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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/グラウザー編
Part12 SOLVER―解き明かす者―/向かい合うプライド
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「だいたいだ! 終わっちまったのはおめえの方なんだよ!」
「何だと?」
圧倒的に絶望的な状況に置かれているのはどう見てもセンチュリーの方なのだ。だと言うのにセンチュリーが放った言葉に強い疑問と苛立ちに駆られたのはベルトコーネの方だ。戸惑いがベルトコーネの歩みを止める。
「教えてやる義理はねぇ!」
そう叫ぶセンチュリーの背後では2つの影が行動を開始していたのである。
@ @ @
そこに現れたのは、プラチナブロンドのオールバックヘアの男であった。
サイバネティックス仕立ての全身スーツを身にまとい、漆黒のマントコートを羽織った彼、目元は180度を覆うサングラスゴーグルでカバーしている。両手にはめられたメカニカルなハンドグローブが特徴的なその人物の名を、皆がすでに知って居た。
「シェンさん!」
一目散に駆け寄っていったのはオジーだった。その声と表情にシェン・レイの姿にその身を案じる気持ちが現れていた。
「どうしたんですか一体?」
不安げな視線がシェン・レイを見上げていた。それと同時に皆の視線が一点に集まっている。それに対して説明をせねばならないのは当然の道理だった。
皆の視線が集まる中、シェンの姿は満身創痍だった。熱レーザーを思わせるような銃創が全身の各所に垣間見えている。よく見れば額をかすめるようにひどい火傷が浮かんでいた。
「熱レーザーか。誰にやられた?」
シェンのもとに集まる人影の奥から割り込む様に姿を表したのは朝である。シェンは朝の姿を一瞥すると変装を即座に見抜いて正体を喝破する。
「君は――、涙路署の刑事か」
朝も素性を見抜かれた事に臆する事もなく、シェンの正体を問いただし返してくる。
「そう言うあなたは? もしかして〝神の雷〟では?」
「なんだ。もう知っているのか?」
朝からの冷静な問いかけにシェンは笑みを浮かべながら問い返す。
「えぇ、我々の間ではあなたは有名人ですから。〝神の雷〟に会ったらすぐに逃げろってね」
「そうまで言うならすぐ逃げたらどうだ?」
「いいえ、その必要はないですよ」
朝の本心を探るようになおも問いかけてくるシェン・レイに朝は告げた。
「これでも警察として人を見る目はそれなりに養っているつもりですから」
「そう褒められても逆に却って困るんだがな」
一切の警戒心を出さずに接してくる朝にシェン・レイも苦笑せざるを得ない。そしてこの場の状況を即座に理解すると、朝に対して再び問いかけてきた。視線をカチュアの方へと投げかけながら朝に質問する。
「アレを処置してくれたのは君か?」
アレ――と言う言葉が指すものに気づいて朝は頷いていた。
「はい。担架の作成と固定処置は私が。初歩的知識レベルですが」
「そうか――」
朝の答えに頷きながら歩みだせば、シェン・レイはカチュアの方へと駆け寄る。自動車の座席シートを使った簡易担架と頸部骨折患者への適切な処置方法。くわえてここからの運搬を考慮しての担架への固定方法も完璧だった。そっとカチュアの身体に手を触れながらシェンは言った。
「正解だな。頸部損傷が疑われるクランケに対してはまず頭部と頸部の保護、そして患部が動かないように完全固定する事が望まれる。加えて頭部骨折部位への止血と患部保護も適切。最初の応急処置も良かったようだ。出血によるショックや昏睡症状もひどくない。今ならまだ緊急手術を行えば間に合うだろう。――オジー」
語り終えるとオジーを呼び寄せる。声をかけられオジーは急いで歩み寄った。
「兄貴?」
「李大夫の所に運んでくれ。李さんがすでに準備を終えているはずだ。急いで緊急オペを行う」
「オペ? やるのか? シェンの兄貴」
「あぁ、それしか無いだろう。この界隈で頭部手術や頚部骨折の処置ができるのは俺くらいのものだ。頚部骨折の整復処置を行った後に、頭蓋骨骨折と頭部脳挫傷の緊急手術を行う。一命はとりとめたが、それでもここからの長距離の搬送は不可能だ。運んでいる間に患部に異常が生じてショック症状を引き起こす可能性すらあるからな」
「わかった。みんなでカチュアを運んでおくよ。でも兄貴は?」
「後から行く。まだ少しやることがあるんだ」
そう語る言葉には、言外にローラとラフマニの存在を案じている事がにじみ出ていた。
「分かった。なるべく早く来てくれよ」
「あぁ」
シェンがオジーと、そう言葉を交わしてその場から歩き出そうとした時だった。脇から声をかけたのは朝であった。その言葉にはシェンを諌めるようなニュアンスが込められていたのだ。
「ちょっとまってくれ。手術って――アンタがやるのか?!」
警告とも取れる朝の言葉にシェンは振り向きながら答えを吐いた。
「心配するな。これでもドクターライセンスは持っている。本来の専門は脳外科だ。もっとも、この国の医療機関は肌に合わないので、この国で有効な医師免許は有していないがね」
「そう言う事を言ってるんじゃない!」
強い口調で朝はシェンに警告の言葉を叩きつけた。
「どう言う医療設備を持っているのか知らんが、頭部挫傷に頚部骨折、脊髄の損傷の可能性も否定できない。どう考えても医療設備の整った大型病院に搬送すべき案件だ! ICUの確保もできない状況での無許可手術など認められるか!」
「それは警察としての判断か? 君個人としての意見か?」
「両方に決まっているだろう!」
朝の言葉にシェンが沈黙する。彼からの返答を待たずして朝は更に告げた。
「急いで、警察の緊急ヘリを呼ぶ。その上で病院に緊急搬送する」
だがそれを受け入れるシェンではない。この街の支配者の一人として、そして護り人として昼夜を徹して戦い続けてきたのは伊達では無い。
「断る」
シンプルだが力強い口調に、シェンが抱いている強い敵意の一端が垣間見えていた。
「応急処置をしてくれたことへは感謝するが、これ以上のこの国の警察機関の干渉は断固として拒否する。カチュアの治療はこの街だけで行う。これ以上関わるのならお引き取り願おう」
ゴーグル越しに感じる視線には強い怒りがにじみ出ていた。だが、それを素直に受け入れるような朝でもなかった。
「力づくで俺を排除するというのか」
「無論だ。造作も無いことだ」
一方的なシェンの物言い、それにキレたのか朝は一気にまくし立てた。
「なぜだ? なぜそこまでこの街の外部からの干渉を拒絶する?! あの子の命を最優先に考えるのなら、大病院に連れていくのが最善策のはずだろうが! お前一人が手を下して失敗しました、死んじゃいましたじゃすまないんだぞ! 確実に助けられるという確証が無ければこの国の警察として、あの子をこのままお前に委ねる訳には行かないんだよ! この街を護るのがお前のプライドなら、この国の社会の秩序を護り市民を護るが俺のプライドだ! その俺のプライドを曲げろと言うのなら、それなりの理由を示すべきだろうが! 違うか? 答えろ!!」
〝神の雷〟の異名を持つ者を前にしてもなお、朝は臆する事は一切なかった。その剣幕を表情一つ替えずに聞いていたが、口元に軽い笑みを浮かべながらシェンは珍しくもため息をついた。
「まったく――、この国の石頭揃いの警察の中で、お前のようなヤツは初めて見たよ。まさか日本人の警官からプライドなんて言葉が出てくるとはな」
シェンは身体の向きを変えて朝に向かい合うと穏やかな口調で語り始めた。
「そうまで言うなら教えてやろう。お前の言い分も一理あるが、それでも、あの子をこの街の中で治療しなければならない理由があるんだ」
「なんだと? 理由ってなんだ?」
「難しい理由じゃない。治療代を払いきれないんだ」
シェンの口から語られた理由、それは恐ろしくシンプルで当然の言葉だった。
「手術代はおろか入院費すら無理だろう。健康保険もないから全額負担だ。退院するまでどれだけかかるか検討もつかん。それに加えてこの子はこの国で有効な戸籍やパスポートの類を一切所有していない。無戸籍の混血孤児――ハイヘイズなんだよ。公的機関に顔を出せばイミグレーションが喜んで捕まえに来るだろう。あらゆる理由をつけて行ったこともない第三国に強制送還と言う形で追い出されるのは目に見えている。命をとりとめても生きていく場所を取り上げられたらこの子はどうやって生きていったらいい? それにこの国じゃなくても混血児なんてのは世界中で厄介者扱いだ。身寄りの無い混血児を快く引き受けてくれる国なんて世界中のどこにもありはしない! そんな物があるのなら難民問題なんて起きる事もないだろう。どこをどう考えたって、この子をこの街で守ってやるしか無いんだ。それがこの子をお前に引き渡せない理由だ。それでも納得出来ないと言うのなら好きにしろ。だが俺達もやりたいようにするがな」
淡々と語られるシェンの言葉に朝は冷静に聞き入っていた。そして、苦虫を潰したかのような表情を浮かべると頭を軽くかきむしり、覚悟を決めたような険しい表情でシェンへとこう答えたのである。
「俺も立ち会わせろ」
「なに?」
「お前が行う手術に俺も立ち会わせろと言ったんだ」
シェンはすぐには答えなかった。そしてそのままその言葉の先を待った。
「お前が手術をしている間、俺が立ち会う。もし手術に成功して一命を取り留めることができたら何も見なかったことにしてやる。しかしもし、お前が手術に失敗してこの子を死なせたらその場でお前を殺人罪で緊急逮捕する。それが俺がお前に対してできるギリギリの譲歩だ。それだって上の方にバレたら俺は間違いなく警察をクビだ。その上での譲歩だ。それでどうだ? まだ不服か?」
朝の言葉にシェンはニヤリと笑った。
「面白い。俺に命を掛けろと言うのか。当然、俺が失敗したらお前も破滅と言うわけだ」
「まぁ、そう言う事になるな」
朝はシェンの目をじっと見つめた。覚悟を決めた男の目線である。その目線を受けて深く頷いたのはシェンであった。
「いいだろう。お前の出す条件を飲もう。カチュアを助けられなかったら、監獄でも死刑台でもどこにでも行ってやるよ」
「絶対に成功させてくれるんだろうな?」
「無論だ。男に二言はない」
シェンの言葉に朝も頷いていた。
「契約成立だな。それじゃ俺は彼らに同行して、その李さんと言う人の所に先に行ってる」
「分かった。俺は野暮用を済ませたらすぐに後を追う。おい!」
シェンは朝に告げると、返す刀で助けに来ていた中華街の若者たちに声をかけた。
「そう言うわけだ。彼を一緒に連れて行ってやってくれ。彼の素性は内緒で頼む」
「はい。わかりました。じゃあシェンさんの知り合いと言うことで通しておきます」
「わかった。それで行こう。あとは頼んだぞ。それとオジー!」
「はい!」
「お前は残りの子どもたちのところへ戻れ。子どもたちは今どこにいる?」
「予備の避難シェルターに移動させました。戦闘の巻き添えになりかねないんで」
「正しい判断だ。そう長くはならんと思うが、俺が連絡するまで絶対動くなよ?」
「はい、もとよりそのつもりです」
「それではまたあとで落ち合おう」
「はい!」
彼らと言葉を交わすとシェンは素早く歩き出した。その背後では若者たちが朝と言葉を交わしながら彼を連れて行くのが気配で感じられていた。オジーは他のハイヘイズの子らの所へと戻ったところだ。
「さて――、ひと仕事するか」
それぞれがそれぞれに行動を開始したのを察知して、シェン・レイはそっとつぶやきながらその場を離れたのである。
「何だと?」
圧倒的に絶望的な状況に置かれているのはどう見てもセンチュリーの方なのだ。だと言うのにセンチュリーが放った言葉に強い疑問と苛立ちに駆られたのはベルトコーネの方だ。戸惑いがベルトコーネの歩みを止める。
「教えてやる義理はねぇ!」
そう叫ぶセンチュリーの背後では2つの影が行動を開始していたのである。
@ @ @
そこに現れたのは、プラチナブロンドのオールバックヘアの男であった。
サイバネティックス仕立ての全身スーツを身にまとい、漆黒のマントコートを羽織った彼、目元は180度を覆うサングラスゴーグルでカバーしている。両手にはめられたメカニカルなハンドグローブが特徴的なその人物の名を、皆がすでに知って居た。
「シェンさん!」
一目散に駆け寄っていったのはオジーだった。その声と表情にシェン・レイの姿にその身を案じる気持ちが現れていた。
「どうしたんですか一体?」
不安げな視線がシェン・レイを見上げていた。それと同時に皆の視線が一点に集まっている。それに対して説明をせねばならないのは当然の道理だった。
皆の視線が集まる中、シェンの姿は満身創痍だった。熱レーザーを思わせるような銃創が全身の各所に垣間見えている。よく見れば額をかすめるようにひどい火傷が浮かんでいた。
「熱レーザーか。誰にやられた?」
シェンのもとに集まる人影の奥から割り込む様に姿を表したのは朝である。シェンは朝の姿を一瞥すると変装を即座に見抜いて正体を喝破する。
「君は――、涙路署の刑事か」
朝も素性を見抜かれた事に臆する事もなく、シェンの正体を問いただし返してくる。
「そう言うあなたは? もしかして〝神の雷〟では?」
「なんだ。もう知っているのか?」
朝からの冷静な問いかけにシェンは笑みを浮かべながら問い返す。
「えぇ、我々の間ではあなたは有名人ですから。〝神の雷〟に会ったらすぐに逃げろってね」
「そうまで言うならすぐ逃げたらどうだ?」
「いいえ、その必要はないですよ」
朝の本心を探るようになおも問いかけてくるシェン・レイに朝は告げた。
「これでも警察として人を見る目はそれなりに養っているつもりですから」
「そう褒められても逆に却って困るんだがな」
一切の警戒心を出さずに接してくる朝にシェン・レイも苦笑せざるを得ない。そしてこの場の状況を即座に理解すると、朝に対して再び問いかけてきた。視線をカチュアの方へと投げかけながら朝に質問する。
「アレを処置してくれたのは君か?」
アレ――と言う言葉が指すものに気づいて朝は頷いていた。
「はい。担架の作成と固定処置は私が。初歩的知識レベルですが」
「そうか――」
朝の答えに頷きながら歩みだせば、シェン・レイはカチュアの方へと駆け寄る。自動車の座席シートを使った簡易担架と頸部骨折患者への適切な処置方法。くわえてここからの運搬を考慮しての担架への固定方法も完璧だった。そっとカチュアの身体に手を触れながらシェンは言った。
「正解だな。頸部損傷が疑われるクランケに対してはまず頭部と頸部の保護、そして患部が動かないように完全固定する事が望まれる。加えて頭部骨折部位への止血と患部保護も適切。最初の応急処置も良かったようだ。出血によるショックや昏睡症状もひどくない。今ならまだ緊急手術を行えば間に合うだろう。――オジー」
語り終えるとオジーを呼び寄せる。声をかけられオジーは急いで歩み寄った。
「兄貴?」
「李大夫の所に運んでくれ。李さんがすでに準備を終えているはずだ。急いで緊急オペを行う」
「オペ? やるのか? シェンの兄貴」
「あぁ、それしか無いだろう。この界隈で頭部手術や頚部骨折の処置ができるのは俺くらいのものだ。頚部骨折の整復処置を行った後に、頭蓋骨骨折と頭部脳挫傷の緊急手術を行う。一命はとりとめたが、それでもここからの長距離の搬送は不可能だ。運んでいる間に患部に異常が生じてショック症状を引き起こす可能性すらあるからな」
「わかった。みんなでカチュアを運んでおくよ。でも兄貴は?」
「後から行く。まだ少しやることがあるんだ」
そう語る言葉には、言外にローラとラフマニの存在を案じている事がにじみ出ていた。
「分かった。なるべく早く来てくれよ」
「あぁ」
シェンがオジーと、そう言葉を交わしてその場から歩き出そうとした時だった。脇から声をかけたのは朝であった。その言葉にはシェンを諌めるようなニュアンスが込められていたのだ。
「ちょっとまってくれ。手術って――アンタがやるのか?!」
警告とも取れる朝の言葉にシェンは振り向きながら答えを吐いた。
「心配するな。これでもドクターライセンスは持っている。本来の専門は脳外科だ。もっとも、この国の医療機関は肌に合わないので、この国で有効な医師免許は有していないがね」
「そう言う事を言ってるんじゃない!」
強い口調で朝はシェンに警告の言葉を叩きつけた。
「どう言う医療設備を持っているのか知らんが、頭部挫傷に頚部骨折、脊髄の損傷の可能性も否定できない。どう考えても医療設備の整った大型病院に搬送すべき案件だ! ICUの確保もできない状況での無許可手術など認められるか!」
「それは警察としての判断か? 君個人としての意見か?」
「両方に決まっているだろう!」
朝の言葉にシェンが沈黙する。彼からの返答を待たずして朝は更に告げた。
「急いで、警察の緊急ヘリを呼ぶ。その上で病院に緊急搬送する」
だがそれを受け入れるシェンではない。この街の支配者の一人として、そして護り人として昼夜を徹して戦い続けてきたのは伊達では無い。
「断る」
シンプルだが力強い口調に、シェンが抱いている強い敵意の一端が垣間見えていた。
「応急処置をしてくれたことへは感謝するが、これ以上のこの国の警察機関の干渉は断固として拒否する。カチュアの治療はこの街だけで行う。これ以上関わるのならお引き取り願おう」
ゴーグル越しに感じる視線には強い怒りがにじみ出ていた。だが、それを素直に受け入れるような朝でもなかった。
「力づくで俺を排除するというのか」
「無論だ。造作も無いことだ」
一方的なシェンの物言い、それにキレたのか朝は一気にまくし立てた。
「なぜだ? なぜそこまでこの街の外部からの干渉を拒絶する?! あの子の命を最優先に考えるのなら、大病院に連れていくのが最善策のはずだろうが! お前一人が手を下して失敗しました、死んじゃいましたじゃすまないんだぞ! 確実に助けられるという確証が無ければこの国の警察として、あの子をこのままお前に委ねる訳には行かないんだよ! この街を護るのがお前のプライドなら、この国の社会の秩序を護り市民を護るが俺のプライドだ! その俺のプライドを曲げろと言うのなら、それなりの理由を示すべきだろうが! 違うか? 答えろ!!」
〝神の雷〟の異名を持つ者を前にしてもなお、朝は臆する事は一切なかった。その剣幕を表情一つ替えずに聞いていたが、口元に軽い笑みを浮かべながらシェンは珍しくもため息をついた。
「まったく――、この国の石頭揃いの警察の中で、お前のようなヤツは初めて見たよ。まさか日本人の警官からプライドなんて言葉が出てくるとはな」
シェンは身体の向きを変えて朝に向かい合うと穏やかな口調で語り始めた。
「そうまで言うなら教えてやろう。お前の言い分も一理あるが、それでも、あの子をこの街の中で治療しなければならない理由があるんだ」
「なんだと? 理由ってなんだ?」
「難しい理由じゃない。治療代を払いきれないんだ」
シェンの口から語られた理由、それは恐ろしくシンプルで当然の言葉だった。
「手術代はおろか入院費すら無理だろう。健康保険もないから全額負担だ。退院するまでどれだけかかるか検討もつかん。それに加えてこの子はこの国で有効な戸籍やパスポートの類を一切所有していない。無戸籍の混血孤児――ハイヘイズなんだよ。公的機関に顔を出せばイミグレーションが喜んで捕まえに来るだろう。あらゆる理由をつけて行ったこともない第三国に強制送還と言う形で追い出されるのは目に見えている。命をとりとめても生きていく場所を取り上げられたらこの子はどうやって生きていったらいい? それにこの国じゃなくても混血児なんてのは世界中で厄介者扱いだ。身寄りの無い混血児を快く引き受けてくれる国なんて世界中のどこにもありはしない! そんな物があるのなら難民問題なんて起きる事もないだろう。どこをどう考えたって、この子をこの街で守ってやるしか無いんだ。それがこの子をお前に引き渡せない理由だ。それでも納得出来ないと言うのなら好きにしろ。だが俺達もやりたいようにするがな」
淡々と語られるシェンの言葉に朝は冷静に聞き入っていた。そして、苦虫を潰したかのような表情を浮かべると頭を軽くかきむしり、覚悟を決めたような険しい表情でシェンへとこう答えたのである。
「俺も立ち会わせろ」
「なに?」
「お前が行う手術に俺も立ち会わせろと言ったんだ」
シェンはすぐには答えなかった。そしてそのままその言葉の先を待った。
「お前が手術をしている間、俺が立ち会う。もし手術に成功して一命を取り留めることができたら何も見なかったことにしてやる。しかしもし、お前が手術に失敗してこの子を死なせたらその場でお前を殺人罪で緊急逮捕する。それが俺がお前に対してできるギリギリの譲歩だ。それだって上の方にバレたら俺は間違いなく警察をクビだ。その上での譲歩だ。それでどうだ? まだ不服か?」
朝の言葉にシェンはニヤリと笑った。
「面白い。俺に命を掛けろと言うのか。当然、俺が失敗したらお前も破滅と言うわけだ」
「まぁ、そう言う事になるな」
朝はシェンの目をじっと見つめた。覚悟を決めた男の目線である。その目線を受けて深く頷いたのはシェンであった。
「いいだろう。お前の出す条件を飲もう。カチュアを助けられなかったら、監獄でも死刑台でもどこにでも行ってやるよ」
「絶対に成功させてくれるんだろうな?」
「無論だ。男に二言はない」
シェンの言葉に朝も頷いていた。
「契約成立だな。それじゃ俺は彼らに同行して、その李さんと言う人の所に先に行ってる」
「分かった。俺は野暮用を済ませたらすぐに後を追う。おい!」
シェンは朝に告げると、返す刀で助けに来ていた中華街の若者たちに声をかけた。
「そう言うわけだ。彼を一緒に連れて行ってやってくれ。彼の素性は内緒で頼む」
「はい。わかりました。じゃあシェンさんの知り合いと言うことで通しておきます」
「わかった。それで行こう。あとは頼んだぞ。それとオジー!」
「はい!」
「お前は残りの子どもたちのところへ戻れ。子どもたちは今どこにいる?」
「予備の避難シェルターに移動させました。戦闘の巻き添えになりかねないんで」
「正しい判断だ。そう長くはならんと思うが、俺が連絡するまで絶対動くなよ?」
「はい、もとよりそのつもりです」
「それではまたあとで落ち合おう」
「はい!」
彼らと言葉を交わすとシェンは素早く歩き出した。その背後では若者たちが朝と言葉を交わしながら彼を連れて行くのが気配で感じられていた。オジーは他のハイヘイズの子らの所へと戻ったところだ。
「さて――、ひと仕事するか」
それぞれがそれぞれに行動を開始したのを察知して、シェン・レイはそっとつぶやきながらその場を離れたのである。
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