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第1章ルーキーPartⅢ『天空のコロッセオ』

第21話 天空のコロッセオⅡ/ーフィール飛来ー

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 濃い電磁火花が大気中にわずかのプラズマを滲ませる。
 フィールはその後頭部の2対の翼を輝かせ、垂直な軌道を舞い上がる。
 彼女が対峙している1000mビルの壁面は垂直ではない。かすかに傾斜しており高見に上がるほどビルの直径が小さくなって行く。そんなビルの壁を見つめながらフィールは大空を目指す。
 いま、彼女にはビルの壁面がタイル状のパズルゲームの様に思えていた。複雑に入り組みあい、決して容易には解き得ない何回極まるパズル――、その回答の糸口を探すのは、まさに彼女たちの役目であるのだ。

 フィールは飛ぶ。有明の空を。そして、流れさる視界の中に、ふと、巨大な入口が見えてくる。
 1000mビルの第4ブロックの外周ビルの最上階から第5ブロックにかけての間には、ブロック内の空間の空調用のための空間があった。ついいましがた撃ち落とされたヘリへの攻撃はそこから行われていたのだ。
 フィールは第4ブロックへの侵入口をそこに定める。
 視界の中、あるいは視界の外、内部からまたあのエネルギー光球による攻撃が来るのを警戒しながら、フィールは第4ブロック内へと侵入を試みる。そして、外周ビルの最上階へと着地して周囲へと警戒を張り巡らせる。
 
 すぐ側には敵影は無かった。そっと足音を潜ませながら足を進めれば、フィールはそこに想像以上の光景を目の当たりにする。
 円環状の外周ビルに囲まれた巨大な内部空間、まさにローマのコロッセウムの如き情景―― 
 第4ブロックのその内部、そこに繰り広げられていたのは――
 
「ひどい――」

――まさに地獄絵図そのもの。

 あるいは、死屍累々と言えばいいのだろうか? 護衛対象であるVIP来賓を護るためとはいえ、その任務のために生命をかけるのは警察であり、武器所持を許された武装警官部隊の隊員たちである。戦闘任務に赴けば、その生命はかならずしも担保されるものではない。怪我当然ながら、殉職は決して珍しくないのだ。だがだだ、だからと言ってその生命が軽視されていいものではなかった。
 
 それはマリーのものか、アンジェのものか、ローラのものか、
 
 数多くの盤古隊員たちが倒れ伏している。生死確認は外周ビル屋上のフィールの地点からでは容易ではない。だが、生命の途絶を伝えるデッド・シグナルは感知しうる範囲の中では、そう多くはなかった。
 
「まだ間に合う!」
 
 フィールは自分の復活が間に合ったことに気付いた。
 そうだ。今はまだ、この状況に打ちひしがれるのには早すぎる。今成すのはこの惨状を止めることなのだ。
 今、彼女の眼下には人の息吹きの途絶えた第4ブロックのメインホールが見える。その視界いっぱいに、緑化公園の様な樹木が居並んでいる。しかし、そこには人影はない。暄騒も無い。なにより人間が生きている気配が無い。
 いくつかの煙が立ち上っていた。きな臭い硝煙と火薬の匂いも感じる。微かだが、何かが大きく動く衝撃が伝わってくる。
 彼女の視線はその〝理由〟を求めて広いこのビルの空間の中を走っていた。
 この先に、自分が向かうであろう戦いの場所があるのだ。

 その時、甲高い破裂音がフィールの耳に届く。
 彼女の目の中に飛び込んできたのは、何よりもまばゆい閃光であった。

「何かいる!」

 フィールはその閃光の映像を記憶メモリーから抜き出し、それを体内のサブプロセッサーのネットワーク情報解析でフィルタリングする。その閃光の正体と原因について調べれば、爆薬の閃光とも、プラズマ放電の閃光とも違っていた。ただ確実に判ったのは、とてつもなく発光量が大きい事と、恐ろしく光の密度が濃いと言う事だった。

「遠赤外線どころか近赤外線も出てない。熱効率が恐ろしく高い――」

 今までの戦闘経験の中で、この様な光を放つ爆発物や光学兵器は目の当たりにしたことはない。ただ、彼女の脳裏にはそれを追うべきだと直感が囁いていた。

「よしっ」

 フィールは小さくつぶやくと、その光へと駆け出して行った。

 一方――
 
 フィールが第4ブロックへと舞い降りたの同じ頃――
 ローラは立ち止まっていた。彼女の四方から濃い紫色の泡が押し包む。視界の全てはそれらに遮られ何もとらえる事はできない。それでもローラは、その冷たいまなざしを曇らせる事はなかった。
 彼女は自らが進みたいと思う目標に向け冷徹な視線を向け続けている。
 かたや相対する武装警官部隊は、ローラからの敵意あふれる視線の存在を認識しつつも、次なる行動に向けて意識を払っていた。
 
「状況終了」

 隊員の1人が宣言する。皆がそれを了承する。そこには少なからず願わくばそうあってくれと言う思いが混じっていたとしても不思議ではない。
 彼らのフォーメーションは、目標であるローラを中心に円陣を組み、そこから1名が後方に離れて状況を総括して把握するというものだった。そして後方に離れた一人がその身を隠してトラップ類の操作を担っている。彼の指示で放たれた泡状の強固なトラップがローラを完全に包み込みその内部の動きを押し留めている。トラップが完全に作動しているのを目視とセンサー情報から確認すると彼はハンドサインを送る。
 全盤古にシグナルが伝わる。そのシグナルに呼応し盤古たちの銃が構えられる。

 アメリカで開発された機関銃・M240E6.LMG――その銃口がローラを包囲していた。

 一斉に引き金が引かれ、無数の弾幕が空を飛ぶ。その弾丸が特殊フォーム製の泡を貫き内部を破壊せしめる。カウント出来ぬほどの無数の衝撃が炸裂し、特殊装備により捕らえられたターゲットに無慈悲な制裁を与えるのだ。

「攻撃止め!」
 
 十数秒ほど射撃は続けられたが、攻撃中止の指示が出されると一斉に弾丸は途絶えた。
 だが、その次の瞬間に起こった情景もまた偶然ではない。

 粘着性が高く即時硬化している泡が溶けはじめていた。それと同時に撃ち放ったはずの弾丸が、泡の内部で跳弾し外部へと反れていく。そして、その泡の隙間から洩れてきたのは何もよりも眩しく強烈な『光』であった。
 その光景に驚きを感じると、すぐに危機感を感じずには居られなかった。
 再び引き金が引かれ、突如発生した発光体へと攻撃が加えられる。その弾幕の濃さは第1射を遥かに超える。だがそれでも、その光は何も攻撃を受けても変化はない。あまりに硬い光である。
 わずかに沸き起こった希望と安堵は、焦りと不安へと変わる。かすかに絶望がその影をかいまみせ、もう盤古たちには撃ち続ける以外には無い。

 そして、悪意と敵意は開放される。
 瞬間、光が収束して、その光の中から現れたのは身構えるローラだ。
 その姿勢を低く抑えながらも、彼女の膝は決して地に突いていない。炯々と冷たく輝く視線は周囲状況を冷静に把握し、次の行動の決定付ける。今、反撃を決意したのだ。
 光はローラの手の平の中で何よりも小さく、突き固められるかの様に縮まっていく。
 その光を抱きながらローラは垂直に跳ね跳ぶ。
 漆黒の残像引き伸ばされて残像と化した。
 
 それが見えた者は数えるほどで、たとえそれが見えたとしても理解できないだろう。
 ローラが、光を抱え込んだその両手を微かに開く。そして、曇り空から太陽の光がこぼれ落ちる様に、その指の隙間から無数の光の筋が広がり出る。

 誰も、それが何を意味するのか理解できていない。
 盤古たちの指が引き金から放せなくなっている中で、ローラの手の光は真っ白に輝く矢のように解き放たれ、そしてそれは破壊と殺戮をもたらす輝く槍となる。

 その光は、高密度であり「光圧」と言う圧力を持つ光の噴流である。
 光の密度を限界まで高密度にさせる。すると、それは宇宙航行ロケットの推進機関に使えるほどの強力な推進源となる。いわゆる光子ロケットの原理だ。ローラが用いたのはその超小型版。ただ、用いるのは深宇宙探索の人類の希望ではなく、目的なく形骸化した悪意の発露だ。
 光でできた槍が降りそそぐ。驚愕と絶望を伴いながら。
 そしてローラはふたたび降り立った。光の槍に造られた数多の屍と行動不能者たち群れの中へ。生き残った盤古隊員がローラをじっと見つめていた。果敢にも彼らにはまだ戦う意思が確かに残っている。それは諦めると言う事を知らず、そして、戦うための強固な理性を失わない強者たちである。
 だがローラは彼らに冷え切った微笑みを返した。

「へぇ、まだやる」

 ローラのまわりには諦めを受け入れぬ銃口が幾つか残っている。そこから感じる敵意はローラにしてみればちょうど心地好い刺激のようなものだ。濃黒のタイトスーツ越しに見せる小柄な肢体には躍動する事を極めた強靱な人工筋肉がある。人工筋肉は弛緩する事なく力をためている。そして微笑みを消すと、ローラは再び本能のままに肉食獣へと己を帰した。
 貪欲に、そして狡猾に、その全身が獲物と定めた者たちへと躍動するのだ。

 盤古たちは軽合金で組み上げられた小銃を手にローラを狙う。
 彼らのM240E6.LMGはとてつもなく軽く造られていた。それでも、サブマシンガンなどの軽さには及ぶほどもないが、彼らには片手で取り扱うには必要十分だった。

 ある者は腰回りの装備品ケースから小型の電子制御爆薬を取り出す。
 ある者はローラの動きを抑えて捉えるために自律飛行するワイヤーリールを用意していた。
 盤古たちは固定された布陣を解除し、各々の感じるままに走り始める。
 
「なに? まだやるの?」

 そう言いつつ、上目づかいに周囲を見回し、軽くステップを踏む。同時にローラは己の体内のシステムダイアログをチェックする。
 
【 オプティカルプレッシャーエフェクター  】
【 有効光子圧力・残存係数 20%     】

 ローラは笑みを消し舌打ちする。
 ローラは体内に残る「光」のほとんどを、先ほどの一撃で必要以上に消費しすぎていた。
 いつもこうだ。マリーやアンジェと違い、どうしてあたしの能力は長時間持たないのだろう?
 消耗が早く、長時間戦闘に不利。他のマリオネットたちと異なり、自分が小柄に作られているのも影響しているらしい。

「あのクソジジィ」
 
 生みの親であるディンキーに悪態をつくのはしょっちゅうだった。えこひいきだの手抜きだの、罵倒することもあった。だが、あの老人はローラがどんなに反抗的な態度をとっても優しく見守ることをやめなかった。
 好きではなかったが、嫌いでもない。その包容力には感謝すらしていた。
 でも、あの老人はもうローラに対して微笑まない。そう――

 3年前のあの日、心のなかで別れを告げたあの日を最後にして。
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