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第1章ルーキーPartⅡ『天空のラビリンス』

第15話 電脳室の攻防/―剣士―

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 ディアリオは眼前の武器の変化にその目を大きく見開かずには居られなかった。

「なに?」

 ガルディノはその身体を数歩、前に進ませ、そして、その身体を大きくかがめた。そして、今度は上目使いにディアリオを見る。

「大丈夫だよ、すぐに済むから! 今までわざわざ付き合っていたのは、君の手の内を知るためだよ!」

 そこに低重心の戦闘スタイルのガルディノがいる。余分な防御をする気のないガルディノの姿にディアリオは警戒心が湧くのを押さえられない。

「糞っ!」

 ガルディノの前で2つのカタールが交差した。擦り合さるカタールの刃が白銀の火花を散らす時、ガルディノのその顔から挑発としての笑みが消え失せ、内面の怒りと敵意があらわとなって叫び声を上げた。

「これで全ては終わる。同胞となろうとしない君を今ここで処分する!!!」

 ガルディノが弾き飛んだ。彼のその両の脚が目まぐるしく回転し突進力を与える。
 轟く寄声とともに苛烈な勢いで2つのカタールは乱突される。奇手奇策で足下からガルディノを攻めようとも、ガルディノの低重心スタイルではそれもままならない。足下を狙えばそれこそ思う壷だ。

(ならば!)

 ディアリオは覚悟した。その手の電磁警棒をフェンシングの様に右手で持ち前へと突き出す。そして、その身体を横に向けると、そのステップを踏んで攻めへと転じる。ディアリオの右から襲ってきたカタールを電磁警棒を下から振り上げ弾き返す。

「はあぁっ!」

 次が右手のカタールの下からの突き上げ、ディアリオはこれを電磁警棒を振り下ろし横殴りに叩き落とそうとする。

「おおおおおっ!」

 続いて、再び左手のカタールが下からの軌道で突き上げられた。ディアリオはこれを、己れの身体を右によろけるようにスウェーさせて見切る。その時に、開いたガルディノの脇ばらに突き込むように警棒を打ち込む。
 ディアリオは考えたのだ。敵から見えている自分の面積を減らせるならば、なんとか、敵の攻撃をかわせるかもしれないと。

(いける!)

 その読みは確信へと変わる。そして、その確信をバネにしてさらに敵の懐へと踏み込んだ。今、ディアリオは圧倒的な有利を感じている。こいつの手の内がこの程度だと言うのなら決して負ける予感はしない。

「今度こそおわりだ!」

 不意にディアリオの声が洩れた時、気味悪い笑みとともにガルディノが、左右のカタールでの攻撃のリズムを崩し始めた。突然に別人へと変わったかの様に、左右からのテンポの良い刀さばきからリズムの揃わない不気味でランダムな攻撃へと変化して行く。まるでメトロノームのように規則正しい攻撃に鳴らされていたものが、急にリズムを狂わされたのだ。受けて立つディアリオがその変化したリズムに適応できずに、ガルディノの攻撃をかわせずにいた。
 右手のカタールからの素速い攻撃ののちに、左のカタールが繰り出される。間を置かずに右のカタールが再び襲う。一瞬のフェイントの後に再度、左のカタールがディアリオの脇腹に食らい付いた。

「もらった!」

 カタールが突き刺さる。金属と金属が擦れ合うこもった音がする。同時に聞こえるのは微かに火花が散る音だ。
 
「くっ」

 ディアリオが小さく苦悶する。

「僅かに外れたかっ!」

 ガルディノのカタールはディアリオの脇腹ではなく、右の二の腕を突き刺している。ガルディノが間髪を置かずにカタールをひねる。
 刺さった刃がディアリオの腕の機能を僅かに麻痺させた。たまらず電磁警棒を取りこぼし有利に運んでいた攻撃を封じられ、ディアリオはその場から逃れるようにとっさに引き下がる。
 戦いはまだ決しては居ない。だが、この右腕ではこのまま戦闘を継続するのは難しいだろう。体内の制御プログラムを作動させ、バックアップ機能による右腕機能の回復を試みた。

【体内機能モニタリングシステムよりアラート 】
【              右腕上腕部破損】
【運動機能神経系A系統破断、予備B系統へ切替】
【電動性人工筋肉破損軽微、出力低下率1.2%】
【外皮損傷部、簡易補修機能作動開始     】
【        溶着ゲル浸潤、簡易補修完了】

 ディアリオの体内の修復システムが瞬時に動作し、必要な機能を担保する。
 まだまだ戦えることを確認するとディアリオは体勢を立てなおそうとした。
 だが、ガルディノは攻撃の手を緩めなかった。今度は、彼の攻撃を邪魔する物は無くディアリオだけを狙って強気に攻め入る事ができる。今度のガルディノの攻撃にはすきは一分たりとも無かった。もはや、対峙しあって攻防を行なうわけには行かない。ついにディアリオは右の方へと走り出した。それは確かな逃げである。

「どうしたっ! 得物を逸して怖気付いたか!」

 ディアリオは答えない。彼のその顔は押しだまって必死にガルディノの攻めから逃げ続けた。
 考えている。ディアリオは確かに、何かを考えている。
 側転し転がりながらも、ときに飛び上がり、前に後ろに、右に左に、巧みにフェイントをかけながらカタールから逃れる。そして、ふと、しゃがみ込んだ時、眼前に突き出された2つのカタールから逃れるため、ディアリオは大きく腰をかがめた。

 だが、そこでバランスが崩れた。ディアリオは尻を突き、その彼の頭上を2つのカタールが通り過ぎて行く。ディアリオの背後には、彼ら2人の周囲にそびえる液晶ディスプレイ群がある。
 その内の一つにカタールは突き刺さった。高圧の光を撒き散らしながら猛烈な放電火花が飛び散り、地上で破裂させられた打ち上げ花火の様な光が沸き起こる。
 
「くそっ!」

 それらは、2人から一瞬だけ視界を奪い去る。ガルディノの攻撃が一瞬だけ停止する。その隙にディアリオはその状況から脱出、横に転げて距離をとると素早く立ち上がった。
 ディアリオは左手をジャケットの内側に差し入れ、そこで小型のグリップを掴んだ。ディアリオの目がその彼のゴーグルの下で静かに微かな輝きを放つ。それと同時に、彼は己れの左手に握られていたものをナイフを持つように握り直す。グリップと言うよりは日本刀の柄に近い。だが、それはガルディノの目には入らない。ディアリオの変化に気づいていないかのように。

「決心がつきました」

 ディアリオが呟き、彼の握り締めるグリップが微かに青白い光を帯びた。グリップから何かが伸びる。青白い光が冷たくも鋭い風を巻き起こしながら、静かに、そして速やかに伸びて行く。

「何だと?」

 ガルディノがつぶやく。その相手の挙動を見すえつつもディアリオは手にした〝刀〟を両手で握り正眼に構える。それは刀だ。日本刀の形状と機能を有したディアリオ専用アイテムだ。
 
【 エアジェットソード・ムラサメ      】
【 >起動                 】
 
 超高圧エアジェット噴流により超高圧帯電ループワイヤーを刀剣状に形成、日本刀の機能を発揮させるものだ。ディアリオはそれを両手で握りしめると、日本の剣術のように両足を前後に開いてスタンスを取ると、素早く震脚を踏む。そして、ガルディノの腹部めがけて突きを見舞った。

「おおおっ!」

 重いブレードのカタールを握りしめたままガルディノは後ろに弾け飛ぶ。
 ディアリオはガルディノを逃さない。そのまま一気に駆け込んでゆく。
 同時に、壁にもたれる様に立ち上がったガルディノもディアリオめがけて駆け出した。

「警察の犬ごときにィィィィッ!」

 2人はそれぞれの直線上を疾走し、ある一点で交わり合う。交わり合ったその時に、それぞれの得物でただ一度だけ切りつけた。
 ガルディノの右手のカタールが床に軽い音を鳴り響かせ落ちて行く。
 その右手が切られ、音も無く一つの線を境にずれて行く。

「なっ?」

 ガルディノはそれが信じられない出来事の様に感じる。ただ冷静に左手のカタールで攻撃を続行し、その身を翻しディアリオへと向き直る。わずかにガルディノの方の反応が速く今ならディアリオの背を取る事が出来た。ガルディノの履いたブーツのかかとが甲高い音をたてる。そして、ディアリオを背後から捉らえては再び切りかかる。その時だ――

 ガルディノの挙動を察知したのか、不意にディアリオが腰だめに大きく屈み込んだ。
 手にしていたムラサメは、右の腰の辺りに納められている。思い切り低く、そして、その身をバネと化したかの様に全身でエネルギーを蓄積する。

 もとからムラサメには重量らしいものは何も無い、その刀身は極めて軽量で強靭な電動性ループワイヤーだ。根元のグリップから流れ出る収束エアジェットとパルス駆動の超高圧干渉マイクロ波が、ループワイヤーを一本の刀身の姿を与えていた。ガルディノが大きく飛び込んでくる中で、ディアリオが捩られたバネを解き放つようにムラサメを抜き放つ。

 それは日本剣術の型の一つ――『浪返し』である。

 ディアリオは、左の脚を軸としてその身を回転させ、ガルディノの居る方へと大きく踏み出す。

 対して、ガルディノが左のカタールを突き出してくる。全身を矢の様に投げ出すと、カタールの切っ先でディアリオを襲った。その軌道は上方からの突き降ろし。対するディアリオはムラサメをその懐から斬り上げる。
 2人の剣の軌道は音らしい音もせぬままに、あっけなく勝敗を決した。

 切り抜いたその後に、ディアリオは僅かにその脚をよろめかせた。見れば、その脇腹に鋭い傷を負っている。ガルディノの左のカタールがディアリオの身体をかすめたのだ。

「これが君の隠し技か」

 ディアリオは黙したまま語らない。そして、そのままゆっくりと歩き出した。一方で、ガルディノは着地して立ち上がるとそのまま佇んでいる。その彼にディアリオの声がかけられる。

「投降する必要はありません。そのまま機能停止なさい」

 その言葉に、ガルディノが口元に歪んだ笑みを浮かべる。

「クク――、これで勝ったと思っているのかい?」

 笑い声を残しガルディノは崩れ落ちる。その大きくエグれた胴体はムラサメの与えた激しい切り口である。
 ディアリオは、彼の言葉が単なる負け惜しみだと感じていた。その目から光を失い沈黙したガルディノを無視して本来の任務を続行するべくシステムルーム内の機材を確認し始める。だが、そこに聞こえてきたのは死したはずのガルディノの声である。
 
『ここは君にあげるよ』

 声はシステムルームの館内放送のスピーカーから聞こえていた。ディアリオは声のするスピーカーとガルディノの遺骸を交互にながめながら戸惑いを隠せない。
 
『このビルの基本制御機構は未だに僕らの制御下にある。この部屋の通信システムなど君に奪われたからと言ってどうという事はない。ただ――』

 ガルディノの声が一瞬止む。ディアリオは言い表せない一抹の不安を背筋に感じる。
 と、同時にガルディノの声はシステムルーム内のPCのあらゆるスピーカーから聞こえてくる。
 
『――君の身体を入手できなかったのは残念だけどね』

 そして、響き渡るのは甲高い哄笑だった。

『僕は僕で、あらたな任務に移るとしよう。そして、君たちを絶望に叩き落とした後にあらためて君を手に入れてみせるよ。ではごきげんよう』

 そこでガルディノの声は途切れた。あとは何もなかったかのようにシステムルームは沈黙するのみである。ディアリオは視線を落とすと動かなくなったガルディノの遺骸をじっと見つめていた。そして、とある予感に行き着くのだ。
 
「これは、ヤツのスレーブユニットなのか?」

 マスタースレーブ方式、普段行動する肉体は遠隔操作されるだけの外部端末であり、その意識本体はネット経由で遠隔された場所に存在する。遠隔操作されるボディをスレーブユニットと呼び、その制御中枢はマスターユニットと呼ぶ。つまりは、ヤツの本体は別にあり、この小柄な少年風のスレーブユニットを遠隔操作していたのだ。そして、ディアリオは新たな疑念に行き着いた。
 
「つまりは私の機体を新たなスレーブユニットにしようとしていたのか?」

 おそらくはこれまでも、あの男はまるで衣類を着替えるように、スレーブユニットとなる機体を探して乗り換えを繰り返していたのだ。彼がディアリオに放った『同胞になれ』と言う言葉は、彼のためにその機体を明け渡せと言う意味なのだろう。その――無責任で横暴で身勝手極まりない発想にディアリオは怒りを抱かずにはいられなかった。
 
「所詮はテロリストか」

 ディアリオはそう吐き捨てると、ガルディノの残骸をそのままして歩き出した。
 ディアリオはその部屋の中のコンピューターの端末に一つに向かう。鏡石から知らされている建築業者用の通信回線を起動させるために。
 そしてディアリオは、とりたてて取り乱す事もなくもとの任務へと復帰した。
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