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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編

Part33 天へ……天から……/金沢ゆきの困惑

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「はぁ……」

 廊下の壁際に佇み、ため息をつく女性が一人。小柄でショートカットが印象的な女性、金沢ゆきである。F班のメンバーでその立ち位置は少し特殊だ。それのそもそも彼女は技術者では無いのだ。
 その表情は暗く疲労の色が明らかに浮かんでいた。
 
「やっぱり慣れないなぁ」

 ボソリとつぶやく言葉には戸惑いが滲んでいる。深い溜め息をにじませながらその足取りはどことなく重かった。
 その金沢に弾けるようなキンキン声がかけられた。丸いトンボメガネがトレードマークで関西出身の女性技術者・F班のメンバーで機械工学がメインの計算オタクの一ノ原かすみである。
 
「なんや! ここにおったんかいな?」

 明るくよく通るような声であったが、それはもう一つの意図を含んでいた。
 
「はよ戻りや。皆待っとるで」

 明るい抑揚が消え問い詰めるような声となる。一ノ原の金沢を見る視線は鋭かっった。
 
「あ、はい――」

 煮え切らない声が返ってくる。それに対して一ノ原は強く問い返す。それは彼女の技術者としてのプライドが出させた声であった。
 
「あんなぁ? なにこないな所で足踏みしとんのん?」
「え?」
「え? やないで! あんたんこと皆待っとるんや! 早うしいや! フィールの身体を新造する事が決まったんや! 大体や! フィールの可愛らしさ、綺麗さ、人間らしさは、設計段階からあんたが全面的に監修できてたから成功したんや! ずぶの技術者で自分の専門分野のエリアからしか物を見れんわいらでは出来んかったんや! あんたが居らんかったらどうにもならんちゅうのは分かっとるやろ! なにこんな所で油売っとんねん! ま~だ覚悟できてへんかったんかい! こんボケが!」

 金沢が迷いと嫌悪を隠しきれずに声を漏らせば、それが一ノ原の癪に触ったらしい。堰を切ったように怒涛の関西弁でまくし立てたのだ。普段のひょうきんな彼女からは考えられない剣幕である。だがその一ノ原が伝えようとしていた言葉の肝心な部分は確かに金沢へと伝わっていた。
 
「覚悟――」
「そや」
「はい。情けないですがまだ自分の何処かでこう言う事が起きる可能性から目を背けてたのかもしれません」

 一ノ原はその言葉を問い詰めなかった。金沢は自らの中の迷いを隠さずに吐露した。
 
「フィールが破損して帰ってくるたびに、彼女を修復しきれなかったらどうなるんだろう? って何度も疑問と不安を感じてました。いつかこの日が来るんじゃないかって、でもその時はどうしたらいいんだろう? 自分に何が出来るんだろう? って――
 それにそもそも、私はかすみさんたちのような技術者ではありませんし、元々はファッションやアパレル関係でやっていましたから〝自らが作った物を直す〟と言うプロセスに対してどうしても迷いや不慣れがありました。その意味ではまだまだこの期に及んで『覚悟』ができて居なかったんだと思います」
「せやな――」
 
 金沢が語る言葉を耳にして一ノ原はそれを拒絶はしなかった。静かにうなずきながらこう個を漏らした。

「まだ気構え身構えができとらんのは確かやな、でもな一つだけ聞いてくれへんか?」
「はい」

 それまでの強い剣幕はどこへ行ったのか、一ノ原は柔和に微笑みながら金沢へと語る。
 
「前にも話したけど、うちの大阪の実家、玩具屋やねん。オヤジが社長やってて会社切り盛りしとんねんけど、ホントなら会長役やってなあかんはずの爺ちゃんが未だに創業当時のボロい店で店先に立っとんねん。なんでか分かるか?」

 昔、一ノ原が酒宴の席で自分の生家の家業について漏らしたことがある。彼女の実家は中堅規模の玩具製造業で海外にも輸出に成功して、会社の規模こそ大きくは無いものの堅実かつ着実に業績を伸ばしていた。彼女の語る祖父とはその玩具製造業を起こした創始者の事であった。本来なら取締役会長として、現社長の後見人の役目を果たさねばならないはずであった。金沢は一ノ原の問いに対して自らの考えを口にする。
 
「お客さんとの繋がりを忘れたくない――そんな感じでしょうか?」
「せやな、大体当たりや。爺様、凝り性でな小さな玩具屋だった頃から店に子供がおもちゃが壊れた言うて泣きながら来ると、商売度外視でなんぼでも直してやるねん。そのたんびに子どもたちが喜んで帰っていく姿が何よりも嬉しいって言うねん。会社が大きくなってもその気持ちだけは忘れたらあかん。お客さんと笑顔と喜びを共有することだけは忘れたらあかん言うてな」
「笑顔と喜びを共有――」
「せや、うちらがフィールがどないな姿になってきても必ず直す言うんに覚悟するのは、まさにそのためなんや。あの子を待ってる人が居る。あの子自身が仲間たちの居る場所へと行きたがっている。その為には何が何でもあの子を直してやらなあかんねん。大体な、あの子はアンドロイドで人間様に作られた身体や、自分自身で壊れた所を直せへえねん。誰かが直してやらなあかんねん。例えばや、医者様が怪我した患者の姿が痛ましいから治療しとうないなんて言えるか? おかしいやろ?!」

 それは核心だった。そして――
 
「そうですね。私が思い違いしてました」

――一ノ原が金沢にどうしても指摘したかったところだったのだ。

「行きましょう。あの子の新しい身体を作ってあげないと」
「あたりまえやがな。それにグラウザー作ったG班の連中からも技術提供してもらえるし、フローラでの新技術も入れられる。今度こそゆきはんの願ってたリアルヒューマノイドの夢がかなえられるはずや。古い方の身体からあの子の中枢部を取り出す作業も進んどる。気張って急がな間に合わんで?」
「はい。五条さんもしびれを切らしてるでしょうから」
「わかっとるやないか! ほな行くで」
「はい」

 そう言葉をかわすと二人はF班のセクションへと帰っていく。そしてフィールのための新しい身体を生み出すことになるのだ。彼女たちの長い夜はまだまだ続いていた。
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