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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/潜入編
Part4 七つの扉/華僑とマフィアとギャングと
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そして、之神らが席についてか3分ほどした時だ。
部屋の全周を囲むように並ぶ八組の両開き扉。之神老師が現れた場所から右手側3つ隣のドアが静かに開いた。やはりその扉にも右に二人、左に二人と計四人の男が客人の来訪を待っていた。無駄のない動きと丁寧な対応で彼らが迎えた来賓は、二人の男性であった。
人種はアジア系、日本人にも中華系にも見え、一人は白いワイシャツにダークグレーの高級スーツを身に着けている。ネクタイはしておらず襟元は開け放たれている。年の頃は30か35か――、世の中で実績と経験を積み重ね終え、自らの縄張りと拠点を気づきあげようとする年代に見える。その隣に控えているのは黒いシャツに使い込まれたレザー製の茶のノーフォークジャケットにカーゴパンツと言う出で立ちの初老の男だ。先に現れたシャツ姿の彼とは異なり手荒い世界で修羅場を幾度も乗り越えてきた――、そんな剣呑さを垣間見せるような鋭い目つきが特徴的であった。主人たる彼が先になりながら姿を現せば控えていた女官の一人がよく通る流麗な声で滔々と告げる。
「新華幇より伍志承様と猛光志様、お着きになられました」
その一方で別な女官がシャツ姿の男――伍志承の座する席を準備する。伍は自ら腰を下ろしながら――
「ありがとう」
――と流暢な日本語で礼を口にした。伍の告げた感謝の言葉に改めて両の手を左右の両袖の中へと通すと古式の中華風の作法で返礼をしている。そして、伍の傍らに彼を守るように控えるのが護衛役の猛光志である。
二人が所定の場所へと着いたのを見て、之神老師が声をかける。
「お早いお着きで。伍先生」
伍は之神の問いかけに静かに笑みを浮かべながら、こともなげに穏やかに答える。
「いえ、5分ほど遅れてしまいました」
「なにか在りました?」
之神がやや訝しげに問いかければ伍は楽しげに答える。
「いえ、今夜は思ったより日本の警察が賑やかでしたので。道を迂回させました。まさか今夜の事が漏れているわけでは無いのでしょうが」
「いいや、それは無いでしょう、この集会の間に集まる道のりからして最新の注意を払っている。万に一つも漏れる事はありえない」
「だとよろしいのですが」
自信在りげに答える之神老師に伍は不安げな一言を漏らした。
「ご安心をもし万一の事があっても貴方がたはシラを切ればいいだけのこと」
「えぇ、存じています」
「それでよろしい」
二人は互いの関わりありがこの場だけの事であることを暗に匂わせるような会話をしていた。当然、二人の背後に控えている猛も麗莎も必要以上に互いに関わろうとはしていない。それぞれが自分の主人に対してのみ関心を払うばかりである。
伍と之神が語り合っている時だ。新たに之神老師の右隣の扉が静かに開いた。
「ゼムリ ブラトヤより、ノーラ ボグダノワ様、ウラジスノフ ポロフスキー様、お着きになられました」
女官の声に視線を向ければ開いた扉の中から現れたのは、デニムのジーンズに簡素なコサックジャケット、そして編み上げブーツにロシア帽を抱いた六〇過ぎの老齢のロシア人男性だ。頬や目元にナイフ傷を持ち、左目は瞳がなくそれが人工の眼球カメラである事を示している。そして、コサックジャケットの老男性が護るなか、次に姿を表したのは意外にも一人の女性であった。
「ごくろうさん。ヴォロージャ」
やや低めの女声はその声の主が幾分、歳を召していることを匂わせている。幾分、恰幅の良い体に派手目な花がらのサックドレスを纏い、その上にミンクの毛皮コートを羽織っている。指にはプラチナやダイヤをいくつもあしらった豪奢な指輪を何本も嵌めている。ローファーのヒールを鳴らしながら入ってきたのは歳のころ40は過ぎだろう中年のロシア人女性だ。それは見事なまでの恰幅の巨体だが若い頃から美女と呼ばれたであろうその片鱗はいまなお健在である。それゆえにショートヘアに切りそろえたブロンドの髪の下で青い瞳が鋭い視線を放っていた。
この威圧感に満ちたロシア人女性の名はノーラ ボグダノワ、ヴォロージャと呼ばれた初老のロシア帽の男がウラジスノフ ポロフスキー。ノーラに付き従う従者であり全幅の信頼を置く護衛役でもある。
女官が椅子を用意しようとするがポロフスキーはそれを遮ると、自ら椅子をノーラのために用意する。
「ママノーラ」
「あぁ」
それは当然の行為である。自らの集団の指導者に、第3者に容易に手を触れさせるわけにはいない。そう考える者が居たとしてもおかしくはない。自らの背中を捕られることに本能的に警戒をする者も当たり前に存在しているのだから。
ポロフスキーが用意した肘付き椅子にドッカと腰を下ろすと、右手に持っていたイブニングバッグから細身の葉巻を取り出す。するとポロフスキーは手慣れたふうに即座にライターを取り出すとノーラの手にした葉巻へと火をつけた。
ノーラの座る席にはすでにガラス製の灰皿が用意されている。彼女が愛煙家であることはすでにわかっていることなのだろう。
「元気かい? 龍の同志」
紫煙を燻らせながら、ノーラは視線を之神へと向けた。
「あぁ、息災だ。ママノーラ」
「そりゃあよかった、もっともあんたがそう簡単にくたばるとは思っちゃいないがね」
「老いてなお盛んだ。人生というものは60を過ぎてからが本番だからな。それまでの人生は単なる準備に過ぎん」
「言うねぇ。王の旦那。聞いたかい? ヴォロージャ?」
ノーラが傍らの側近に語る言葉には彼への強い信頼が垣間見えていた。老いてなお活躍を期待するがための言葉だ。それが褒め言葉である事を知りつつもポロフスキーは表情一つ変えなかった。そんなポロフスキーの佇まいに之神は語る。
「ママノーラ、良い従者をお持ちだな」
「あぁ、あたしがガキの頃からの付き合いだからね。これからも頑張ってもらうつもりさね」
部下を賞賛されて上機嫌になったのか、ノーラはもう一人の先客へと声をかける。
「おや、先に来てたのはあんたたちだけかい。横浜の同志」
「お久しぶりですママノーラ。これでも少し遅れたのですがね」
「珍しいね、時間に正確なあんたたちが。どれくらい遅れたんだい?」
ママノーラに問われて伍は淡々と答える。
「5分」
「ははっ! あんたらしいねぇ。5分しか遅れていないと考えるんじゃなくて、5分も遅れたと考える。金儲けの上手な御仁らしいやな」
「褒め言葉と受け取っておきましょう。ママノーラ」
伍も彼女のことをママノーラと呼んだ。それが彼女の尊称であるかのようだ。
二人が言葉を交わした時だ。次に扉が開いたのは之神老師の左隣の席の扉である。
「ブラックブラッドより、ジャリール ジョン ガント様。お着きになられました」
四度扉が開けば、その中から現れたのは、まさに〝怪物〟と呼ぶにふさわしい巨躯であった。
サイケ柄のVネックのカットソー、ロングのフード付きコート。ロング丈のダボダボのサルエルパンツを纏い、足元にはスエード地のショートブーツを履いている。襟元には金と銀のチェーンネックレスを幾重にも重ねてつけており、両の十指にはめているのは18金製のごついブロックリングでそれが装飾を狙っているとは到底思えない。ルビー、エメラルド、タイガーアイ、アメジスト――多彩な大粒の玉石が嵌められたソレは顔面への打撃を想定した威嚇用の物である。
カリカリに縮んだパーマヘアの彼は190近い身長と100キロを超えるだろう巨体とが組み合わさり、まさにモンスターと呼ぶにふさわしい威圧感と攻撃性を解き放っていた。
ジャリール ジョン ガント――、〝モンスター〟の異名を持つ黒人系のストリートギャングの出の成り上がりだった。
ずかずかと優雅さのかけらもなく傍若無人に進むと女官が用意した席にドッカと腰を下ろす。そして席につくやいなや、傍らの女官に一言、力強くも低く響く声でこう言い放った。
「酒」
ムードも不要、気遣いも不要、唯我独尊という言葉をそのまま体現したようなこの男は、之神老師もママノーラの存在も意に介せず、挨拶の一言すら発しない。そんな彼が現れた事で、この円卓の間の空気を一気に剣呑なものへと引きずり下ろしていた。
社交辞令ながらも、それなりにコミニュケーションの有った空間に押しつぶすような沈黙をもたらした彼に、一人の女官がロックグラスに高級バーボンを注いで運んでくる。両手を添えて差し出せばジョン・ガント――モンスターは右手でグラスを受け取った。
「サンクス」
一言礼を告げるとグラスを傾け始める。
「好きだねぇ。何はともあれ酒かい? 黒の同志」
ママノーラの声にジョン・ガントは答え返す。
「当たり前だろ? こんなの水みてえなもんだぜ」
「あんたらしいねぇ。〝モンスター〟――こないだやったウォッカはどうだったい?」
高級酒だろうが安酒だろうが、表情一つ変えず飲み干しかねない貫禄に、ママノーラは感心しつつため息をつく。そして、彼の異名をノーラが口にすれば、ジョン・ガントはニヤリと笑いながら答えるのだ。
「あぁ、ありゃあうまかったぜ。礼を言うぜ。ついでと言っちゃぁなんだが――」
ジョン・ガントはコートの内ポケットから何やら取り出した。12インチの音楽CDのようだ。それをママノーラのもとへと投げ渡しながら告げる。
「やるよ」
ジャケットに黒人男性のミュージックグループの姿が描かれているそれはジャンルから言えばラップミュージックのようにも思えた。フリスビーの様に投げ渡されたそれをノーラの側近護衛のポロフスキーが手を出し片手で受けとると、裏表を一瞥して安全を確かめた上でママノーラへとそれを差し渡した。
「おや? なんだい?」
不思議そうに尋ねればジョン・ガントは笑いながら答える。
「ステイツに居る俺の兄弟がプロのラッパーやってんだよ。時々、新曲が出ると送ってくるんだが俺は音楽はあまり聞かねぇからよ。娘さん、好きなんだろ? こう言うの」
「あぁ、ロックもヒップホップもいける口さ。あの子も喜ぶよ」
ジョン・ガントに礼を言いながらノーラはCDをポロフスキーに渡した。お礼の言葉を耳にして満足しつつジョン・ガントは之神老師に問いかけた。
「よぉ、爺さん。他の連中はまだかい?」
「いや、すでに到着はしているそうだ。残っているのはペガスと天龍と――」
「ファイブだな? 奴は別として、いつもながら足の遅い連中だぜ」
ジョン・ガントは吐き捨てるように言う。誰もそれに異論を挟まない辺り、皆が同じ印象を抱いている事の現れでもある。だが、噂をすれば影がさすと言う言葉もある。ジョン・ガントがその言葉を発したと同時に扉が開いたのはママノーラの右隣、伍の右隣の席の扉である。
部屋の全周を囲むように並ぶ八組の両開き扉。之神老師が現れた場所から右手側3つ隣のドアが静かに開いた。やはりその扉にも右に二人、左に二人と計四人の男が客人の来訪を待っていた。無駄のない動きと丁寧な対応で彼らが迎えた来賓は、二人の男性であった。
人種はアジア系、日本人にも中華系にも見え、一人は白いワイシャツにダークグレーの高級スーツを身に着けている。ネクタイはしておらず襟元は開け放たれている。年の頃は30か35か――、世の中で実績と経験を積み重ね終え、自らの縄張りと拠点を気づきあげようとする年代に見える。その隣に控えているのは黒いシャツに使い込まれたレザー製の茶のノーフォークジャケットにカーゴパンツと言う出で立ちの初老の男だ。先に現れたシャツ姿の彼とは異なり手荒い世界で修羅場を幾度も乗り越えてきた――、そんな剣呑さを垣間見せるような鋭い目つきが特徴的であった。主人たる彼が先になりながら姿を現せば控えていた女官の一人がよく通る流麗な声で滔々と告げる。
「新華幇より伍志承様と猛光志様、お着きになられました」
その一方で別な女官がシャツ姿の男――伍志承の座する席を準備する。伍は自ら腰を下ろしながら――
「ありがとう」
――と流暢な日本語で礼を口にした。伍の告げた感謝の言葉に改めて両の手を左右の両袖の中へと通すと古式の中華風の作法で返礼をしている。そして、伍の傍らに彼を守るように控えるのが護衛役の猛光志である。
二人が所定の場所へと着いたのを見て、之神老師が声をかける。
「お早いお着きで。伍先生」
伍は之神の問いかけに静かに笑みを浮かべながら、こともなげに穏やかに答える。
「いえ、5分ほど遅れてしまいました」
「なにか在りました?」
之神がやや訝しげに問いかければ伍は楽しげに答える。
「いえ、今夜は思ったより日本の警察が賑やかでしたので。道を迂回させました。まさか今夜の事が漏れているわけでは無いのでしょうが」
「いいや、それは無いでしょう、この集会の間に集まる道のりからして最新の注意を払っている。万に一つも漏れる事はありえない」
「だとよろしいのですが」
自信在りげに答える之神老師に伍は不安げな一言を漏らした。
「ご安心をもし万一の事があっても貴方がたはシラを切ればいいだけのこと」
「えぇ、存じています」
「それでよろしい」
二人は互いの関わりありがこの場だけの事であることを暗に匂わせるような会話をしていた。当然、二人の背後に控えている猛も麗莎も必要以上に互いに関わろうとはしていない。それぞれが自分の主人に対してのみ関心を払うばかりである。
伍と之神が語り合っている時だ。新たに之神老師の右隣の扉が静かに開いた。
「ゼムリ ブラトヤより、ノーラ ボグダノワ様、ウラジスノフ ポロフスキー様、お着きになられました」
女官の声に視線を向ければ開いた扉の中から現れたのは、デニムのジーンズに簡素なコサックジャケット、そして編み上げブーツにロシア帽を抱いた六〇過ぎの老齢のロシア人男性だ。頬や目元にナイフ傷を持ち、左目は瞳がなくそれが人工の眼球カメラである事を示している。そして、コサックジャケットの老男性が護るなか、次に姿を表したのは意外にも一人の女性であった。
「ごくろうさん。ヴォロージャ」
やや低めの女声はその声の主が幾分、歳を召していることを匂わせている。幾分、恰幅の良い体に派手目な花がらのサックドレスを纏い、その上にミンクの毛皮コートを羽織っている。指にはプラチナやダイヤをいくつもあしらった豪奢な指輪を何本も嵌めている。ローファーのヒールを鳴らしながら入ってきたのは歳のころ40は過ぎだろう中年のロシア人女性だ。それは見事なまでの恰幅の巨体だが若い頃から美女と呼ばれたであろうその片鱗はいまなお健在である。それゆえにショートヘアに切りそろえたブロンドの髪の下で青い瞳が鋭い視線を放っていた。
この威圧感に満ちたロシア人女性の名はノーラ ボグダノワ、ヴォロージャと呼ばれた初老のロシア帽の男がウラジスノフ ポロフスキー。ノーラに付き従う従者であり全幅の信頼を置く護衛役でもある。
女官が椅子を用意しようとするがポロフスキーはそれを遮ると、自ら椅子をノーラのために用意する。
「ママノーラ」
「あぁ」
それは当然の行為である。自らの集団の指導者に、第3者に容易に手を触れさせるわけにはいない。そう考える者が居たとしてもおかしくはない。自らの背中を捕られることに本能的に警戒をする者も当たり前に存在しているのだから。
ポロフスキーが用意した肘付き椅子にドッカと腰を下ろすと、右手に持っていたイブニングバッグから細身の葉巻を取り出す。するとポロフスキーは手慣れたふうに即座にライターを取り出すとノーラの手にした葉巻へと火をつけた。
ノーラの座る席にはすでにガラス製の灰皿が用意されている。彼女が愛煙家であることはすでにわかっていることなのだろう。
「元気かい? 龍の同志」
紫煙を燻らせながら、ノーラは視線を之神へと向けた。
「あぁ、息災だ。ママノーラ」
「そりゃあよかった、もっともあんたがそう簡単にくたばるとは思っちゃいないがね」
「老いてなお盛んだ。人生というものは60を過ぎてからが本番だからな。それまでの人生は単なる準備に過ぎん」
「言うねぇ。王の旦那。聞いたかい? ヴォロージャ?」
ノーラが傍らの側近に語る言葉には彼への強い信頼が垣間見えていた。老いてなお活躍を期待するがための言葉だ。それが褒め言葉である事を知りつつもポロフスキーは表情一つ変えなかった。そんなポロフスキーの佇まいに之神は語る。
「ママノーラ、良い従者をお持ちだな」
「あぁ、あたしがガキの頃からの付き合いだからね。これからも頑張ってもらうつもりさね」
部下を賞賛されて上機嫌になったのか、ノーラはもう一人の先客へと声をかける。
「おや、先に来てたのはあんたたちだけかい。横浜の同志」
「お久しぶりですママノーラ。これでも少し遅れたのですがね」
「珍しいね、時間に正確なあんたたちが。どれくらい遅れたんだい?」
ママノーラに問われて伍は淡々と答える。
「5分」
「ははっ! あんたらしいねぇ。5分しか遅れていないと考えるんじゃなくて、5分も遅れたと考える。金儲けの上手な御仁らしいやな」
「褒め言葉と受け取っておきましょう。ママノーラ」
伍も彼女のことをママノーラと呼んだ。それが彼女の尊称であるかのようだ。
二人が言葉を交わした時だ。次に扉が開いたのは之神老師の左隣の席の扉である。
「ブラックブラッドより、ジャリール ジョン ガント様。お着きになられました」
四度扉が開けば、その中から現れたのは、まさに〝怪物〟と呼ぶにふさわしい巨躯であった。
サイケ柄のVネックのカットソー、ロングのフード付きコート。ロング丈のダボダボのサルエルパンツを纏い、足元にはスエード地のショートブーツを履いている。襟元には金と銀のチェーンネックレスを幾重にも重ねてつけており、両の十指にはめているのは18金製のごついブロックリングでそれが装飾を狙っているとは到底思えない。ルビー、エメラルド、タイガーアイ、アメジスト――多彩な大粒の玉石が嵌められたソレは顔面への打撃を想定した威嚇用の物である。
カリカリに縮んだパーマヘアの彼は190近い身長と100キロを超えるだろう巨体とが組み合わさり、まさにモンスターと呼ぶにふさわしい威圧感と攻撃性を解き放っていた。
ジャリール ジョン ガント――、〝モンスター〟の異名を持つ黒人系のストリートギャングの出の成り上がりだった。
ずかずかと優雅さのかけらもなく傍若無人に進むと女官が用意した席にドッカと腰を下ろす。そして席につくやいなや、傍らの女官に一言、力強くも低く響く声でこう言い放った。
「酒」
ムードも不要、気遣いも不要、唯我独尊という言葉をそのまま体現したようなこの男は、之神老師もママノーラの存在も意に介せず、挨拶の一言すら発しない。そんな彼が現れた事で、この円卓の間の空気を一気に剣呑なものへと引きずり下ろしていた。
社交辞令ながらも、それなりにコミニュケーションの有った空間に押しつぶすような沈黙をもたらした彼に、一人の女官がロックグラスに高級バーボンを注いで運んでくる。両手を添えて差し出せばジョン・ガント――モンスターは右手でグラスを受け取った。
「サンクス」
一言礼を告げるとグラスを傾け始める。
「好きだねぇ。何はともあれ酒かい? 黒の同志」
ママノーラの声にジョン・ガントは答え返す。
「当たり前だろ? こんなの水みてえなもんだぜ」
「あんたらしいねぇ。〝モンスター〟――こないだやったウォッカはどうだったい?」
高級酒だろうが安酒だろうが、表情一つ変えず飲み干しかねない貫禄に、ママノーラは感心しつつため息をつく。そして、彼の異名をノーラが口にすれば、ジョン・ガントはニヤリと笑いながら答えるのだ。
「あぁ、ありゃあうまかったぜ。礼を言うぜ。ついでと言っちゃぁなんだが――」
ジョン・ガントはコートの内ポケットから何やら取り出した。12インチの音楽CDのようだ。それをママノーラのもとへと投げ渡しながら告げる。
「やるよ」
ジャケットに黒人男性のミュージックグループの姿が描かれているそれはジャンルから言えばラップミュージックのようにも思えた。フリスビーの様に投げ渡されたそれをノーラの側近護衛のポロフスキーが手を出し片手で受けとると、裏表を一瞥して安全を確かめた上でママノーラへとそれを差し渡した。
「おや? なんだい?」
不思議そうに尋ねればジョン・ガントは笑いながら答える。
「ステイツに居る俺の兄弟がプロのラッパーやってんだよ。時々、新曲が出ると送ってくるんだが俺は音楽はあまり聞かねぇからよ。娘さん、好きなんだろ? こう言うの」
「あぁ、ロックもヒップホップもいける口さ。あの子も喜ぶよ」
ジョン・ガントに礼を言いながらノーラはCDをポロフスキーに渡した。お礼の言葉を耳にして満足しつつジョン・ガントは之神老師に問いかけた。
「よぉ、爺さん。他の連中はまだかい?」
「いや、すでに到着はしているそうだ。残っているのはペガスと天龍と――」
「ファイブだな? 奴は別として、いつもながら足の遅い連中だぜ」
ジョン・ガントは吐き捨てるように言う。誰もそれに異論を挟まない辺り、皆が同じ印象を抱いている事の現れでもある。だが、噂をすれば影がさすと言う言葉もある。ジョン・ガントがその言葉を発したと同時に扉が開いたのはママノーラの右隣、伍の右隣の席の扉である。
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