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第2章エクスプレス グランドプロローグ

サイドBプロローグ 道化師は嗤う/アトラスと康介

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「くそっ! 貧乏くじ引いたぜ!!」

 一人の男が悪態をついている。
 頭はパーマヘアのオールバック、濃紺のシャツに黒に限りなく近いダークグレーのジャケット上下、靴はリーガルキャリアのトラディショナルシューズ、一見するとその剣呑な目つきと、右顎脇にあるナイフ傷から本職の丸ヤの人物に誤認しかねない。しかし彼が居たのは警視庁本庁である。歌舞伎町でも寿町でもない。れっきとした警察本庁の刑事である。
 所属は組織犯罪対策課の組織犯罪対策4課、役職は捜査員であり刑事、階級は警部補、荒真田康介警部補、特攻装警1号アトラスの相棒である。

「仕方ないだろ、康介」

 苛立つ荒真田を諭しているのは特徴的な外見を持つ特攻装警アトラスだ。彼も所属は組織犯罪対策課の4課で暴対である。二人は本庁庁舎内の廊下を歩いている。そして、同フロア内の会議室目指して向かっているところだった。
 ときに、カレンダーの暦は2040年の2月7日であり新年早々の難事件を回されてしまったのである。

「例のベルトコーネの動向で、4課独自の調査の結果、間違いなく東京都下のステルスヤクザが絡んでいる可能性が出てきた以上、合同捜査本部へ誰かが4課から出なければならん。ならば殺り合った経験のある俺が行くしか無いだろ?」

 アトラスの説得を耳にして荒真田は頭を掻きながら溜息をつく。
 
「わーってるよ、お前と付き合って以来宿命みたいなもんだからな。お前と一緒にいると退屈する事はまずないしな」
「役得ってやつか?」
「言ってろ、ポンコツ!」
「骨董品と言ってほしいね」
「値段がつかないのにか?」
「解体屋にいけば10万円くらいにはなるだろう」
「もっと安いぞ? 最近チタンは値崩れしてるからな」
「それは困るな」

 二人で互いに悪態をつきながら笑い合う。それは旧来からの親友であるかのように、呼吸をするように二人の息はピッタリと合っていた。思えば荒真田がアトラスの指導監督役に抜擢されたのは6年前のことだ。当時はまだ未知の存在であった特攻装警、それが暴対に配属されたとき誰かがアトラスと組まねばならなかった。それを荒真田にあてがったのは課長である霧旗で理由はただ一つ『若い者の方が思考が柔軟だから』と言う理由だった。
 その時、荒真田がつぶやいた一言が――『くそっ! 貧乏くじ引いたぜ!!』――だった。なにかと面倒に巻き込まれることの多い荒真田の場合、それは口癖のようなものだった。
 それから6年の時間が過ぎ、様々な苦難や事件を解決するたびに二人の絆は強くなっていく。アンドロイドと人間――、その優れたパートナーシップは、アトラス以後の特攻装警を配備する上で重要な試金石として、警察内外の多方面から高く評価されている。
 同じフロアの中の大会議室。そこに設けられていたのはとある事件の合同捜査本部だ。

【 有明1000mビル襲撃事件逃亡アンドロイド追跡合同捜査本部 】

 その会議室の入口にはやけに長ったらしいタイトルが付けられている。一般に“戒名”と呼ばれる捜査本部の名前のことだが、こればかりは昭和の頃からいつになっても変わらない。もっとシンプルなものにしようと言う意見もあったが、試行錯誤したすえにやっぱり今までのほうが良いということになった。年間に数えきれないほどの事件が発生する中で、それぞれの事件を簡単に識別して、それでいて事件内容がすぐに分かるようにするには、多少長くなっても詳細に説明されたタイトルのほうが良いということなのだろう。

 二人はその捜査本部を見つけると、静かに中に入っていく。すると、まだ若干早かったのか、中にはそれほどのたくさんの捜査員は集まっていなかった。荒真田がつぶやく。

「ずいぶんすくねぇな」
「まだ、これからだろう。かなりいろいろなセクションから来るって話だからな」
「そんなにか?」
「あぁ、捜査1課、警備部、武装警官部隊、情報機動隊、それから俺達の組織犯罪対策――警視庁の強面のオールキャストだ」
「しゃーねーか、何しろ拘置所から力技で逃げられたからな」
「かなりの被害者も出ている。なりふりかまって居られないさ」
「ちげぇねえ」

 そんな事を話しながら二人は並んだ席の一番後ろへと陣取る。こう言う合同捜査の場では余り目立つような場所には座らない主義であった。一般的な背広姿の刑事職員の前では自分たちの姿は浮いてしまいやすいためだ。それに必要以上に目立って迷惑がられることもある。
 一番後方の一番隅っこ。そこでおとなしくしていると、合同捜査に参加する面々が次々に姿を現してくる。
 
「来たぞ」
「ん――」

 折りたたみ椅子に腰掛けてくつろいでいた二人だが、他の警察職員が現れたことで、居住まいを正す。そして、続々と入ってくる面々に視線を走らせる。まず入ってきたのは刑事部の面々だった。背広姿の刑事たちが続々と姿を現す。そして、その最後を締めるように登場したのはフィールの上司である大石拳吾課長である。

「お、大石課長直々じゃねぇか」
「この案件はあくまでもベルトコーネの逃走中に発生した殺人事件の捜査がメインだからな、刑事部の捜査1課が仕切るのは当然だろう」
「なるほど。それじゃ俺達はあいつらの水際案内人ってわけだ」
「そうなるな」
「めんどくせぇ、素直に言う事聞いてくれればいいが」
「そうぼやくな、問題が有れば大石課長に俺から直接話しておく。俺達のシマで捜査1課のやり方をされたら間違いなく人死にが出る」
「ちげぇねぇ。昔のヤクザと今のヤクザは全く別物だからな」

 部署が大きく異なるとやり方や流儀が全く異なるということは珍しく無い。捜査1課と組織犯罪対策4課、水の中の生き物に例えればイルカとサメくらいに違いがある。その彼らが同衾するのだ、揉めないと言う方が無理というものだろう。
 それから少し遅れて登場したのは警備部の警備1課、近衛課長と警備部の職員数名、そして、特攻装警5号のエリオットだ。
 
「おー、お前の弟来てるじゃねーの。でもいつもと少し格好が違わねぇか?」
「なに?」

 荒真田の言葉に視線を向ければ、そこにはいつもの特殊兵装を全て外して特注のジャケットを羽織ったエリオットの姿が有った。通常は出動要請があるまで待機状態で居ることがほとんどなのだが、今日に限っては特殊兵装を全てオフにした状態で現れていた。
 入室した時点で近衛がアトラスと荒真田に気づいていた。警備部の制服姿の近衛が手を上げて挨拶すれば、アトラスも荒真田も会釈して返礼をする。荒真田は暴対での駆け出しの頃のほんの僅かな期間、近衛と同じセクションに居た記憶がある。たとえ短期間でも同じ釜の飯を食った間柄である、荒真田にとって近衛は尊敬に値する大先輩である。
 その近衛は警備部の職員を席に座らせると、エリオットを伴ってアトラスたちのところへとやってくる。自然に荒真田も緊張せざるを得ない。先に声をかけてきたのは近衛である。
 
「久しぶりだな康介」
「先輩もお元気そうで。このあいだの有明じゃ大活躍だったみたいですね」
「余り目立つのは主義じゃないんだが、結果として目立ってしまったからな。ああ言うのはこれっきりにしたいものだな。そう言うお前もアトラスと一緒に実績を上げてるそうだな」
「実績というか、コイツのおこぼれをもらってるようなもんです。まぁ、死なない程度にやってますよ」
「無理はするなよ。また色々ときな臭いのが動き始まったみたいだからな」
「カミソリですね? 話は聞きました」
「名前と素性を隠蔽して別人になっている。企業舎弟関係の動向には注意しろよ」
「わかってます。アトラスと基礎調査はすでにやってます。何かつかめたら先輩のところにも情報を流しておきますよ」
「頼む。私自身を向こうもマークしているみたいだからな」
「気をつけてください」
「無論だ」

 手慣れたやり取りで会話を交わすと、近衛の言葉はアトラスの方へと向いた。
 
「また、お前の手を借りることになるな」
「いつもの事です。それよりエリオットを連れて来てますね」
「あぁ、コイツか」

 そう答えつつ、視線でエリオットの様子をうかがう。いつもの重武装姿とは異なり、追加武装や追加装甲を全て外し、ヘルメットも外してオフにしている。そこにアーマーベスト風のジャケットを羽織れば一般捜査任務時のオフ仕様のエリオットとなる。いつもの重武装兵器そのものの姿とは異なり、頭部は生身の人間とほとんど大差なかった。ブラウンのショートヘアで瞳はダークグレー、それに加えて欧米風のやや日本人離れした顔立ちである。
 
「大石からの要請だったんだ。ベルトコーネの追跡調査でアトラスたちと同行させたいと言うのでな」
「エリオットを俺達と――っすか? 先輩?」
「あぁ、おそらくベルトコーネと遭遇した際の非常戦闘を想定したのだろう。暴走状態のベルトコーネと生身の捜査員を鉢合わせるのは自殺行為だからな。それにかねてから戦闘活動以外での任務にエリオットを従事させることも考えていたからな、ちょうどいい機会だ。お前たちの手を煩わせることもあるかもしれんが指導鞭撻、よろしくたのむよ」

 近衛がそういい終えれれば、エリオットもついいつもの癖なのか敬礼で答える。
 
「よろしくお願いいたします」
「あぁ、よろしくな。それとだ――」

 荒真田は笑みを浮かべながらエリオットに告げる。
 
「おれたちについてくる気なら敬礼はやめておけ。警察だとまるわかりになるからな。犯罪捜査も時と場合によっちゃぁ警察であることを隠さにゃならないこともある。これは俺の勘だが――今回の事件、久しぶりに暴力団組織のどまんなかに突っ込む事になる。お前が今まで居た世界とは180度反対の別世界の話になる。そのためにも組織犯罪捜査に必要なイロハを叩きこむから覚悟しておけ」
「エリオット、そう言う事だ。しっかりついてこい」

 アトラスがエリオットに告げれば、エリオットははっきりと頷いた。
 
「肝に命じます」

 その時、長年に渡り染み付いた修正なのかエリオットはつい右手で敬礼をしてしまう。その反応に荒真田も近衛も苦笑せざるを得ない。

「コイツは骨が折れそうだな――、基礎から叩き込まないと」
「無理があるのは承知している。だが、お前なら出来るだろう? なにしろアトラスとのコンビだからな」
「そりゃそうですが――、しかたない。腹くくりますよ」
「頼むぞ――。代わりに今度奢ろう」
「ほんとっすか? 期待してますよ?」

 近衛の言葉に荒真田も砕けて答える。そして、近衛は軽く手を振りながら戻っていく。近衛は警備部代表として最前列に座ることになる。
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