味方もねぇ。とっとと死ねば良いんだよ。善良なる国民様の安らかな眠りをためだ。そうだろう?』

 イプシロンはじっと香田の言葉を聞いていた。だが納得しているような雰囲気はない。じっと睨み返したままある一言を問うたのだ。
 
「ゲロッ、なぜコイツ殺した?」

 香田のアバターボディが左腕を突き出す。
 
『腐ったパーツのお取り替え。ウチは役立たずはディスポーザブルなんでな』
「もう一つ聞く。オマエ、また地上を〝撃つ〟のか?」
『愚問だ。おれがこのアバターボディを動かす理由はただ一つ。〝狙撃任務〟の執行だ』
「できるのか? そんな骸骨で?」
『できるさ』

 香田のアバターボディがかつて財津だった物を強く蹴り飛ばす。人間を遥かに超えた力で蹴り飛ばされたソレは機外へと放り出されて地上へと落下していく。
 
『そもそもこのヘリの機材は、俺のためのシステムなんだよ。地上に動くゴミどもをさっさと掃除して地上部隊の任務をやりやすくしてやるのが俺のそもそもの役目だ』

 そこまで香田の声を聞いてイプシロンは気づいたものがあった。
 
「そうか、オマエ『多重処理脳力者』か!」

 多重処理脳力者――脳機能に補助装置を付加したり、脳組織その物を改造するなどして、複数の行動を同時に執行可能にする機能だ。特攻装警で言うならディアリオのサブ頭脳システムを生身の脳で行えるようにした物――そう考えて差し支えない物である。
 
「ならばヘリを飛ばしながら地上を撃つことなど造作も無いわけだな」

 そこまで分かれば十分だ。アバターを破壊してもパイロットシートの男を始末しなければ再び地上への攻撃は再開されるだろう。ならばこんな棒人形のようなアバターボディ、相手にしている暇はなかった。
 イプシロンは両足に込めていた力を開放する。炸裂する様に飛び跳ねバウンドして香田のアバターを回避しようとする。
 
『無駄だ』

――ビッ――

 ほんの一瞬、甲高い音が鳴る。ほんの微かな青い光がアバターボディの左手から放たれる。それは肉眼で捉えるのが困難くらいに微細で細く引き絞られた攻撃レーザーであった。
 アバターボディは人間の骨格の可動範囲を無視して即座に前と後ろを入れ替えて背後へと抜けたイプシロンを攻撃する。青い極細レーザーは反射されること無くイプシロンのボディを焼く。背後から左脇へと抜ける様にレーザーが貫通したのである。
 
『このアバターに死角はない』

 イプシロンは、レーザーで焼かれて撃墜されるかのように床へと落ちるが即座に姿勢を整えて退避行動を開始する。それと同時にイプシロンは香田へと問うた。
 
「高貫通ニードルレーザーか?」
『ほう? 詳しいな。場数を踏んでるな? 貴様』
「ゲロッ! 伊達に世界中あるいてない!」
『そうか、ならオマエの旅はこの埋立地で終わらせてやるよ』
「断る!」

――ニードルレーザー、通常の攻撃装備用レーザーよりも出力を増大させつつ、照射面積を小さく細くし、単位面積辺りのエネルギー密度を上昇させ、貫通力を強化したレーザーである――

「まだ子どもたちの沢山の笑顔見てない!」

 イプシロンとそんなやり取りを交わしながら、香田は左手と右手が入れ替わた形でアバターボディは、刃渡り40センチの高精度サーベルを突き出すようにイプシロンへと襲いかかる。
 
「グゲッ?」

 文字通りカエルが潰されるようなうめき声をあげながらイプシロンは逃げ惑っていた。隙を突く余裕すらなく、敵の攻撃をかわすのがやっとの状態だった。サーベルはイプシロンの超弾性構造体のボディを掠めると、鋭利な傷を深々と刻みつけたのだ。

『ご自慢の超弾性構造体も俺の高周波サーベルには叶わなかったな』

 答え返すこと無くイプシロンは逃げ続けていた。逃げる方向は巧みにコントロールされており、瞬く間にヘリの後方の角へと追いやられていく。
 
『後がないぞ? それに攻撃するにはその口を開かないとな、だがそうなれば俺のレーザーが狙い撃つ。しかし物理的な動きだけでは俺を超えることはできん。ジッとしていれば切り刻まれる。さぁ――ひと思いか? なぶり殺しか? 好きな方を選べ』

 当然、どちらもお断りだった。ここはいっそ逃げるべきだと、イプシロン自身も諦めていた。だが彼の目の前のこの無機質なアバターボディが彼の逃走を認めないのだ。
 
「グ、グゲッ!」

 苦し紛れにうめいてみせるが、その視線は目の前の敵を見据えたままだった。彼は思案していた、ここからの逆転するための秘策を――
 これが彼の主人であるクラウンならどう対処しただろう? 鮮やかに攻撃を躱して、敵の喉笛に鋭利なナイフを突きつけただろうか? だが悲しいかな、イプシロンは魔術師でも魔法使いでもない。単なる道化のバケガエルだ。
 思案していた。
 思案に思案を重ねていた。
 だが答えは出ては来ない。
 
『万策尽きたな。アバヨ』

 冷酷に淡々と言い放つ香田。それは任務の障害となる〝小骨〟を取るだけの些細な仕事でしかない。香田の電子装置越しの声には、小骨が抜ける一瞬の安堵感のような物がにじみ出ていたのである。
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