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第2章エクスプレス グランドプロローグ
プレストーリー 滅びの島のロンサムプリンセス/涙と妖精と猫耳少女
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「ハイヘイズってなに?」
ローラがぼそりとつぶやいた言葉にラフマニは視線を向けてきた。彼としては不用意に漏らした言葉なのだろう。気まずそうに沈黙するがそのままはぐらかすような事はしない。彼もまた、この街には不似合いなくらいに素直で誠実な少年であった。
「昔のことを思い出すからあんまり話したくないんだけど――、まぁ、わかりやすく言えば違法外国人の遺棄された『戸籍』の無い子供のことさ。保護してくれる親がはじめから居ないか、見捨てられたか、大抵はろくな生まれ方はしてないんだ。世の中から消えても誰も困らない。困らないからこそ、たちの悪い連中には餌食にするにはちょうどいいんだ。組織の最下層に組み込まれたり、とっ捕まって加工されたり改造されたりして商品にされちまったり、病気になっても助けてくれるヤツラは誰も居ないから野垂れ死ぬこともある。それでも――、それでもさ――」
ラフマニの脚が不意に止まる。そして、天を仰いで頭上の満月に視線を向ける。
「この世に生まれたからには生きていたいんだよ」
雪は止んでいたが夜も遅くなり気温はさらに冷えようとしている。自らの生い立ちを明かすたびに、ラフマニの喉から漏れる吐息は真っ白なシルエットで天に向けて漂っていた。
「だれもはじめから死にたいと思って生まれてくるはずないだろ?」
歩みを止めたラフマニは視線をおとすとローラの顔を見つめてくる。そして、憂いを帯びた声で問いかけてくるのだ。
「ローラ、お前はどうだ?」
それはローラにとって生まれて初めて問われる言葉だった。考えもしなかった、そんな事を思案する必要があったことはただの一度もなかった。ただ、創造主であるディンキーの意思のままに動いていればよかったのだ。なぜなら彼女はまさに『マリオネット』なのだから。
だが、ローラは朧気ながら自らについて気づき始めていた。創造主ディンキーがすでにこの世に居ないからこそ、自らを縛る見えない糸が失われたということに。糸の切れたマリオネットは自らのアイデンティティに揺れていたのだ。
「私は――その――」
生きるか死ぬか、何のためにこの世に生まれてきたのか――、植え付けられたプログラムでは得られない自分自身でしか生み出せない正解のない答えのようなものだ。
何故、生きる?
何故、動く?
何故、逃げる?
何故、感じる?
命じる人は?
所有する人は?
果たすべき使命は?
背負うべき役割は?
お前は誰? 私は誰? 私は何? 私は何処へ向かう?
私は――、私は――、私は――
思考のループが堂々巡りを産み始めていた。テロリストの宿命と役割から解き放たれたというその事実――、それはローラをローラ自身として成立させていた全ての理が為す術無く壊れ去ったということでもあるのだ。
私は何者なのだろう? ローラはその言葉にたどり着いてしまったのだ。
「う――、うぅ――」
涙が溢れてくる。止めどなく、ただ流れてくる。
「おい? おい、ローラ?」
ラフマニが問いかけるもローラの涙は止まらない。自らが『からっぽ』だと言う現実に気づいてしまったのだから。両手で顔を覆うも、それでもなお涙はあふれた。
「ごめ――、ごめん――」
ラフマニはそれでもローラを守ろうとしていた。戸惑いつつ言葉を探しながら、自らの羽織ったマント代わりの布を広げて、その下にローラを招き入れる。そして、彼女の肩をしっかりと抱いてやる。
「泣きたいだけ泣けよ」
その言葉にすがりつくように、ローラはラフマニに抱きつきすがりついていた。ラフマニはそれを拒まなかった。
「この街に、この島に、流れ着いてくる奴に幸せな奴なんて居ないんだ。気が済むまで泣いていいよ」
ラフマニはローラを抱き寄せた。雪が降り止んだ星空の下、互いの体温を交換するように隙間なく抱き合っていた。そしてラフマニはローラに対して抱いた思いを告げる。
「俺が守ってやるからさ」
「うん――」
2人は抱き合ったままメインストリートから離れていく。人気の少ない倉庫街の様なエリアへと脚を向ける。そこは東京アバディーンの外れのエリア、この島のどこにも己の居場所を見つけられなかった者が流れ着く場所だった。
ここは東京アバディーン――
社会の流れから切り離され、力関係だけがモノを言う場所。
そこは『ならず者の楽園』と呼ばれる街である。
@ @ @
6羽の羽根つき妖精が、そのデッドエンドタウンの空を飛んでいた。極彩色の光を放ちながらその街の様々な場所を飛んでいる。そして、その妖精たちを使役しているのは三つ揃えのスーツ姿にステッキにシルクハットと言う出で立ちをした猫耳の少女だ。真っ白い素肌にプラチナブロンドが輝いている。そして、それはひときわ高いとある雑居ビルの頂きに佇んでいた。
「うっわぁ~~ 熱いんだぁ」
とあるビルの頂き、屋上の端に腰掛けて猫耳少女は眼下を見下ろしている。そこにはラフマニとローラの姿がある。
「あ、これってリア充ってやつ? なにさ! 人間じゃないくせにぃ! ぷんすか!」
猫耳少女は手足をパタパタさせてご立腹である。ラフマニたちを不満気に眺めていたのだが、異変が起きたことに気づいた。
「あれれ? なにあれ? 怪我して真っ赤っ赤、――っと、どう見てもフツーじゃないよねぇ」
口元に指をあてて思案しているが回線を通じてクラウンに呼びかけた。
〔クラウン様――、おーい!〕
少し待てば返事はすぐに帰ってくる。
〔なんです? イオタ?〕
イオタという名の猫耳少女は耳をピクピク動かしながら答え返す。
〔んっとね、例のお姫様のところに怪我人だよー、随分殴られたらしくて血だらけー〕
〔それはいけませんね――〕
無線音声が途切れるが、その続きはイオタの背後からすぐに聞こえた。
「なにかトラブルのようですねぇ」
「うわ! びっくりした!」
「驚くことはないでしょ。赤の他人じゃないんだし」
どこから現れたのか、クラウンはイオタの背後に立っていた。その隣には化けガエルのイプシロンも一緒だ。
「あやや、怪我してる。誰かに襲われてる。もしかしてあの男の子のトモダチ?」
「トモダチと言うより仲間でしょうねぇ。たしか、似たような境遇の子の浮浪児たちが集まって暮らしているはずです。ここはそう言う街ですから。」
「じゃぁじゃぁ、他の子供たちも危ないかもぉ」
「でしょうねぇ。襲われたのがあの子だけとは思えませんし」
クラウンの言葉にイオタは振り向きながら問いかけた。
「どうする? クラウン様ぁ?」
「そうですねぇ。ゼータを向かわせましょう」
クラウンは回線越しにゼータに呼びかけた。
〔聞こえていますね? ゼータ、あの少年たちのアジトを探しなさい。もし襲撃されていたら先回り攻撃しても構いません。われわれもすぐに向かいます〕
ゼータは基本的にしゃべらない。無線回線の向こうからは返事は帰ってこなかったが、指示を的確に理解しているはずだ。デッドエンドタウンの空を極彩色の光が軌跡を描きながら街の深部へと舞い降りていく。
「では参りましょう」
クラウンがビルの頂きから飛び降りるとすぐにその姿は虚空へと消える。そして、イプシロンとイオタも後に続く。彼らの姿は闇夜へとかき消えていく。まるで実体がないかのように――
ローラがぼそりとつぶやいた言葉にラフマニは視線を向けてきた。彼としては不用意に漏らした言葉なのだろう。気まずそうに沈黙するがそのままはぐらかすような事はしない。彼もまた、この街には不似合いなくらいに素直で誠実な少年であった。
「昔のことを思い出すからあんまり話したくないんだけど――、まぁ、わかりやすく言えば違法外国人の遺棄された『戸籍』の無い子供のことさ。保護してくれる親がはじめから居ないか、見捨てられたか、大抵はろくな生まれ方はしてないんだ。世の中から消えても誰も困らない。困らないからこそ、たちの悪い連中には餌食にするにはちょうどいいんだ。組織の最下層に組み込まれたり、とっ捕まって加工されたり改造されたりして商品にされちまったり、病気になっても助けてくれるヤツラは誰も居ないから野垂れ死ぬこともある。それでも――、それでもさ――」
ラフマニの脚が不意に止まる。そして、天を仰いで頭上の満月に視線を向ける。
「この世に生まれたからには生きていたいんだよ」
雪は止んでいたが夜も遅くなり気温はさらに冷えようとしている。自らの生い立ちを明かすたびに、ラフマニの喉から漏れる吐息は真っ白なシルエットで天に向けて漂っていた。
「だれもはじめから死にたいと思って生まれてくるはずないだろ?」
歩みを止めたラフマニは視線をおとすとローラの顔を見つめてくる。そして、憂いを帯びた声で問いかけてくるのだ。
「ローラ、お前はどうだ?」
それはローラにとって生まれて初めて問われる言葉だった。考えもしなかった、そんな事を思案する必要があったことはただの一度もなかった。ただ、創造主であるディンキーの意思のままに動いていればよかったのだ。なぜなら彼女はまさに『マリオネット』なのだから。
だが、ローラは朧気ながら自らについて気づき始めていた。創造主ディンキーがすでにこの世に居ないからこそ、自らを縛る見えない糸が失われたということに。糸の切れたマリオネットは自らのアイデンティティに揺れていたのだ。
「私は――その――」
生きるか死ぬか、何のためにこの世に生まれてきたのか――、植え付けられたプログラムでは得られない自分自身でしか生み出せない正解のない答えのようなものだ。
何故、生きる?
何故、動く?
何故、逃げる?
何故、感じる?
命じる人は?
所有する人は?
果たすべき使命は?
背負うべき役割は?
お前は誰? 私は誰? 私は何? 私は何処へ向かう?
私は――、私は――、私は――
思考のループが堂々巡りを産み始めていた。テロリストの宿命と役割から解き放たれたというその事実――、それはローラをローラ自身として成立させていた全ての理が為す術無く壊れ去ったということでもあるのだ。
私は何者なのだろう? ローラはその言葉にたどり着いてしまったのだ。
「う――、うぅ――」
涙が溢れてくる。止めどなく、ただ流れてくる。
「おい? おい、ローラ?」
ラフマニが問いかけるもローラの涙は止まらない。自らが『からっぽ』だと言う現実に気づいてしまったのだから。両手で顔を覆うも、それでもなお涙はあふれた。
「ごめ――、ごめん――」
ラフマニはそれでもローラを守ろうとしていた。戸惑いつつ言葉を探しながら、自らの羽織ったマント代わりの布を広げて、その下にローラを招き入れる。そして、彼女の肩をしっかりと抱いてやる。
「泣きたいだけ泣けよ」
その言葉にすがりつくように、ローラはラフマニに抱きつきすがりついていた。ラフマニはそれを拒まなかった。
「この街に、この島に、流れ着いてくる奴に幸せな奴なんて居ないんだ。気が済むまで泣いていいよ」
ラフマニはローラを抱き寄せた。雪が降り止んだ星空の下、互いの体温を交換するように隙間なく抱き合っていた。そしてラフマニはローラに対して抱いた思いを告げる。
「俺が守ってやるからさ」
「うん――」
2人は抱き合ったままメインストリートから離れていく。人気の少ない倉庫街の様なエリアへと脚を向ける。そこは東京アバディーンの外れのエリア、この島のどこにも己の居場所を見つけられなかった者が流れ着く場所だった。
ここは東京アバディーン――
社会の流れから切り離され、力関係だけがモノを言う場所。
そこは『ならず者の楽園』と呼ばれる街である。
@ @ @
6羽の羽根つき妖精が、そのデッドエンドタウンの空を飛んでいた。極彩色の光を放ちながらその街の様々な場所を飛んでいる。そして、その妖精たちを使役しているのは三つ揃えのスーツ姿にステッキにシルクハットと言う出で立ちをした猫耳の少女だ。真っ白い素肌にプラチナブロンドが輝いている。そして、それはひときわ高いとある雑居ビルの頂きに佇んでいた。
「うっわぁ~~ 熱いんだぁ」
とあるビルの頂き、屋上の端に腰掛けて猫耳少女は眼下を見下ろしている。そこにはラフマニとローラの姿がある。
「あ、これってリア充ってやつ? なにさ! 人間じゃないくせにぃ! ぷんすか!」
猫耳少女は手足をパタパタさせてご立腹である。ラフマニたちを不満気に眺めていたのだが、異変が起きたことに気づいた。
「あれれ? なにあれ? 怪我して真っ赤っ赤、――っと、どう見てもフツーじゃないよねぇ」
口元に指をあてて思案しているが回線を通じてクラウンに呼びかけた。
〔クラウン様――、おーい!〕
少し待てば返事はすぐに帰ってくる。
〔なんです? イオタ?〕
イオタという名の猫耳少女は耳をピクピク動かしながら答え返す。
〔んっとね、例のお姫様のところに怪我人だよー、随分殴られたらしくて血だらけー〕
〔それはいけませんね――〕
無線音声が途切れるが、その続きはイオタの背後からすぐに聞こえた。
「なにかトラブルのようですねぇ」
「うわ! びっくりした!」
「驚くことはないでしょ。赤の他人じゃないんだし」
どこから現れたのか、クラウンはイオタの背後に立っていた。その隣には化けガエルのイプシロンも一緒だ。
「あやや、怪我してる。誰かに襲われてる。もしかしてあの男の子のトモダチ?」
「トモダチと言うより仲間でしょうねぇ。たしか、似たような境遇の子の浮浪児たちが集まって暮らしているはずです。ここはそう言う街ですから。」
「じゃぁじゃぁ、他の子供たちも危ないかもぉ」
「でしょうねぇ。襲われたのがあの子だけとは思えませんし」
クラウンの言葉にイオタは振り向きながら問いかけた。
「どうする? クラウン様ぁ?」
「そうですねぇ。ゼータを向かわせましょう」
クラウンは回線越しにゼータに呼びかけた。
〔聞こえていますね? ゼータ、あの少年たちのアジトを探しなさい。もし襲撃されていたら先回り攻撃しても構いません。われわれもすぐに向かいます〕
ゼータは基本的にしゃべらない。無線回線の向こうからは返事は帰ってこなかったが、指示を的確に理解しているはずだ。デッドエンドタウンの空を極彩色の光が軌跡を描きながら街の深部へと舞い降りていく。
「では参りましょう」
クラウンがビルの頂きから飛び降りるとすぐにその姿は虚空へと消える。そして、イプシロンとイオタも後に続く。彼らの姿は闇夜へとかき消えていく。まるで実体がないかのように――
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