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別幕:田沼有勝の仕事

別幕:田沼有勝の仕事 ―壱―

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 俺の名は田沼有勝――、元学生キックボクサー――
 
 とある強欲ヤクザの下で奴隷のような暮らしをしていたが、紆余曲折あって良心的な別なヤクザに見いだされて、生き直すチャンスを与えられた。

 俺を救ってくれたヤクザの名は氷室敦美、表向きはブルーム・トレーディング・コーポと言う貿易会社の総務部長をしている。だが、その実は〝カミソリ〟と言う別名を持つ切れ者の頭脳派ヤクザだ。妹と言う弱みを握られていた俺に『妹を助けてやるから力を貸せ』と申し出てくれた。俺は即断でこの申し出を受け入れた。
 その氷室さんの兄貴分にあたる人で天龍陽二郎と言う人が居る。
 緋色会と言う巨大暴力団組織の筆頭若頭で、ヤクザと言う素性は極秘裏にしてあり、表向きは複数の企業を運営する実業家と言う顔で通っている。
 一般社会の裏側に巧妙に隠れて活動する今どきのヤクザのことを〝ステルスヤクザ〟と言う。氷室さんもそんなステルスヤクザの一人だ。
 俺は氷室さんから名古屋まで呼び出されると、名古屋駅前でとある人物に合流するように言われた。

 名前は〝柳沢永慶〟
 天龍さんの子分衆の一人にですごい頭の切れる頼りになる人だ。歳が近いこともあり、俺と永慶さんはすぐに打ち解けあった。そして、永慶さんから聞かされた事実に俺は驚かされた。
 
 氷室さんの兄貴分で、永慶さんのオヤジさんにあたる天龍さんは、身内からの妨害により窮地に立たされていた。
 その危機的状況を切り抜けるために、別なマフィア組織と交渉を持たねばならない状況にあった。
 その交渉役を任されたのが永慶さんで、俺はそれに同行する事になっていたのだ。
 
 氷室さんからはそのような事は事前説明はなかった。だが、氷室さんたちが対立している人物の名を聞いて俺は自分がなぜ永慶さんと行動をともにする必要があるのか気付かされる。
 
 氷室さんや天龍さんを罠にはめた人物が居る。
 緋色会の特別顧問、榊原礼二と言うステルスヤクザだ。
 とにかく強欲でえげつなく、他人を犠牲にすることに全く躊躇がない。周囲からは嫌悪を込めて〝強欲の榊原〟と呼ばれているゲス野郎だった。そして――
 
――俺と、俺の妹を逃げられなくした張本人――

――でもあったのだ。

 そして俺は知った。
 この永慶さんと一緒に問題解決にあたり天龍の親分さんの危機を救うことで、俺自身と俺の妹を絶体絶命の窮地から救うことにつながるのだと。
 
 そして向かった〝明治村〟で、永慶さんや天龍さんたちが当面の交渉相手としていたのが、未来派の新型マフィア組織の【サイレントデルタ】と言う連中だった。
 その重要幹部の二人と、ガチでやり合って交渉してこいというのだ。
 無論、平坦な話し合いじゃない。
 互いの実力をぶつけ合う〝果し合い〟だ。
 勝ってこっちの力量を認めさせることができれば、天龍の親分さんたちの言い分を飲ませることができる。だが、負ければそれまで。当然、氷室さんも俺を助ける余裕はなくなる。
 
 イチかバチか、伸るか反るかの大勝負。
 闇に包まれた漆黒の夜の明治村で、俺と永慶さんは、サイレントデルタの二人の幹部『ビークラスターのフォー』と『ガトリングのエイト』とガチでやりあった。
 深手を負いながらも、俺と永慶さんは絶妙なコンビネーションを発揮して窮地を切り抜けた。
 その時の俺の本気を認めてくれて、永慶さんは俺と〝義兄弟〟の契を結んでくれた。
 俺は永慶の〝アニキ〟とともに、再びサイレントデルタの二人とぶつかり合う事となる。
 その結果――
 
――俺たちは2大幹部を撃破した――

 サイレントデルタの二人に、俺たちを認めさせることができたのだ。
 
 俺と永慶のアニキは、サイレントデルタの二人、エイトの旦那と、フォーのにいさんとも気持ちを通じ合うと、当面の問題である強欲の榊原への対処について話し合う事となる。そして出た結論が――
 
――2組織合同での〝粛清〟――

――だった。

 それが今俺が佇んでいる横浜港の本牧埠頭で行われているのだ。
 今、極秘の交渉場所では仕掛けが着々と進められているだろう。俺はと言えば、その交渉場所の外でとある役目を仰せつかっていた。
 とても大事な役目を。
 俺自身が、ステルスヤクザとして生きていく上でつけねばならない〝ケジメ〟だった。
 
 晩冬から初春にかけての寒い夜空の下、俺は永慶のアニキからの連絡をじっと待っていた。
 頭上には半分だけの月が浮かんでいる。
 ステルスヤクザの世界に飛び込んだ俺はこれからは、陽の光の下ではなく、月の下・星の下で生きていくこととなる。
 
 俺の名は〝田沼有勝〟
 新米のステルスヤクザ、天龍陽二郎の子分にして、柳沢永慶の弟分だ。
 
 
 †     †     †
 

〔カツ、聞こえるか?〕

 俺の右耳に入れていたイヤホンから無線の声がする。声の主は永慶のアニキだった。

「アニキ、聞こえます」

 俺が返答すればアニキが言う。
 
〔こっちは〝終わった〟、榊原の取り巻きたちが事実に気づいて逃げようとするだろう。逃げ出す前に全員仕留めろ。人数は4人いる〕
「了解です。待機場所は把握しています。すぐに行動します」
〔よし、絶対に逃すな〕
「了解」

 俺が永慶のアニキにそう答えれば、アニキはこう告げてきたのだ。
 
〔カツ――お前の過去にきっちりケジメをつけろ。そして――〕

 永慶のアニキは一区切りしてこう告げたのだ。
 
〔〝漢〟になれ〕

 俺にはその意味がしっかりと分かっていた。
 
「もちろんです。期待に応えてみせます」
〔吉報を待ってるぞ〕
「了解」

 俺がそう答えると通話は切れた。
 さぁ、やろうか。強欲ヤクザの取り巻きたちに始末をつけるために――
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