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第0章【ナイトバトル】
第1話 ナイトチェイス/支援部隊
しおりを挟む二人が焦りの声を上げたその時である。
【 日本警察専用高速無線回線 】
【 発信:神奈川盤古第3小隊ルート権限 】
【 受信:警視庁特攻装警第3号機 】
【 >データ共有要請信号 】
【 ≫共有対象[高速ヘリ空撮映像] 】
【 ≫データタイプ[リアルタイム動画] 】
無論、センチュリーはそのデータ共有要請を受諾した。
【 発信:警視庁特攻装警第3号機 】
【 受信:神奈川盤古第3小隊ルート権限 】
【 >データ共有[受諾] 】
そして、共有を受諾した瞬間、写り込んできたのは横浜上空を飛ぶヘリからの空撮映像である。センチュリーがその映像を受信した瞬間、音声通信が繋がったのだ。
〔こちら神奈川盤古第3小隊小隊長網島! 逃走対象を上空から視認中、映像情報をそちらにつなぎます〕
音声の主は志賀が支援要請をした犯罪制圧武装チームである武装警察部隊・盤古の神奈川大隊第3小隊の小隊長である。電磁波妨害の中、通信が繋がったのは彼ら武装警官部隊が用いている通信回線が一般には開放されていない特殊な超高周波回線であるためだ。彼ら盤古はハイテク犯罪者を相手にあらゆる可能性を考慮した装備や機能を保持している。この程度の妨害煙幕で遮られる彼らではないのだ。
〔了解! こちらからも逃走者を追う! 制圧よりも逃走の阻止を優先してくれ!〕
〔網島了解! 直ちにジェットパック降下を開始します!〕
すぐにセンチュリーたちの頭上に高速ヘリのローター音が響いてきた。神奈川県警の銘が打たれた十数人乗りの大型ヘリ。その両サイドドアが開いて内部から武装警察部隊の隊員たちが顔を覗かせる。そして小隊長の指揮の声が響いた。
「降下!」
指示と同時に機内から全身をくまなく覆う白いシルエットのプロテクタースーツが現れた。その数は総数で10名で内1名が上空からの支援射撃任務のためにヘリ内に留まっていた。空挺用の短銃身のサブマシンガンを備えた彼らは、背面に背負ったバックパックから高圧ガスを噴射しつつ、すみやかに散開して地上へと舞い降りていく。今回のミッションで選択している銃器はドイツ製のMP5Kだ。
その場へと遅れて駆けつけようとしていた志賀は覆面パトカーの車中から、その白いプロテクター姿のシルエットを見上げていた。
「来たか!」
待ち望んだ支援部隊だ。ましてや盤古は対機械戦闘、対違法サイボーグ戦闘のプロフェッショナル集団である。違法銃器所持の触法青少年集団・武装暴走族の制圧など物の数ではないのだ。
そして上空のヘリからの空撮映像は志賀の乗る覆面パトカーのモニターシステムにも表示されていた。違法武装を所持した若者たちの一団は川沿いへと退避しつつあった。だが川沿いの通路の退路はすでに絶たれどう見ても袋小路に自ら入ったようなものである。
「やつら川に飛び込むつもりか?!」
福富町西公園は大岡川と言う川沿いにある。かつてはヘドロが堆積して異臭を放っていて近づくのも辛かったと言う。だが浄化活動により魚が遡上するまでになっている。飛び込んで泳ぐことは決して不可能ではない。志賀は自らの直感を信じ号令をかけた。
〔全員川沿いに向かえ! 武装警官部隊と連携して確保だ!〕
覆面パトカーが動き、捜査員が先回り動こうとする。センチュリーも志賀の声を信じ両踵のダッシュホイールを始動させ一気に走り出した。すべての動きが川沿いへと逃げようとしていた武装少年たちを包囲しつつあった。全てはここで一気に決まる。誰の目にもそう写っっていた。
しかし――、
エンディングはまだ先である。
そして、さらなる切り札が切られようとしていたのである。
【 Quantum coupling 】
【 communication line 】
【 [Starting] 】
【 >remote connection 】
【 #1:Vehicle1 】
【 #2:Vehicle2 】
【 >ENGINE START 】
【 >Robotically Drive 】
【 ⇒ ―GO― 】
西公園地下の駐車場の片隅、そこに2台の車両が停車していた。
車格の大きいオフローダーで、フロント部前面にカンガルーガードと呼ばれるパイプフレーム状のプロテクターが装備されている。ナンバープレートが装備されているが、後部ナンバープレートの封印は破損しており、それが盗難された物であると言うことは明らかだった。
俗に言う『てんぷら』である。
その2台のオフローダー車のエンジンが始動し、ゆっくりと走り始めた。だが奇異だったのは車内には誰も乗っていなかったという事実である。
「なんだ?」
地下駐車場に入り込んでいた捜査員の内の一人がつぶやいていた。地下駐車場の入り口を内側から封じていた二人だったが地下から地上に向けて走行してくる車両があるのに気づいた。視線を向けてその様子を見守っていたが、まともな一般車両では無いことは誰の目にもあきらかだった。
「おい? 無人だぞ?」
「地下駐車場より指揮車へ、応答してください!」
二人が地上へとつながる通路の途上にて、手にしてた拳銃をその車両に向けて威嚇しているが、そもそも無人の自動車に対して拳銃による威嚇行為など無意味だった。2台のオフローダー車は、けたたましいディーゼルエンジン音を響かせながら、怒れる猛獣の如き勢いで二人の捜査員めがけて突っ込んできたのである。一人が威嚇射撃をタイヤに向けて数発放つ。
「無人の車両が地上へと向かっています。台数は2台、逃走を阻止できません!」
「くそっ! パンクレスタイヤを使ってる!」
タイヤを正確に狙ったはずだったが、タイヤは拳銃弾でパンクすることもなく、オフローダーは着実に地上へと向かっていた。
「停まれぇえ!」
オフローダーの前に立ちはだかるようにして二人は静止を試みた。だがその程度で止まるような車では無いのだ。阻止の困難を悟った二人は道を開けると間一髪轢かれずに済む。今、奇妙な自動車が2台、地上へと解き放たれたのである。
「指揮車へ! 不審車両2台が制圧対象者の所へ向かいました! 防弾タイヤです! 走行の阻止は困難です!」
その悲痛な叫びのような報告は、無線回線を通じてすべての捜査員や盤古隊員やセンチュリーの元へと伝えられていた。そして、敵が仕掛けた最後の切り札の正体を思い知ることになるのである。
〔防弾タイヤの無人オフローダーだとお?〕
驚きの声を漏らすセンチュリーの眼前で、その2台のオフローダーは姿を表したのだ。
夜の帳に真っ白な煙幕が立ち込める中、その白い闇を裂くようにして2台の車は歩みを止める。そして、その2台の車が意味する物をその場に居合わせたすべての者達が気づいたのである。
その後の動きはまたたく間であった。
オフローダーのドアが空き、川岸に集まっていた7人がその中に飲まれて行く。前の車両に4人、後ろの車両に2人、残る1人は上空から舞い降りようとしていた武装警察部隊の隊員が放った9ミリ弾が足に被弾し行動不能に陥っていた。
〔車両狙撃!〕
盤古小隊長の網島の声が無線越しに飛ぶ。すると上空にてホバリング待機していたヘリの側面扉から身を乗り出していた隊員1名が大型の専用狙撃ライフルをスタンバイしていた。ヘリの機体側面部にアーム形状のフレームでつながれたそれは、高圧レールガン仕様のセラミックス製フレシェット弾を放つ形式の物で武装警察部隊に対して配備された専用特殊装備の一つだ。
形式コードは【AOT-XW021】装備名は【サジタリウス・ハンマー】
――キュィィィーーン――
高圧コンデンサーのチャージ音を奏でていたサジタリウス・ハンマーの電子スコープを頼りに、射手は照準を合わせる。狙撃対象はオフローダー車のフロントのエンジン部分・ボンネットごとぶち抜くのである。
即座に照準合わせられトリガーが引かれる。しかる後にスイッチング回路がつながれ精密制御された多相式螺旋レールガイドによりタングステン弾頭の発射体を超音速で射出する。そして一撃で2台のうち、後方のオフローダー車のボンネット中央を貫く。
――キュバッ!!――
通常の火薬式の狙撃ライフルではありえない独特の発射音を響かせて目的は撃ち抜かれた。間髪置かず二発目が前方に位置していたオフローダー車のボンネットへと二発目が速射される。
だが、その時先頭のオフローダー車はすでに発進し始めたあとであり、ボンネット中央を外れて右寄りを撃ち抜かれる。その二発目は致命傷とならず、走り始めた一台はそのまま逃走を阻止しようと立ちはだかっていた覆面パトカーの一つへと体当たりを敢行する。強固なカンガルーバーが覆面パトカーの加賀町4号の後部トランク付近へと激突してその車体を横転させる。
そして周囲を囲む武装警官部隊や一般捜査員からの銃弾を浴びつつもまんまと逃走せしめたのである。
〔現場より指揮車へ! 加賀町4号が横転しました! 搭乗員2名負傷。この混乱に乗じて被疑者4名が逃走! そのうち2名は捜査対象のベイサイド・マッドドッグです!〕
〔逃走したのはだれだ?〕
〔マッドドッグのサブリーダーの松浜と平戸です。大鳥・平片の2名は確保しました。それとあとから現れた3名の内、パーカー姿の男の身柄も確保しました。盤古隊員の撃った9パラで負傷しています〕
〔よし! その3名の身柄を厳重拘束しろ。違法密造武器の所持と使用、及び、警察官への傷害行為の現行犯だ。それと破壊した逃走車両も重要証拠物件として保全だ〕
〔了解、身柄を拘束して速やかに本庁に連行します〕
志賀は回線を切り替える。通信対象は盤古の小隊長だ。あれから妨害煙幕も風に飛ばされて飛散したことで、多少電波は通りやすくなっている。返事の声は速やかに帰ってくる。
〔こちら指揮車志賀。盤古神奈川ヘリへ。逃走車追跡状況は?〕
〔こちら盤古網島! 高速ヘリで上空より追跡中! ですが――〕
〔どうした?〕
〔見失いました。望遠映像でも解析していますが忽然と消えました〕
〔そんな馬鹿な!?〕
〔あくまでも推測ですが、ホログラム迷彩を併用したものと思われます。立体映像を用いた穏体システム。たとえ一瞬でも建築物の死角を利用してホログラム迷彩を用いて、追跡の目から逃れることができれば追跡を振り切ることは不可能ではありません〕
二人のやり取りをセンチュリーも聞いていた。そしてセンチュリーも声を発した。
〔志賀さん、網島さん。なんだか嫌な予感がします〕
2人ともセンチュリーのその言葉に傾注し次の言葉を待った。
〔大量の密造レールガン、センサー妨害機能を持った煙幕装備、さらには無人走行可能な偽装装甲車両、どれをとっても一介の街の悪ガキチームのレベルじゃない。違法武装密造組織との太いパイプを持つ一流の犯罪組織のレベルだ〕
〔大規模犯罪組織か、おそらくスネイルだな。やつらならやりかねない〕
網島は警察組織の犯罪制圧戦闘の最前線に立つ立場にある。今回の一件がどれだけ危険性を秘めた物なのか、それまでの経験から痛感していた。それに言葉を加えたのは志賀だった。
〔それは同意見だ。かねてより疑念を持っていたが、ベイサイド・マッドドッグには背後関係があると推察していた。それが広域武装暴走族であるスネイルドラゴンではないかと疑っていたのだが――〕
〔それが現実だったってことか。志賀さん〕
〔そういうことだ。今後は身柄を抑えた3人を神奈川県警で取り調べてさらなる調査を進めようと思う。センチュリー、網島さん、ここまでのご協力感謝いたします〕
志賀の言葉に答えたのはまずは小隊長網島だった。
〔では我々は速やかに撤収します。センチュリーもご苦労でした〕
武装警官部隊はその任務内容や社会情勢から、隊員たちに多大な負担がかかる組織だ。危険性も高いが、現状では彼らが犯罪社会抑止の最後の砦となっていた。
戦闘能力を持ったアンドロイドであるセンチュリーもまた、彼ら武装警官部隊の負担軽減が求められて産み出されたと言う側面を持っているのだ。それだけに彼らとの相互リスペクトは深いものがある。センチュリーは網島にも告げる。
〔はい、ご苦労様です。そちらに何かあったら俺たちにも声をかけてください〕
〔覚えておきましょう。それでは――〕
網島はセンチュリーにしっかりとした口調で答えていた。さらにセンチュリーは志賀にも告げた。
〔志賀さん。俺はこれで一旦撤収しますが、帰りがてら逃走した連中の足跡を追ってみようと思います〕
〔分かりました。くれぐれもお気をつけて〕
そんな言葉のやり取りをしながらセンチュリーは身を翻して自らの駆るバイクへと戻っていく。バイクに跨り、エンジンを始動させようと体内の無線通信回線を通じて、バイクの統括コンピュータユニットにアクセスする。
【 特攻装警第3号機専用オートバイ車両 】
【 ――ウェーナー―― 】
【 送信コマンド:エンジン始動 】
イグニッションキー代わりの信号を発信したその時である。
――ドォォン!!――
鳴り響いたのは大音響の爆発音。方向は西公園の方だ。とっさに先程の志賀課長へと無線越しに音声で問いかけた。
〔志賀さん! どうした、何が有った〕
爆発だけでない。炎上して燃え上がっている状況が明らかに伝わってくる。不安とあせりを覚えながら返事を待てば、志賀からのもたらされた返答は最悪の物であった。
〔自爆だ! 確保した逃走阻止車両が証拠隠滅のために自爆した! 捜査員が一名巻き込まれた!〕
〔大至急戻ります!〕
回線越しに西公園の現場が混乱し怒号が飛び交っているのがよく分かる。センチュリーもとっさに西公園の現場へと戻ろうとするが、そこに送られてきたメッセージは真逆のものであったのだ。
〔いや来なくていい〕
ショッキングな言葉に沈黙していると志賀の強い思いが篭った声が帰ってきたのである。
〔お前はお前でしかできない事を成してくれ。逃走者の追跡、くれぐれも頼んだぞ〕
センチュリーは、志賀が語るその言葉の裏に、圧倒的な人手不足に苦しむ警察の現状を感じずには居られなかった。高い戦闘力と機能性を持つ〝特攻装警〟と言えど、できる事には限りがある。万能な存在では無いのだ。忸怩たる思いを懐きながらセンチュリーは志賀に伝えたのだ。
〔了解、逃走者の追跡に向かいます〕
そして後ろ髪をひかれる思いで専用バイクを一路走らせた。
社会には闇がある。消し去りきれぬ巨大な闇が。
今夜もまた、その巨大な闇の真っ只中へと、彼ら特攻装警たちは足を踏み入れて行くのである。
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