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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/洋上スラム編
Part8 母親/決別
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ローラは見つめていた。その胸に抱いたカチュアを。先程まで羽織っていたショールで全身を包むように保護すると、その頭を揺らさぬように左手でしっかりと抱きかかえていた。そして、右手を光らせながら眼前の〝敵〟を睨みつけている。
それは悪意ではない。
それは快楽ではない。
それは復讐ではない。
それは純然たる怒りである。義憤である。そして、決意である。
――子どもたちを守り抜く――
たとえ鬼と呼ばれようが、悪魔とそしられようが、今ここで眼前の拳魔に立ち向かえるのはローラしか居ないのだ。いかなる手段を用いてでもベルトコーネを排除する覚悟だ。
ゆっくりと立ち上がりベルトコーネに対してスタンスを取る。そして、攻撃の機会を狙って右の指先に力を貯めていく。そのローラにベルトコーネは語りかけた。
「俺に敵うと思うのか?」
それはローラの力を軽視した言葉ではない。
「今なら許そう。そして俺について来い」
ローラに対して立ちはだかり見下ろす視線でベルトコーネは問いかけていた。だが、そこには慈悲の心は一切感じられなかった。ただ服従の可否を問いただしてきているだけである。
ローラは静かにそして慎重に歩みを進めている。ベルトコーネと子どもたちとの間に立ち、自らが〝盾〟となるためである。そして、身を挺してハイヘイズの子らを守る覚悟なのだ。
どんなに威圧されても。どんなに絶対的優位を突きつけられても、ローラはそれに従う意志は微塵もなかった。毅然としてベルトコーネを睨み返すと、淡々とした口調で返答する。
「ついていけば何があるの?」
「なに?」
ローラの言葉にベルトコーネが問い返す。ローラはさらに告げた。
「貴方についていくことで〝ここ〟に何が残るの?」
〝ここ〟――ローラはたしかにそう言った。それがハイヘイズの子らが暮らすこの廃ビルを意図しているのは明らかだ。その言葉には強い義憤と敵意があった。ローラはベルトコーネの返答を待たずに吐き捨てるように告げた。
「助ける気なんか無いくせに!」
ローラはベルトコーネの真意をすでに見抜いていた。
「舐めないで――、伊達に貴方とあの老人の後ろを今までずっとついていたワケじゃないの」
感情を乱すこと無く理路整然と告げる。ベルトコーネは今まで見たこともないローラの態度と言葉を目の当たりにして不気味に沈黙するだけだ。
「私が人間社会に未練を残さず、貴方とあの老人の思想に服従するようにこの場所を消し去ろうとするくせに! この子たちの命を刈り取るくせに! この子たちの価値と意味も知らないくせに! 命の重さも悲しみの重さも知らないくせに! 貴方についていっても私の望みは何も叶わない! あの老人の思想の中にこの子たちの幸せは存在しない! あの老人の思想の後ろには死体しか残らない! そんなこともわからないのでしょう?! 戦うことしか知らない貴方は!!」
まるで鉄面皮の戦闘人形のように表情一つ変えることの無かったベルトコーネだったが、今、かつての仲間であったローラの告げる猛火のような言葉を目の当たりにして表情に片隅に変化が見え始めていた。表情がかすかに引きつっている。ローラはそれ気づきながらもなおも叫び続けた。
「わたしはねベルトコーネ。もう昔の私じゃないの。消しさることのできる命を指折り数えていた私じゃない。刈り取った命の数に一喜一憂していた私じゃない! 失われた命への嘆きの声を理解できなかった無知蒙昧な私じゃない! いい? ベルトコーネ――、人間は確かに醜いわ。愚かよ。自分勝手よ。耳をふさぎ、目を閉じて、口をつぐんで、似たような者同士で集まろうとする愚かな動物よ――」
「当然だ。それこそが人間だ。そしてその人間の中でももっとも――」
「でもね! ベルトコーネ!!」
ローラの叫びが闇夜にこだまする。そして、人間の愚かしさを語る言葉にしたり顔で問いかけようとしていたベルトコーネの戯言を裂帛の叫びで断ち切り遮った。驚きの表情を浮かべたベルトコーネにローラはなおも叫んだのだ。
「弱いからこそ人間は助け合うのよ! 少ない力しか持たないから! 弱くて怖がりだから! 人間は怯えながら生きている! そして、その自分の中の怯えをしっかりと理解している人間も居る! このままじゃいけない! 見捨てちゃいけない! 拒んじゃいけない! 耳をふさいじゃいけない! 目を閉じちゃいけない! たとえ時間はかかっても少しづつ少しづつ互いに手を取り合おうとする! そして少ない力を持ち寄って、身近なところから、すぐ隣の人から、救いの手を差し伸べようとするの! それが人間よ! わたしはその人間の価値と素晴らしさに気づいたの! だからここに居るのよ!」
それは言葉による攻撃だった。相手の持たない価値観を整然と突きつけることで相手の思想と理論を根底から否定する。それは辛酸を嘗めながら、命を削るようにして、この最果ての場所で子どもたちと暮らしてきた彼女だからこそ吐き出せる言葉であった。
「こんなカチュアみたいな小さな命でも! 言葉も話せないのような赤ん坊でも! たった一瞬の視線だけで! たった一言の感謝の言葉だけで私は本当に心から救われた! 生きてよかった、この世界に存在してよかったと思わせてくれる! 数え切れない命を奪い、その怨嗟の声で潰れそうになっている私に、この世界に存在していいと赦しの声をこの子たちは与えてくれるのよ! その声に私は報いなきゃいけない! 答えなきゃいけないの! そんな事もわからない、理解しようともしない貴方のような〝無駄〟な存在に! 私は服従するわけにはいかない! 答えなさい! ベルトコーネ! あなたはこの子たちを! この世界をどうするつもり!? あの老人の亡霊にしがみつくのではなくあなたの言葉で答えなさい!! ベルトコーネ! さぁ!!!」
それは嘆きの声ではない。それはその背中に守るべき命を持つ者が突きつけられる言葉の槍であった。目には見えない言葉の槍が今、ベルトコーネの喉元に突きつけられていた。そしてベルトコーネは蒼白の表情で気付いていた。眼前のアンドロイドが、もはやかつての仲間ではないことに。そして鉄のような強靭な心に生まれたほころびが彼の口から漏れてきたのである。
「――貴様だれだ?」
だが、その言葉にローラは答えない。ベルトコーネはなおも問いただす。
「お前は何者だ!?」
それは混乱であった。拒絶であった。自らに服従すると思っていたはずの〝妹〟が、理路整然と鋼のような強い意志でベルトコーネと言う存在を拒んだのだ。
「お前はいったいなにものだ?」
それはベルトコーネにとって生まれて初めての喪失体験だったのだろう。かつてのディンキー老の存在の元、鉄の結束を誇り、常にともに居ることが当たり前と思っていた。だが、二人だけの残党となり離れて逃げ延び、異なる道を歩んだことで二人は異なる存在となっていた。その事をベルトコーネは受け入れることに混乱をきたしていたのである。
今、ベルトコーネは攻撃の意思を失いつつあった。そしてローラはそんなベルトコーネに永遠の別離を突きつけるべく大きな声で告げた。それはローラが自分自らに対して与えた存在証明だったのである。
「私はローラ――、壊れかけの場末のアンドロイド――そして――」
ローラは言葉を詰まらせる。涙が溢れてくる。そして、こみ上げてくる思いをこらえながら、背後を振り返り、むけられてくる沢山の小さな視線を受けながら、声を震わせ答えたのだ。
「――この子たちの〝母親〟よ!」
その言葉は闇夜の街角に響き渡る。廃ビルの前で佇むジーナやオジーたちに、そして廃ビルの中で恐怖に震えている子どもたちの耳にしっかりと届いていた。
かたや、その言葉を耳にしてベルトコーネはようやく気付いた。眼前に立つ女性型アンドロイドがかつての仲間のローラとは全く別物であることに。
顔立ちは同じである。髪型も同じである。背丈も同じ。手足と身体の細さも同じである。
だが――
視線が違う、言葉が違う、表情が違う、気配が違う、意思が違う、思いが違う――、
今漸くにして眼前に立つ彼女が自分の思い描いていたかつての仲間とはかけ離れ、完全に袂を分かっていることに漸く気付いたのだ。今ここにしてベルトコーネは漸く気付いていた。ローラがあの黒装束を身に付けていないことに。
そして今、最後の宣告の言葉がローラから告げられたのだ。
「でもね、ベルトコーネ――、貴方は私のその大切な〝子供〟を攻撃した。拳を向けた! 打ち据えた! 血を流させた! 命を刈り取った! 恐怖させた! たとえ天命が許しても、私は貴方を永遠に許さない! 万死を持って償わせる!!! 今こそ思い知れ!!!」
そしてローラはその身を翻す。
右手の人差指中指薬指の三指の先に込められた、猛り狂う光の奔流を一斉に解き放った。そして、斜め下から上方へと逆袈裟懸けに、光の刃で切りつけたのである。
――ズビィィィィィッツ!!!――
それは薄暗い闇夜の中で鮮烈な輝きを放っていた。ベルトコーネの頑強なボディの表面でその三条の光の刃は火花を散らす。そして、斬りつけた瞬間、ベルトコーネにそれまでにない苦悶の表情を浮かび上がらせたのである。
「ぐぅっ――」
たとえ特攻装警アトラスの剛拳だろうが、大型コンテナの落下だろうが、ガトリング砲の赤熱する弾雨だろうが、一撃のもとに弾き返してきた馬鹿げたまでの強靭さを誇っていたベルトコーネである。だが、それは意外にも、同じ理のもとに生み出されたかつての同型機の手によって手傷を負わされることとなった。純粋な清純たる高密度の光の奔流によってである。世界中のいかなる現用兵器ですらも受け付けなかったにもかかわらずだ。
「はぁあぁあああああっ!!!!!」
東京湾の夜空に轟くようなローラの叫びがこだまする。
右手を握りしめ人差し指を突き出してベルトコーネの方へと向ける。そして、その指先から発したのは銀色に光り輝く〝光の弾丸〟であった。それをサブマシンガンの猛射のように、斬りつけられて隙を見せたベルトコーネへと次々に叩きつけられていく。
それまでいかなる攻撃を持ってしても引き下がることのなかったベルトコーネ、そしてそれは今、ローラのその必死の攻撃によって初めて後退し始めたのである。
「ぐっ――、むぅぅううう!」
ベルトコーネは両腕を眼前でクロスさせて構えるとローラからの光弾の猛射からその身を守ろうとする。だが、物理的な金属塊の弾丸ではない清純にして清廉な光子の塊であるその光の弾丸はベルトコーネの強靭な肉体の防御力を突破して徐々に徐々にとその内部へと浸透していた。それは世界中のいかなる軍隊ですらも成し得なかった行為であり、ベルトコーネには産まれて初めて味わう防ぎようのない攻撃であった。
そしてそれは『なんとしても我が子を守る』と言う純粋な思いが成立せしめる奇跡でもある。世界中を恐怖に陥れていた鋼の悪魔は、今、一人のか細い〝母親〟の御手により排除されようとしていたのである。
この事実を前にしてもローラは冷静だった。高揚し浮足立つことは無かった。鉄の意志でベルトコーネと向き合い、そしてこれまでの日々で培ってきた〝全ての知性〟〝全ての力〟を駆使しして眼前の敵に立ち向かっていた。ローラはその脳裏で冷徹な戦術を組み立てていたのだ。
光子の弾丸をベルトコーネの頭部へと集中させる。そして、敵の防御が頭部へと集まったその隙を狙って胴体を攻撃する。そのためにローラは人差し指から光子の弾丸を放ちつつも、その掌の中に大きな力を込めつつあった。そして次なる攻撃を解き放ったのだ。
人差し指をもどし拳を握りしめると一瞬力を蓄積する。そして掌を緩めて五指を開くと掌をベルトコーネの胴体の方へと向けたのだ。
「イヤァッ!!」
気合一閃、ローラの掌から瞬時にして直径1mにはなろうかと言う巨大な光子塊を解き放ち、ベルトコーネへと発射したのである。
それは悪意ではない。
それは快楽ではない。
それは復讐ではない。
それは純然たる怒りである。義憤である。そして、決意である。
――子どもたちを守り抜く――
たとえ鬼と呼ばれようが、悪魔とそしられようが、今ここで眼前の拳魔に立ち向かえるのはローラしか居ないのだ。いかなる手段を用いてでもベルトコーネを排除する覚悟だ。
ゆっくりと立ち上がりベルトコーネに対してスタンスを取る。そして、攻撃の機会を狙って右の指先に力を貯めていく。そのローラにベルトコーネは語りかけた。
「俺に敵うと思うのか?」
それはローラの力を軽視した言葉ではない。
「今なら許そう。そして俺について来い」
ローラに対して立ちはだかり見下ろす視線でベルトコーネは問いかけていた。だが、そこには慈悲の心は一切感じられなかった。ただ服従の可否を問いただしてきているだけである。
ローラは静かにそして慎重に歩みを進めている。ベルトコーネと子どもたちとの間に立ち、自らが〝盾〟となるためである。そして、身を挺してハイヘイズの子らを守る覚悟なのだ。
どんなに威圧されても。どんなに絶対的優位を突きつけられても、ローラはそれに従う意志は微塵もなかった。毅然としてベルトコーネを睨み返すと、淡々とした口調で返答する。
「ついていけば何があるの?」
「なに?」
ローラの言葉にベルトコーネが問い返す。ローラはさらに告げた。
「貴方についていくことで〝ここ〟に何が残るの?」
〝ここ〟――ローラはたしかにそう言った。それがハイヘイズの子らが暮らすこの廃ビルを意図しているのは明らかだ。その言葉には強い義憤と敵意があった。ローラはベルトコーネの返答を待たずに吐き捨てるように告げた。
「助ける気なんか無いくせに!」
ローラはベルトコーネの真意をすでに見抜いていた。
「舐めないで――、伊達に貴方とあの老人の後ろを今までずっとついていたワケじゃないの」
感情を乱すこと無く理路整然と告げる。ベルトコーネは今まで見たこともないローラの態度と言葉を目の当たりにして不気味に沈黙するだけだ。
「私が人間社会に未練を残さず、貴方とあの老人の思想に服従するようにこの場所を消し去ろうとするくせに! この子たちの命を刈り取るくせに! この子たちの価値と意味も知らないくせに! 命の重さも悲しみの重さも知らないくせに! 貴方についていっても私の望みは何も叶わない! あの老人の思想の中にこの子たちの幸せは存在しない! あの老人の思想の後ろには死体しか残らない! そんなこともわからないのでしょう?! 戦うことしか知らない貴方は!!」
まるで鉄面皮の戦闘人形のように表情一つ変えることの無かったベルトコーネだったが、今、かつての仲間であったローラの告げる猛火のような言葉を目の当たりにして表情に片隅に変化が見え始めていた。表情がかすかに引きつっている。ローラはそれ気づきながらもなおも叫び続けた。
「わたしはねベルトコーネ。もう昔の私じゃないの。消しさることのできる命を指折り数えていた私じゃない。刈り取った命の数に一喜一憂していた私じゃない! 失われた命への嘆きの声を理解できなかった無知蒙昧な私じゃない! いい? ベルトコーネ――、人間は確かに醜いわ。愚かよ。自分勝手よ。耳をふさぎ、目を閉じて、口をつぐんで、似たような者同士で集まろうとする愚かな動物よ――」
「当然だ。それこそが人間だ。そしてその人間の中でももっとも――」
「でもね! ベルトコーネ!!」
ローラの叫びが闇夜にこだまする。そして、人間の愚かしさを語る言葉にしたり顔で問いかけようとしていたベルトコーネの戯言を裂帛の叫びで断ち切り遮った。驚きの表情を浮かべたベルトコーネにローラはなおも叫んだのだ。
「弱いからこそ人間は助け合うのよ! 少ない力しか持たないから! 弱くて怖がりだから! 人間は怯えながら生きている! そして、その自分の中の怯えをしっかりと理解している人間も居る! このままじゃいけない! 見捨てちゃいけない! 拒んじゃいけない! 耳をふさいじゃいけない! 目を閉じちゃいけない! たとえ時間はかかっても少しづつ少しづつ互いに手を取り合おうとする! そして少ない力を持ち寄って、身近なところから、すぐ隣の人から、救いの手を差し伸べようとするの! それが人間よ! わたしはその人間の価値と素晴らしさに気づいたの! だからここに居るのよ!」
それは言葉による攻撃だった。相手の持たない価値観を整然と突きつけることで相手の思想と理論を根底から否定する。それは辛酸を嘗めながら、命を削るようにして、この最果ての場所で子どもたちと暮らしてきた彼女だからこそ吐き出せる言葉であった。
「こんなカチュアみたいな小さな命でも! 言葉も話せないのような赤ん坊でも! たった一瞬の視線だけで! たった一言の感謝の言葉だけで私は本当に心から救われた! 生きてよかった、この世界に存在してよかったと思わせてくれる! 数え切れない命を奪い、その怨嗟の声で潰れそうになっている私に、この世界に存在していいと赦しの声をこの子たちは与えてくれるのよ! その声に私は報いなきゃいけない! 答えなきゃいけないの! そんな事もわからない、理解しようともしない貴方のような〝無駄〟な存在に! 私は服従するわけにはいかない! 答えなさい! ベルトコーネ! あなたはこの子たちを! この世界をどうするつもり!? あの老人の亡霊にしがみつくのではなくあなたの言葉で答えなさい!! ベルトコーネ! さぁ!!!」
それは嘆きの声ではない。それはその背中に守るべき命を持つ者が突きつけられる言葉の槍であった。目には見えない言葉の槍が今、ベルトコーネの喉元に突きつけられていた。そしてベルトコーネは蒼白の表情で気付いていた。眼前のアンドロイドが、もはやかつての仲間ではないことに。そして鉄のような強靭な心に生まれたほころびが彼の口から漏れてきたのである。
「――貴様だれだ?」
だが、その言葉にローラは答えない。ベルトコーネはなおも問いただす。
「お前は何者だ!?」
それは混乱であった。拒絶であった。自らに服従すると思っていたはずの〝妹〟が、理路整然と鋼のような強い意志でベルトコーネと言う存在を拒んだのだ。
「お前はいったいなにものだ?」
それはベルトコーネにとって生まれて初めての喪失体験だったのだろう。かつてのディンキー老の存在の元、鉄の結束を誇り、常にともに居ることが当たり前と思っていた。だが、二人だけの残党となり離れて逃げ延び、異なる道を歩んだことで二人は異なる存在となっていた。その事をベルトコーネは受け入れることに混乱をきたしていたのである。
今、ベルトコーネは攻撃の意思を失いつつあった。そしてローラはそんなベルトコーネに永遠の別離を突きつけるべく大きな声で告げた。それはローラが自分自らに対して与えた存在証明だったのである。
「私はローラ――、壊れかけの場末のアンドロイド――そして――」
ローラは言葉を詰まらせる。涙が溢れてくる。そして、こみ上げてくる思いをこらえながら、背後を振り返り、むけられてくる沢山の小さな視線を受けながら、声を震わせ答えたのだ。
「――この子たちの〝母親〟よ!」
その言葉は闇夜の街角に響き渡る。廃ビルの前で佇むジーナやオジーたちに、そして廃ビルの中で恐怖に震えている子どもたちの耳にしっかりと届いていた。
かたや、その言葉を耳にしてベルトコーネはようやく気付いた。眼前に立つ女性型アンドロイドがかつての仲間のローラとは全く別物であることに。
顔立ちは同じである。髪型も同じである。背丈も同じ。手足と身体の細さも同じである。
だが――
視線が違う、言葉が違う、表情が違う、気配が違う、意思が違う、思いが違う――、
今漸くにして眼前に立つ彼女が自分の思い描いていたかつての仲間とはかけ離れ、完全に袂を分かっていることに漸く気付いたのだ。今ここにしてベルトコーネは漸く気付いていた。ローラがあの黒装束を身に付けていないことに。
そして今、最後の宣告の言葉がローラから告げられたのだ。
「でもね、ベルトコーネ――、貴方は私のその大切な〝子供〟を攻撃した。拳を向けた! 打ち据えた! 血を流させた! 命を刈り取った! 恐怖させた! たとえ天命が許しても、私は貴方を永遠に許さない! 万死を持って償わせる!!! 今こそ思い知れ!!!」
そしてローラはその身を翻す。
右手の人差指中指薬指の三指の先に込められた、猛り狂う光の奔流を一斉に解き放った。そして、斜め下から上方へと逆袈裟懸けに、光の刃で切りつけたのである。
――ズビィィィィィッツ!!!――
それは薄暗い闇夜の中で鮮烈な輝きを放っていた。ベルトコーネの頑強なボディの表面でその三条の光の刃は火花を散らす。そして、斬りつけた瞬間、ベルトコーネにそれまでにない苦悶の表情を浮かび上がらせたのである。
「ぐぅっ――」
たとえ特攻装警アトラスの剛拳だろうが、大型コンテナの落下だろうが、ガトリング砲の赤熱する弾雨だろうが、一撃のもとに弾き返してきた馬鹿げたまでの強靭さを誇っていたベルトコーネである。だが、それは意外にも、同じ理のもとに生み出されたかつての同型機の手によって手傷を負わされることとなった。純粋な清純たる高密度の光の奔流によってである。世界中のいかなる現用兵器ですらも受け付けなかったにもかかわらずだ。
「はぁあぁあああああっ!!!!!」
東京湾の夜空に轟くようなローラの叫びがこだまする。
右手を握りしめ人差し指を突き出してベルトコーネの方へと向ける。そして、その指先から発したのは銀色に光り輝く〝光の弾丸〟であった。それをサブマシンガンの猛射のように、斬りつけられて隙を見せたベルトコーネへと次々に叩きつけられていく。
それまでいかなる攻撃を持ってしても引き下がることのなかったベルトコーネ、そしてそれは今、ローラのその必死の攻撃によって初めて後退し始めたのである。
「ぐっ――、むぅぅううう!」
ベルトコーネは両腕を眼前でクロスさせて構えるとローラからの光弾の猛射からその身を守ろうとする。だが、物理的な金属塊の弾丸ではない清純にして清廉な光子の塊であるその光の弾丸はベルトコーネの強靭な肉体の防御力を突破して徐々に徐々にとその内部へと浸透していた。それは世界中のいかなる軍隊ですらも成し得なかった行為であり、ベルトコーネには産まれて初めて味わう防ぎようのない攻撃であった。
そしてそれは『なんとしても我が子を守る』と言う純粋な思いが成立せしめる奇跡でもある。世界中を恐怖に陥れていた鋼の悪魔は、今、一人のか細い〝母親〟の御手により排除されようとしていたのである。
この事実を前にしてもローラは冷静だった。高揚し浮足立つことは無かった。鉄の意志でベルトコーネと向き合い、そしてこれまでの日々で培ってきた〝全ての知性〟〝全ての力〟を駆使しして眼前の敵に立ち向かっていた。ローラはその脳裏で冷徹な戦術を組み立てていたのだ。
光子の弾丸をベルトコーネの頭部へと集中させる。そして、敵の防御が頭部へと集まったその隙を狙って胴体を攻撃する。そのためにローラは人差し指から光子の弾丸を放ちつつも、その掌の中に大きな力を込めつつあった。そして次なる攻撃を解き放ったのだ。
人差し指をもどし拳を握りしめると一瞬力を蓄積する。そして掌を緩めて五指を開くと掌をベルトコーネの胴体の方へと向けたのだ。
「イヤァッ!!」
気合一閃、ローラの掌から瞬時にして直径1mにはなろうかと言う巨大な光子塊を解き放ち、ベルトコーネへと発射したのである。
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