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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編
Part33 天へ……天から……/フィール修復開始
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【第2科警研内、F班研究セクション、大規模作業ルーム】
そこはフィールとフローラが生まれた産屋である。
F型機体――
固定内部骨格を重視せず、金属メッシュ製の籠状の柔軟なフレームを人間の肌に限りなく近い触感のプラスチック系素材でコーティングすると言う発想で、高い運動性を持ちつつ多大な軽量化に成功した機体。アンドロイドの外見をより人間的にする事が可能であり生身の人間とほぼ変わらない『柔らかな身体』を有したアンドロイド機体の一つである。
〝柔構造外骨格〟と言う世界でも類を見ない非常に独創的なこの構造概念は、のちに世界のアンドロイド学会において『性能と重量のトレードオフ』と言う人型アンドロイドアーキテクチャの大問題を突破する斬新な発想として世界中を席巻することになるのだが、それはまた別なお話。
後に内部に単純化された内部フレームを加えることで柔構造外骨格の脆弱性や耐久性不足と言った問題を解決し、より高性能の『柔らかい身体』へと進歩発展することになるのだ。
今、フィールは帰ってきていた。
自らが生まれ落ちたその場所で。
単なる一つの頭脳体として種を得て、母親の子宮の中で育つが如く、骨格を得て、内部機構を得て、インターフェイスを得て、人と同じごく自然な容貌を得て、知恵を得て、意識を得て、そして彼女は目覚め、この世へと生まれ落ち、産声を上げた。
今から2年前の事である。
そして今――
――彼女は命の危機にあった――
今、彼女を救おうと第2科警研に残る全ての者たちが奔走していたのである。
@ @ @
「フィール、破損四肢、基底関節部より離断完了しました!」
「胴体外装、全剥離完了! 内臓出し成功!」
「全内部要素、作業用支持固定完了!」
「モニタリングシステム、正常稼働中」
布平率いるF班に多班の研究員たちが支援の手を差し伸べていた。多大な人数が投入されているのみならず、日本国内のアンドロイド研究の最先端を行く彼らである。その作業連携の手際は見事であり、一糸乱れぬオーケストラのごとく、水も漏らさぬ精密さで速やかに作業をこなしていたのだ。
そして、その彼らの指揮を執る人物が一人――
第2科警研F班班長:布平しのぶ
その傍らで実作業を差配するのが――
第2科警研主任研究員:桐原直美
フィールの修復作業はこの2二人を軸として進められていた。
直美が告げる。
「内部機構の破損箇所を全てリストアップして。基本的に頭脳体と脊椎ユニットのみを残して新機体へと移植します。その移植作業の阻害要因となるものを排除することがこちらの作業の要諦となります。それから、作業は一刻を争います。速度が命だということを常に認識してください」
普段は無口で余分な軽口を叩かない直美だったが、実作業においては雄弁だった。その彼女の凛とした声に導かれて研究員たちの声が返ってくる。
「はい!」
そして直美を含む12人の作業員たちは速やかにフィールの旧機体の解析と分解を速やかに開始していたのである。
一方で――
「国際通信?」
布平の持つ大型スマートパッドに国際電話の入感が有った。その通信の主を彼女は知っていた。
「イギリスのガドニック教授?」
【 ――回線接続―― 】
【 AUTHER:チャールズ・ガドニック 】
回線がつながると向こう側の映像が映る。そこに姿を表したのは理知的な風貌の英国紳士だった。
「しのぶくん。聞こえるかね?」
「教授!? はい聞こえます」
「話は聞いた。フィールが瀕死だそうだね? 被害レベルは?」
「非常に重篤です。頭脳体と脊椎部を残して他は新造することになりました。すでに機体更新の予定があったので作業は速やかに行われます」
「そうか――」
布平の説明に静かに耳を傾けていた教授だったが、あえてキツい目に言葉を差し挟む。
「それでは不足だな。頭脳体の意識の保護は? 仮想空間への接続はしていないのでは無いのかね?」
「仮想空間?――ですか?」
布平は予想外の言葉に思わずつぶやいてしまう。布平は優れたアンドロイド技術者だが人工頭脳体であるクレア頭脳については専門と言えるほどには習熟していなかった。そのつぶやきに対してガドニックは告げた。
「人工頭脳体であるクレア頭脳。それを駆動させるマインドOS、その作動状態は人間の生脳とほぼ同一、それは認識しているね?」
「はい」
「だが、人間の頭脳はすべての感覚信号が遮断されると脳波が完全にフラットになる事が知られている。いわゆる死に相当する状態に陥ってしまうのだ」
「死――」
ガドニックから淡々と告げられるその言葉に、布平は思わず蒼白になりかける。だが彼女は踏みとどまりガドニックへと問い返した。
「ではどうすれば?」
「だからこその仮想空間だよ。いいかね?」
そこでスマートパッドの画面にガドニックの側から映像が送られる。CGによる模式図だ。
「私のエバーグリーンの大型メインフレームサーバーと大規模な高セキュリティ回線でそちらをつなぐ。その上でフィールの頭脳体の意識をこちらでポーリング。仮想空間内にて意識の保護を行う。接続は速やかに行いたまえ。接続回線のデータはすでにそちらに送った」
「はい。直ちに繋ぎます」
画面の向こうでガドニックがうなづいていた。それを認識しつつ布平は声を発する。
「直美!」
その声に直美が振り向く。
「解体待って! 今、ケンブリッジのエバーグリーンがサポートに入ってくれたわ! フィールの頭脳体を保護するために向こうのメインフレームサーバーと接続するわ! 仮想空間にあの子の意識を逃してその上で進めて!」
「わかったわ。作業一時中止!」
「はい!」
作業に携わる研究員も同意する。その上でフィールの人工頭脳体の延髄部に設けられている重要メンテナンス作業用の回線接続コネクターへと第2科警研のメイン外部回線中継サーバーへとコネクトする。そしてその接続条件とパラメータを設定。接続先を英国のケンブリッジのエバーグリーン財団のメインフレームサーバーと繋ぐ。
それを確認して布平はガドニックへと答えた。
「教授、お願いします」
モニターの向こうで教授が頷く。その目にかけている眼鏡のレンズが理知的な輝きを放った。
【 MIND‐OS 】
【 Emergency 】
【 Maintenance PROGRAM 】
【 】
【 External circuit 】
【 Connection 】
【―――――――――――――――――――――】
【DESTINATION:Cambridge】
【ORIGIN :SPL2. 】
【―――――――――――――――――――――】
【 Connection〔OK〕 】
作業は速やかに行われた。一切の予断無く流れるように自体は進行する。
〔よし繋がった。これでいい。此処から先は我々エバーグリーンがバックアップする。君たちは心置きなく作業に専念してくれ〕
そう告げながらガドニックは布平の目をじっと見つめていた。
「教授、ありがとうございます」
「礼にはまだ早い。全ての作業が成功してそこで初めて安堵することが出来るのだ」
「はい」
「健闘を祈る。我々の娘たるフィールを必ず救ってやってくれ」
「はい、お約束いたします」
モニター越しにガドニックへと礼を告げ、布平は作業へと戻る。
「直美。作業再開!」
「了解。作業再開して! その際にメインの頭脳体関連への動力供給は遮断しないこと 脊椎部分への接触は慎重に! 良いわね」
「はい!」
一斉に声が上がり作業が進む。だが今なおフィールの瞳は閉じられたままだったのである。
そこはフィールとフローラが生まれた産屋である。
F型機体――
固定内部骨格を重視せず、金属メッシュ製の籠状の柔軟なフレームを人間の肌に限りなく近い触感のプラスチック系素材でコーティングすると言う発想で、高い運動性を持ちつつ多大な軽量化に成功した機体。アンドロイドの外見をより人間的にする事が可能であり生身の人間とほぼ変わらない『柔らかな身体』を有したアンドロイド機体の一つである。
〝柔構造外骨格〟と言う世界でも類を見ない非常に独創的なこの構造概念は、のちに世界のアンドロイド学会において『性能と重量のトレードオフ』と言う人型アンドロイドアーキテクチャの大問題を突破する斬新な発想として世界中を席巻することになるのだが、それはまた別なお話。
後に内部に単純化された内部フレームを加えることで柔構造外骨格の脆弱性や耐久性不足と言った問題を解決し、より高性能の『柔らかい身体』へと進歩発展することになるのだ。
今、フィールは帰ってきていた。
自らが生まれ落ちたその場所で。
単なる一つの頭脳体として種を得て、母親の子宮の中で育つが如く、骨格を得て、内部機構を得て、インターフェイスを得て、人と同じごく自然な容貌を得て、知恵を得て、意識を得て、そして彼女は目覚め、この世へと生まれ落ち、産声を上げた。
今から2年前の事である。
そして今――
――彼女は命の危機にあった――
今、彼女を救おうと第2科警研に残る全ての者たちが奔走していたのである。
@ @ @
「フィール、破損四肢、基底関節部より離断完了しました!」
「胴体外装、全剥離完了! 内臓出し成功!」
「全内部要素、作業用支持固定完了!」
「モニタリングシステム、正常稼働中」
布平率いるF班に多班の研究員たちが支援の手を差し伸べていた。多大な人数が投入されているのみならず、日本国内のアンドロイド研究の最先端を行く彼らである。その作業連携の手際は見事であり、一糸乱れぬオーケストラのごとく、水も漏らさぬ精密さで速やかに作業をこなしていたのだ。
そして、その彼らの指揮を執る人物が一人――
第2科警研F班班長:布平しのぶ
その傍らで実作業を差配するのが――
第2科警研主任研究員:桐原直美
フィールの修復作業はこの2二人を軸として進められていた。
直美が告げる。
「内部機構の破損箇所を全てリストアップして。基本的に頭脳体と脊椎ユニットのみを残して新機体へと移植します。その移植作業の阻害要因となるものを排除することがこちらの作業の要諦となります。それから、作業は一刻を争います。速度が命だということを常に認識してください」
普段は無口で余分な軽口を叩かない直美だったが、実作業においては雄弁だった。その彼女の凛とした声に導かれて研究員たちの声が返ってくる。
「はい!」
そして直美を含む12人の作業員たちは速やかにフィールの旧機体の解析と分解を速やかに開始していたのである。
一方で――
「国際通信?」
布平の持つ大型スマートパッドに国際電話の入感が有った。その通信の主を彼女は知っていた。
「イギリスのガドニック教授?」
【 ――回線接続―― 】
【 AUTHER:チャールズ・ガドニック 】
回線がつながると向こう側の映像が映る。そこに姿を表したのは理知的な風貌の英国紳士だった。
「しのぶくん。聞こえるかね?」
「教授!? はい聞こえます」
「話は聞いた。フィールが瀕死だそうだね? 被害レベルは?」
「非常に重篤です。頭脳体と脊椎部を残して他は新造することになりました。すでに機体更新の予定があったので作業は速やかに行われます」
「そうか――」
布平の説明に静かに耳を傾けていた教授だったが、あえてキツい目に言葉を差し挟む。
「それでは不足だな。頭脳体の意識の保護は? 仮想空間への接続はしていないのでは無いのかね?」
「仮想空間?――ですか?」
布平は予想外の言葉に思わずつぶやいてしまう。布平は優れたアンドロイド技術者だが人工頭脳体であるクレア頭脳については専門と言えるほどには習熟していなかった。そのつぶやきに対してガドニックは告げた。
「人工頭脳体であるクレア頭脳。それを駆動させるマインドOS、その作動状態は人間の生脳とほぼ同一、それは認識しているね?」
「はい」
「だが、人間の頭脳はすべての感覚信号が遮断されると脳波が完全にフラットになる事が知られている。いわゆる死に相当する状態に陥ってしまうのだ」
「死――」
ガドニックから淡々と告げられるその言葉に、布平は思わず蒼白になりかける。だが彼女は踏みとどまりガドニックへと問い返した。
「ではどうすれば?」
「だからこその仮想空間だよ。いいかね?」
そこでスマートパッドの画面にガドニックの側から映像が送られる。CGによる模式図だ。
「私のエバーグリーンの大型メインフレームサーバーと大規模な高セキュリティ回線でそちらをつなぐ。その上でフィールの頭脳体の意識をこちらでポーリング。仮想空間内にて意識の保護を行う。接続は速やかに行いたまえ。接続回線のデータはすでにそちらに送った」
「はい。直ちに繋ぎます」
画面の向こうでガドニックがうなづいていた。それを認識しつつ布平は声を発する。
「直美!」
その声に直美が振り向く。
「解体待って! 今、ケンブリッジのエバーグリーンがサポートに入ってくれたわ! フィールの頭脳体を保護するために向こうのメインフレームサーバーと接続するわ! 仮想空間にあの子の意識を逃してその上で進めて!」
「わかったわ。作業一時中止!」
「はい!」
作業に携わる研究員も同意する。その上でフィールの人工頭脳体の延髄部に設けられている重要メンテナンス作業用の回線接続コネクターへと第2科警研のメイン外部回線中継サーバーへとコネクトする。そしてその接続条件とパラメータを設定。接続先を英国のケンブリッジのエバーグリーン財団のメインフレームサーバーと繋ぐ。
それを確認して布平はガドニックへと答えた。
「教授、お願いします」
モニターの向こうで教授が頷く。その目にかけている眼鏡のレンズが理知的な輝きを放った。
【 MIND‐OS 】
【 Emergency 】
【 Maintenance PROGRAM 】
【 】
【 External circuit 】
【 Connection 】
【―――――――――――――――――――――】
【DESTINATION:Cambridge】
【ORIGIN :SPL2. 】
【―――――――――――――――――――――】
【 Connection〔OK〕 】
作業は速やかに行われた。一切の予断無く流れるように自体は進行する。
〔よし繋がった。これでいい。此処から先は我々エバーグリーンがバックアップする。君たちは心置きなく作業に専念してくれ〕
そう告げながらガドニックは布平の目をじっと見つめていた。
「教授、ありがとうございます」
「礼にはまだ早い。全ての作業が成功してそこで初めて安堵することが出来るのだ」
「はい」
「健闘を祈る。我々の娘たるフィールを必ず救ってやってくれ」
「はい、お約束いたします」
モニター越しにガドニックへと礼を告げ、布平は作業へと戻る。
「直美。作業再開!」
「了解。作業再開して! その際にメインの頭脳体関連への動力供給は遮断しないこと 脊椎部分への接触は慎重に! 良いわね」
「はい!」
一斉に声が上がり作業が進む。だが今なおフィールの瞳は閉じられたままだったのである。
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