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第0章【ナイトバトル】

第8話 戦闘・第2ラウンド/妖精

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 ジズとバジリスクを捕え戦闘員による包囲網は壊滅させた。
 その今、センチュリーは感じていた。

「おっ、通信がクリアになりやがった」

 それまで妨害され入感が無くなっていた外部との通信がつながるようになった。返信はまだないが、ディアリオとも基本信号がつながっているのがわかる。アトラスから声がする。

〔どうやら、戦闘員たちの包囲網が、通信遮断のトラップを担っていたらしいな〕
〔そうらしい。ディアリオともつながってるぜ〕
〔あぁ、こっちもだ〕

 そしてセンチュリーは傍らのエリオットに尋ねる。
 
「よく出動許可がよく出たな?」

 エリオットの出動には制限がかかる。その攻撃力の高さと危険度から、出動命令に足る証拠案件がなければならないからだ。だがセンチュリーの疑問へのエリオットの答えは明確だった。
 
「近衛課長の指示でヘリで上空待機していました。ディアリオ経由で証拠映像が来ると読んでの判断です」
「ディアリオから?」
「はい、上空待機している時に受信しました」

 エリオットは戦闘任務中は敬語や愛称を使わない。警備部に配属されてからの実務訓練で実用本位の情報伝達を叩きこまれたためだ。そのため一見すると警察官というよりも軍人めいた面が見受けられるのだ。
 捕らえたジズを放置したセンチュリーがアトラスの元に駆けつけてきた。それを受けて、アトラスはあらためてエリオットに声をかける。そのエリオットはスネイルドラゴンの戦闘要員の残党を相手に散発的な銃撃戦に移行していた。

「エリオット! あとは頼む、オレたちはハイロンを追う!」
「了解、支援部隊とともに被疑者制圧を続行します」
「支援部隊?」

 センチュリーは肉薄して襲いかかってきた戦闘要員の一人を抜き放ったグリズリーのマグナム弾で撃ち抜きながら問い返す。その疑問に答えるエリオットの視線の先には上空から飛来し降下してくる大型ヘリがある。
 
〔通信、特攻装警5号エリオットより盤古神奈川へ。幹部メンバー無力化完了〕

 エリオットは体内回線を通じて、大型ヘリの搭乗員へと報告する。速やかに帰ってくる返答に彼らも作戦行動を開始する。
 
〔了解、盤古神奈川、第1小隊、第2小隊、降下開始〕

 2機の大型ヘリの両サイドには、神奈川県警と武装警官部隊の神奈川分隊の銘が記載してある。
 ヘリのスライドドアが開き、そこから人影が急速降下してくる。
 全身をくまなく覆う白磁のハイテクプロテクタースーツ。空挺用の短銃身のサブマシンガンを備えた彼らは、背面に背負ったバックパックから高圧ガスを噴射しつつ、すみやかに散開して地上へと舞い降りていく。
 そのシルエットにはセンチュリーも見覚えがある。横浜福富町の西公園の一件で支援してくれた武装警官部隊の空挺チームのものだ。
 地上に降りるとバックパックを切り離し重量を軽減する。そして、隊長クラスであろう人物が、ハンドサインを伴いながら攻撃開始を指示する。
 
「展開!」
 
 その統率のとれた動きは警察のものではない。むしろ、軍隊の特殊部隊やテロ制圧部隊のものだ。彼らが装着するプロテクタースーツの背面と腕部には部隊名が記されている。
 
【武装警官部隊・盤古】
【神奈川大隊、第1小隊、第2小隊】

 それは機動隊やSATのレベルを超え、対テロ戦闘や対機械化犯罪に対応するために設けられた、特殊戦闘部隊だ。汎アジアの古代神話の世界創生の巨人の名を部隊名に関した彼らは、その装備レベルの高さも相まって、アジアエリア最強の戦闘部隊と称されている。

「盤古1、盤古2、制圧開始!」

 部隊の隊長が叫んだ。その言葉を引き金に盤古の隊員20名が一斉に動き出す。
 エリオットは彼らとともにスネイルドラゴンのメンバーの残党の各個撃破を開始する。
 
「頼むぞ」
「了解」

 アトラスの声にエリオットが答えた。それを耳にしつつレッドパイソンからケーブルを外すと小脇に抱えながら走りだす。
 センチュリーとアトラス、ハイロンの姿の逃れた先へと駆け出していく。
 センチュリーたちの背後でサブマシンガンの銃撃音と、電磁レールガンの炸裂音が鳴り響いている。今はただ、生身の人間である盤古の隊員たちに被害が及ばないことを願うだけだ。 
 

 @     @     @
 
 
 ハイロンの姿は岸壁付近からは消えていた。逃れた先は、積み上げられたコンテナが繁華街のペンシルビルの如く立ち並ぶコンテナヤードのまっただ中だ。コンテナヤードの敷地から逃れた可能性も捨てきれない。
 アトラスは回復した通信回線を頼りにディアリオを呼び出す。
 
〔ディアリオ! 居るか?!〕
〔はい!〕
〔監視カメラ群にアクセスして逃亡した敵の幹部を追って欲しい〕

 当然の要望だった。敵の姿が視認できない以上ディアリオの手を借りるしか無い。だが返ってきた答えは意外なものだった。
 
〔それは――、できません〕
〔できない? どういう事だ〕
〔そちらのコンテナヤード一帯の監視カメラが完全に遮断されています〕
〔通信回復したんじゃないのか?〕
〔基本通信は回復していますが、港湾施設のセキュリティは今もハッキングされたままです。先程から再侵入を試みていますがうまく行きません。恐ろしいほどの手練です〕
〔ばかな、敵の幹部連中にハッカー崩れは居なかった。逃亡したハイロンにその手のスキルが有るとは思えん!〕

 時間的にはジズやバジリスクたちと遭遇し戦闘を繰り広げていた時に重なる。

〔おそらく、まだ〝隠し球〟が居るのでしょう〕 
〔わかった、そっちは調査を続けてくれ。こっちは俺とセンチュリーで何とかする〕
〔了解しました。分かり次第、連絡いたします〕
〔頼む〕

 アトラスはディアリオとの通信を切る。その隣からセンチュリーが問いかけてくる。
 
「どうだった? 兄貴」

 アトラスは顔を左右に振りながら答える。
 
「ダメだ、また別な存在が介入しているらしい」
「げー、嘘だろ? マジかよ?」

 センチュリーが頭をかきむしりながら、さもうんざりとしたような表情を浮かべた。スネイルドラゴンの連中とやりあうだけでも相当な骨なのに、まだ残党が居るというのだろうか? だが、その残りの存在にアトラスもセンチュリーも思い当たるものがあった。

「兄貴、それってまさか――」
「ディンキーか」

 可能性は十分だ。

「ありえるぜ、そもそも今夜の案件はあのジーサンを迎えるためのものだからな」
「しかし、こうしていても始まらん。急いでハイロンの身柄を抑える」
「兄貴、二手に別れよう。俺は隣のブロックを探す」
「ならば俺はこの一帯を探る。頼むぞ、センチュリー」
「あぁ――」

 そう、二人が決めて走りだそうとしたその時だった。
 
〔お兄ちゃんたち!! 聞こえる?!〕

 甲高く可愛らしい女の子の音声が二人の体内回線に入感してきた。
 
〔フィール?〕
〔どこだ?〕
〔こっちこっち!〕

 声の主の居る場所を求めれば二人の頭上から肉声がしていた。

 アトラスたちが頭上を見上げる。そこには白銀の羽を広げたフェアリーが舞い降りようとしているところだった。
 アトラスたちとは一回り体格の小さい少女型のシルエットのアンドロイド。
 純白のボディこそプラスティックライクな人工物とはっきり解るが、首から上はまるっきりの美少女。そこにシルバーメタリックのメットをいただき、目元はライムブルーのゴーグルでカバーしている。
 その純白とシルバーの色の違いから、彼女が元々のボディの上にプロテクターをまとっているのが分かる。
 頭部、胸部全体、両肩、腰周り、そして、脚部全体――、
 それらを覆うパーツの全てにMHDエアロダインを利用した電磁バーニヤが組み込まれている。そして、彼女の翼というべきものは彼女の頭部にある。
 長さ1m強の白銀のブレードと言うべきものが2枚刃のように2枚一組に平行に組み合わせられている。それがヘルメットの側頭部と後頭部に3対備わっている。そして、一対のブレードの間には強力な磁界が発生していてイオン化された大気に推進力を与えている。
 その3組の翼を用いて彼女は最大で亜音速の飛行を行うことが可能だ
 早期警戒機能としての飛行能力を有した捜査活動用アンドロイド――
 それが彼女、警視庁捜査部捜査1課所属、特攻装警第6号機フィールである。

 フィールはアトラスたちの上空を軽く旋回すると、身体を反転させて静かに地上に降りてきた。
 全身の電磁バーニヤと頭部の三対の翼からかすかな電磁火花を撒き散らす様は、フィールのシルエットをことさら妖精の様に神秘的に見せている。
 フィールが地上に降り立とうとしたその時、センチュリーが問いかけてきた。
 
「フィール、捜一がなんでこの件に噛んでくるんだ?」

 もっともな問いだった。たしかに凶悪事案である事はたしかだが、テロや組織犯罪は捜査一課のテリトリーではなかった。ましてやここは神奈川だ。警視庁本庁の捜査課がそう簡単に介入できるものではない。だが、フィールは苦笑いで右手をひらひらと振りながら答えた。
 
「あー、違う違う! そっちじゃないよ。警察庁の外事のセクションの方から調査依頼を受けたのよ。お兄ちゃんたちが追ってる例のテロリスト――」

 フィールの答えにアトラスが問うた。
 
「ディンキーだな?」
「うん、うちの捜一の課長が行って来いって。そしたらディ兄ぃ経由でお兄ちゃんたちのドタバタが聞こえてきたから飛んできたのよ」

 ディ兄ィ――ディアリオの事だ。フィールは 4人の兄たちの名を縮めて呼ぶ癖がある。

「そうか、しかし。察庁って事は――」
「公安の外事の連中だな」

 アトラスのつぶやきにセンチュリーが言葉をつなぐ。公安の外事――公安部外事課の事だ。諸外国から日本国内へと入り込んでくる外国系の犯罪事案を受け持つ部署だ。
 
「うん、うちの課長もそう言ってた。まぁ、貸しを作るのも悪く無いからってさ」

 昔も今もそうだが、日本警察は公安警察と一般的な刑事警察とは非常に仲が悪い。直接に行動を共にすることは皆無だ。ディアリオは公安隷下であるが、彼の属する情報機動隊は刑事警察とも強い結びつきを持っているので、実質的には刑事警察の側と言ってよかった。今回のケースは警察庁を経由して間接的に依頼内容を伝えてきたのである。
 フィールの答えにセンチュリーが言う。
 
「そうか――、しかし、いつもながらお前も忙しいよな。捜一の仕事、する暇ないんじゃないか?」
「あー、やっぱりそう思う? うちの課長もそれいつもボヤいてるよ」

 笑顔で答えるフィールにアトラスは無言でため息をついた。
 
「しかたない。特攻装警はまだ5体しか居ない。皆と連携しながらうまく任務をこなしていくしか無い」

 アトラスの言葉にフィールもセンチュリーも静かに頷いた。そして、フィールは話題を進めるように言う。

「それより誰か探してるんでしょ? スネイルドラゴンのハイロンだよね?」
「あぁ、そうだ。ハイロンの画像データはあるか?」
「うん、ディ兄ぃからもらってるよ。上空から探してみるね」
「頼む」
「おっけー!」

 アトラスとやりとりの後にフィールは再び舞い上がっていく。その彼女にセンチュリーが老婆心ながらに声をかけた。
 
「フィール! ハイロンは強力な電気系兵装を持ってる! 接近には気をつけろ!」
「うん、分かった――!」

 フィールは兄からの言葉に笑顔で手を振りながら夜の空に再び舞い上がっていった。
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