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第2章エクスプレス グランドプロローグ

サイドAプロローグ マイ・オールド・フレンズ/―不穏―2つの鉄路

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 座が散ったあと、呉川と菱畑の二人は、呉川のプライベートの車の中にいた。
 しこたま酔いの入った頭で菱畑はそれが無人ドライブである事に気付く。

「あれ? 呉川、お前運転は?」
[MBって言う工業用のマインドOSが載ってる。勝手に動いてくれるよ」
「そうか」

 車は一路、帰路についていた。菱畑は多摩市に呉川は品川に、それぞれ住居を構えている。車は多摩市へと向かっている。二人だけのその車上で、呉川はおもむろに切り出した。

「菱畑、何かあったのか?」
「何のことだ?」

 菱畑はいい淀む。だが、呉川にはその言葉の裏が見えていた。

「心配事と隠し事のある時、お前は目がかならず泳ぐ。それにJRのマグレブとHSSTの違いの事について言いにくそうにしてたろ? あんなのそんなに困るような質問じゃ無いはずだ。お前……相変わらずウソがへただな」

 呉川は笑って親友を説きふせる。その笑い声に菱畑も苦笑いする。

「呉川、お前にはやっぱりかなわんなぁ」
「民間のHSSTとJRのマグレブ、お前はたしか、昔のHSSTが日本航空の下にあった頃から関わってたよな」
「あぁ」
「それからお前は、HSSTがJRのマグレブの影になって注目されなくなっても力を注ぎ続けた。今、おまえのHSSTはやっと日の目を見る事になった。長かったよな」
「HSSTは俺の生涯をかけた夢だからな」
「夢か」

 しんみりと呉川はつぶやく。自分自身もアンドロイドに夢をかけた人生を生きただけにその言葉に重く響くものがある。

「なぁ菱畑」
「ん?」
「正直、JRのマグレブが憎くないか?」
「そりゃ、何も感じないと言えばウソになる。途中、HSSTは日本航空が難色を示すようになって、第3セクターで運営していかなきゃならなくなった。ましてや、あっちにはJRと政府組織が後にある。そんな馬鹿でかい相手と競わにゃならんなんて恨んだよ神も仏も何もかも」

 オートドライブで走る車の中、後部座席にもたれかかって菱畑はうめいた。

「菱畑、おれで良かったら力になるぞ」
「お前が?」
「天下のJRご自慢のマグレブに喧嘩を売ろうって言うんだ。助っ人は多いほうがいいぞ」
「喧嘩ねぇ。ほんとにその通りだな」

 自嘲気味に、ほんの少しやけになって菱畑はつぶやく。
 それから少し長めの沈黙が続いた。車が府中市から出ようとしたその時だ。

「ここだけの話だが。友康、お前だからはなそう」
「うむ」
「もともと、JRマグレブの目玉であった中央リニアはひどく不安定な計画でね。JR自身も既存の新幹線による従来どおりの中央新幹線を代替案として密かに用意するほどだった。それに中央リニアは政府与党の鉄道系の族議員が資金援助を渋り続けたことでマグレブの存在は宙に浮くことになる。それに業を煮やしてJRが全額自費で建設を強行したのは有名な話だ。それ以来、JRは地元経済団体や議員連中からの陳情を無視し続けて淡々とリニアを真っ直ぐに引いている。その辺の事情は色々な軋轢を残してしまっているんだ」
「そういや、名古屋から先を奈良経由にするか京都経由にするかで最後まで揉めまくってたな」
「あぁ――、だが、我がHSSTはもともと私鉄路線や市街地路線での営業を目的としていただけに将来の見通しは非常に明るかった。そしてゴタゴタにまみれたマグレブと発展するHSSTとの間で新規計画の熾烈な取り合い合戦が始まった」
「泥沼だな」
「まったくそのとおりだ。特にマグレブを利権化できなかった鉄道族議員と官僚たちの嫌がらせは凄まじかった。ところが、そんな矢先に現れたのが関東ミレニアムプロジェクトの中の関東サテライトリニア計画だ。当然、マグレブとHSSTとで取り合いになった。あれは酷かったよ」
「だが、勝ったんだろ?」
「あぁ、そして、そのきっかけとなったのが、人工頭脳の権威である英国のガドニック教授と彼の私設研究機関である『エヴァーグリーン』との提携なんだ」

 呉川は菱畑の口からガドニック教授の名が出たことに内心密かに驚いていた。だがそれを顔に出さずに頷いてだけ見せた。

「彼には私も本当に世話になった。そして、エヴァーグリーンの協力を得ておれ達はHSSTにMBを積む事に成功した。つまりはHSSTⅡは世界発のアンドロイド特急になったんだ」

 MBとは正式にはマニファクチュア・ブレインと言い工業用の人工頭脳の事である。

「ひょっとして、それがHSST勝利の理由か?」
「そうだ。だが、もう一つある。引抜きによるマグレブ側の技術の吸収さ。これがきっかけで劇的な改良が可能となりHSSTⅡが有利になったんだ」
「マグレブの技術――超電導技術か、HSSTは常伝導だったな」
「常伝導は磁力性能に限界がある。技術的ブレイクスルーにはどうしても必要だった。今にして思えば引き抜きだけはやめておけばよかった」
「なんとも言えんな。技術競争では引っこ抜きは別に珍しくない。特許権さえなんとかなれば、なんでもありなのがこの世界だ。そんなの当然だろう?」
「あぁ、分かってる。だがしかし、それが仇になった。最近になり頻繁にHSSTサイドに対する嫌がらせ行為が起こるんだ。物理的な妨害に、職員へのイタズラ、毎日のように何かある。訴えたいが誰がやっているかの証拠も出てこないから手のうちようがない」
「犯人たちはそれを分かってやってるんだろうな」
「あぁ――、俺の部下たちもかなり憔悴している。辞めたがっているやつも居るくらいだ」

 呉川は菱畑の顔を伺った。その疲れきった表情に、深刻さが伺える。

「こんどの開通式で、何か大事が起きなければいいのだが」 
 呉川は沈黙していた。そして、親友の語った言葉に静かに耳を傾けていた。やがて彼は、今度は自分の方から話し始めた。

「そういや、このあいだ、有明の1000mビルで起きたビル爆破事件……覚えてるか?」
「たしか国際サミットの会場で起きたんだったな。それがどうかしたのか?」
「その時テレビ中継か何かでアンドロイドの姿を見てないか?」
「ああ見た、はじめてだよ。特攻装警って言うんだってな。日本の警察もとうとうここまで来たのかと驚いたよ。でも、それがどうかしたのか?」

 呉川の唐突な質問に菱畑は戸惑いながら答え返した。そんな彼に呉川は真剣な顔で答えた。

「俺は今、あれを造ってる」
「なっ……!?」

 多くの言葉は帰ってはこなかった。ただ、驚愕の度合いだけが言葉の短さにこもっている。

「俺が今居るのはただのアンドロイド開発施設じゃない。警察庁の管轄下にある第2科学警察研究所――第2科警研ってところでな、そこでアンドロイド警官の開発研究をしているんだ」
「お前が? 警察に?!」
「警察そのものじゃないさ。やっているのはアンドロイド研究と言う点では、ごく普通のエンジニアさ。だが、造っているのはアンドロイドテロやロボットテロ、あるいは機械化犯罪など、ここ最近頻発している大型凶悪犯罪に対抗しうる戦闘能力を持ったアンドロイドだ。言わば、この国の守りとなるべき者たちを、おれは造っているんだ。そしてな、その内の一人を先程連れていたんだが、お前気付いたか?」

 呉川が横目で見つめてくる。だが菱畑は、親友の打ち上げ話を信じられないでいた。

「ア、アンドロイド? 一体どこに居たって言うんだ?!」
「俺の隣」
「隣って――まさか、あの静かにしていた幼顔の若者か?」

 呉川は菱畑に対してうなづいた。それに返せる言葉を菱畑は持っていなかった。

「菱畑、おれも今、夢に近付いているんだ。昔、医者に絶望しても見続けた夢にな。あいつはその夢そのものなんだよ」
「そうか」

 感慨ぶかげに菱畑は言う。菱畑は親友が医者を辞めた訳を詳しくは知らなかったが、それが彼の夢を揺るがせていていただろう事は容易に理解できた。呉川は菱畑に口調を変えていくぶん素に戻って言った。
 
「菱畑、今度正式に俺の所に話を持って来い。あいつらに警護させられるようかけあってみるよ」
「でっ、できるのかそんな事が?」
「悪い答えだけは絶対にださんよ」
「すまん」

 それは消え入る様な声である。

「それに、お前には卒業式の呑み代、借りたままだったしな」

 呉川は明るく笑いながら答えた。そこには親友が心の中に抱えた苦痛を和らげたいがための労りもあった。だが、それは藪蛇だった。

「そうだっけ?」

 当然、呉川の顔に刻まれた表情は、少しばかりの驚きと思い切りの後悔である。そして、今度は呉川がぼやく番だった。
 
「お前忘れてたのか?」
「あぁ、綺麗サッパリ。考えてみりゃ、お前には色々と貸したままだったよな。そうだ、全部思い出したよ。なんで今まで忘れてたかな?」
「忘れてくれないか?」
「それこそ却下だな」

 互いの言葉に笑い声が思わず洩れる。そして、その話題が二人の記憶から昔話を連鎖的にひっぱり出してくる。話に花が咲いて行き、話題は興奮を帯びてくる。その興奮が呉川の安全弁をブチ切ってしまった。呉川は菱畑に告げる。

「こうなったら進路変更だ! 鴻二、府中に戻るぞ!」
「え? もう10時だよ!」
「まだ10時!」
「なーんか、高校の頃にもどったみたいだな」
「その言葉が出てきたって事は覚悟は決まったって事だな」
「えっ!? そうまでは言ってな――」

 論争する二人に、車のメイン頭脳が放つナチュラルな電子音声で告げた。
 
《進路変更了解しました。最寄りの府中市街地に向かいます。具体的な目的地を指定してください》

「飲み屋だ。二人で静かに飲める店を探せ!」

《オーダー、了解しました。直ちに向かいます》

 それは、呉川には絶好のチャンス、菱畑には悪魔の宣告に聞こえたに違いない。
 二人を載せた車は、夜の街へと消えていったのである。
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