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4:海辺の家 ―ハイヘイズの子ら―

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 日が暮れる。
 2月初頭の東京湾の埋立地は寒い。
 周囲を海に囲まれている上に、風雨を遮るものが無いためだ。
 それでも埋立地の内域に住んでいるならまだ住みやすくはあるだろうが、水辺際となるとそうも言っていられない。
 この洋上の埋立地のスラム街では水際に近くなればなるほど、生活の程度は貧しくなる。最下層の人々となると沈みかけの廃船に暮らしているケースもある。
 逆に陸地の中心地へと近づけば近づくほど、生活の度合いは高くなる。
 その中心地にて支配者の如く君臨するのが金色の高層ビルだ。その土地に住む者なら支配者の名を知らない者は居ないが、誰もその名を口にすることはない。災厄を招くからである。
 
 ラフマニたちが、互いに助け合いながら暮らす廃ビルは海際にほど近い。200mも歩けば岸壁にたどり着く位置である。
 冷たい海風が吹き抜ける場所にありながらもなんとか暮らしていけるのは、ビル自体が割と傷んで折らず、窓や扉の建て付けもしっかりとしているためである。
 その意味ではこのビルに住むハイヘイズの子供らは幸運だったと言えるだろう。
 
――ハイヘイズ――

 中国語では【黒排子】と記述する。そもそもは中国の一人っ子政策の制約で法的戸籍を得られない未承認の二人目以降の子供らを意味する暗語だった。
 それがこの東京湾の洋上のスラム街では、身を寄せる同族のない混血の無戸籍孤児たちを意味するスラングとして使われていた。
 その総数は未だに正確に把握はされていない。社会の暗部と言える存在だ。
 だがそれでも懸命に前向きに生きている者たちもいた。
 ラフマニ少年がまとめる18人程度の集団だ。
 
 アラブ系のハーフで最年長のラフマニ青年をリーダーに
 同い年でアフリカ系の青年のオジー
 パキスタン系のハーフの少女でジーナ
 北欧系と黒人のハーフでアルビノの症状を持つアンジェリカ
 そして、アンドロイドの身の上を隠して身を寄せているローラがおり、
 彼ら5人が年長組になる。
 
 その下に1歳未満の赤子から12歳までで14人が居り、それを年長組が懸命に養っているのだ。
 ラフマニとオジーが外で生活費を稼ぎ、ローラとジーナとアンジェリカが家の中を切り盛りしている――
 そう言う日常が営まれて居るのである。
 
 彼らが家として暮らしている廃ビルの中で夕食前の支度が行われていた。

「ねぇ、子どもたち寒がってない?」

 ローラが一階奥から声を掛ける。相手はジーナと言いパキスタン系の混血の少女である。歳の頃は15くらい。 
 ビル入口近くにリビングとして用意したフロアで子どもたちの面倒を見ていたのだ。
 
「えぇ、大丈夫です。ここ隙間風も無いから」
「そうね。でも今日は風が結構強いから気をつけてね」
「はい」

 リビングからジーナの声が返ってくる。ローラはそれを聞きつつ、傍らのもう一人の年長の少女にも声をかけた。北欧系でアルビノの因子をもつアンジェリカである。歳はアンジェリカよりひとつ下である。
 
「そっち、準備どう?」
「はい、盛り付け終わりました。まぁ、適当ですけど」
「いいわよそれで。どうせ食べ始めると散らかるし」

 一階奥は台所代わりの水場である。
 屋根上に設置した中古の太陽光発電からの電気と、海水から真水を取り出す簡易蒸留装置で飲料水を確保する。
 機材は裏で流通しているジャンク品を修理して使えるようにしていた。それらにコンロ機材を加えてとりあえずの煮炊きはできるようにしてある。水回りの衛生は子供たちの命をつなぐ上で最も留意しなければならない。そう考えてローラとラフマニが中心になって自分たちで考えたものである。
 足らないものは少しづつ手に入れていく。
 それが二人がこの〝家〟を営んでいく上での大切なポリシーだったのである。
 
「出しちゃいますか?」

 アンジェリカの声にローラは思案げだった。
 
「ローラさん?」

 黙して答えないローラをアンジェリカは訝しがる。
 
「ん? あぁ――いいよ。出しても。ラフマニとオジーは?」
「まだです。もうじき帰ると思いますけど」
「そう――、でも良いわ。二人の分は別にしたの。小さい子を先に食べさせたほうがおとなしくなるし。アンジーはジーナと一緒に子どもたちと食べちゃって」
「ローラさんは?」
「あたしは二人を待ってるわ」
「そうですか。じゃぁえんりょなく」

 アンジェリカがそう答えながら今日の夕食を運んでいく。さっきほど台湾人街で手に入れた食材である。それにいろいろなつてをたどって手に入れた食料の蓄えもある。それらをうまく使いまわして子供らと年長組の胃袋をなんとか満たすのはローラたち年長組女性陣の役目であった。
 
「さて――」

 そう一言つぶやくと、ローラは別にしておいた分をあらためて準備し始めた。
 ラフマニとオジーの男性陣二人のための食事である。
 そんなときである――
 
「あ! お兄ちゃん!」
「おかえり~!」

 小さい子どもたちの嬉しそうな声が響く――
 噂をすればだ。ラフマニとオジーが帰ってきたのである。
 
「おかえり」

 そう優しく声をかけたのはローラだった。宅内に入ってきた二人に声を掛ける。
 
「お、おう――」

 ぎこちなく、それでいて少し気まずそうに答えたのはラフマニだった。
 
「ねぇ――」

 一言問いかけようとしたのはローラ。だが――
 
「わるい、ちょっと落ち着いてからにするわ」

――目線ですまなそうな表情を浮かべながらも、ラフマニはその言葉を残したまま階上へと上がっていってしまった。

「あ? ――うん」

 その反応にローラも戸惑いを隠せない。とはいえ理由の根っこの部分はローラ自身にもよくわかっていた。
 そんなローラに背後から、ジーナの声がかけられる。
 
「あれ? ラフマニは?」
「あ? う、うん――、少し休憩してから食べるって」
「そう、じゃぁラフマニの分だけ別にしますね」
「えぇ。そうして頂戴」
「はい」

 そんなやり取りをしつつジーナは姿を消した。
 ひとりローラは思う。
 
「まったく、ラフマニったら何を考えてるだろう――」

 ため息を付きつつ、ラフマニの分の食事を支度する。
 想い人が笑顔になってくれることを願いながら――
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