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壱:集会

壱の拾壱:集会/愛弟子

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 だが、湖南と名乗ったその男の言葉を聞いてやや驚いたように声を発したのは天龍のオヤジだった。

「湖南? どこかで聞いた――まさか?!」

 驚きの声が漏れる。それに畳み掛けるように御老が言う。

「そうそのまさかだ。あのいかれた人形使いのアイルランド人の落し物さ」
「ということは、ディンキー・アンカーソンのアンドロイドの――」
「ご明察――元マリオネットだ。こいつはあの〝有明事件〟で日本の警察の連中に討ち取られて、亡骸を回収されたうちの一体だ。鑑識で部品の一つに至るまで徹底的に調べられた後で、証拠物件として永久保存されるはずだった。それを俺が裏で手を回してちょろまかしたってワケよ」
「まさかそれを、ここまで再生したというわけですか?」

 天龍のオヤジが驚きの声を漏らす。当然だ。こいつは元は世界中でテロ行為を繰り返していた。それが、今ここでさも当たり前であるかのように、御老の背後で、その身を守っている。
 俺ですら、あの有明事件のインパクトは脳裏に残っている。あの場で幾人もの人間を血祭りにあげてきたに違いないのだ。

「そうだ。今、向こうさんに置いてあるのは俺がでっち上げさせた〝ダミー〟だ」
「それはまたなんと」

 氷室のオジキが感嘆の声を上げる。謀略が得意なオジキとはいえ、さすがにその上を行く話ではある。

「そして手に入れたガラクタをイチから組み立て直させたんだが、調べて二度驚いた」
「何があったのですか?」
「〝脳みそ〟が生きてたんだよ。ポリ公の取り調べでバラバラにされながらも、こいつの頭脳は生きていた。そして、組み立て直されたことによって再び動き始めた。戦いを求めてな――」

 その言葉に、天龍のオヤジも、氷室のオジキも蒼白の表情になる。だが二人がそんな反応をしても御老はどこ吹く風だ。

「無論、俺がそんなのに殺られるはずがねえ。二度三度四度と、暴れるこいつをいなしていく度にあることに気づいた。それなりに戦うための〝動きの形〟があることにな。
 それでもって、もっと詳しく調べさせたらディンキーとか言うじじいが、日本の侍を見よう見まねで作らせたって言うじゃねえか。外側ばっかりで中身の無えからっぽのこいつが、ちょいとばっかり哀れに見えてよ。だから言ってやったのさ」

 しんみりとした顔で御老が意味ありげな言葉を放つ。オヤジが問いかける。

「何と申されたのですか?」

 御老は口元に笑みを浮かべつつ、背後のサムライにつっと視線を投げかけつつこう答えた。

「〝本物の侍になりたくねえか?〟ってな。コイツを見せながら言ってやったのさ」

 御老はその手にした杖の中に仕込まれた白刃をわずかに抜いて見せる。御老がその仕草を見せれば、背後に立つ湖南という男はかすかに頷いていた。

「そしたらこいつの目の色が変わった。もう一本の予備の仕込み刀を与えて好きに斬りかからせた。死に物狂いでやたらめったに斬ってくるこいつを何度も何度も打ち負かすたびに、こいつのまるでこの世に生まれてきたこと全てを恨むような死に物狂いの暴れ方が、嘘のように静まって行きやがった」

 そして、御老は言った。

「3日か4日か、それでもそれ以上か、俺に一太刀も浴びせれずに力尽きる頃に、こいつは正座して両手をついて〝泣きながら〟こう言ったのさ――

『あなたのような師に逢いたかった』

――ってな」

 しみじみと語る御老の言葉に疑問を投げかけたのは氷室のオジキだった。

「アンドロイドのこいつがですか?」
「なんだ信用できねえのか?」
「正直言いいまして、にわかには」
「はっ、お前らしいぜ、明石よ」

 御老は苦笑しながら言った。

「しかしまぁ、ディンキーって野郎はつくづくバカなんだな。これだけのもん作っておきながら、生みの親として心と魂を込めることができなかったんだからよ。仏像を作る仏師だって、てめえが作った物に魂を込めて出来上がったはずだぜ。
 なのにこいつはサムライの外見と、剣を振り回す腕は与えられたが、サムライとして一番肝心な、誇りも技も魂も、そしてメンツも何もかも与えてもらえてなかった。生まれながらの空っぽの殺人剣。そんな可哀想すぎるだろ。
 だからよ、俺に忠誠を誓うなら俺のとっておきをくれたやる、って言ってやったのよ。なぁ、湖南よ」

 堀坂の御老は、背後に立つ湖南にそう声をかけた。

「はい、その通りです。そして私は堀坂様を本当の〝師〟として、〝主人〟として、師事させて頂くことになったのです」

 そう満足げに語る湖南に天龍のオヤジは訊ねた。

「湖南よ、前の主人にはどう思ってるんだ」

 そう問われても湖南は一切の迷いなく顔を左右に振った。

「いいえ、何の感慨も湧きません」

 やつが語るその言葉には、人ならざる者として生み出されてしまった者の、もがくような苦しみがにじみ出ていた。アンドロイドと言うものはどんなに高度な機能を持たされたとしても、どんなに人間並みの自我を持たされたとしても、創り手の思惑を超えることはできない。一生、創り手の手のひらの上なのだ。
 だがこいつはその〝呪い〟から逃れることができた。堀坂の御老という人を新たなる主人に見据えて。それがどれほどの幸せなのか、こいつと同じ〝人ならざる道〟を歩んでいるヤクザ者だからこそ感じ入る思いがある。

「そういうことでな、今じゃ俺の剣術の愛弟子として、そして腕の立つ護衛役として、毎日連れ歩いていると言うわけよ」
「なるほど。そういうことでしたか」

 驚愕に値すると同時に、妙に腑に落ちる話だった。
 天龍のオヤジの顔を伺い見れば、どことなく羨ましそうなニュアンスが垣間見えていた。オヤジは湖南に告げる。

「湖南よ」
「はい」
「御老のこと、頼んだぜ」
「はい。承知しております」

 どんなに超人的なまでの若々しさを持つ人物だとしても、齢92になる老人であることに変わりはない。ましてや、半ば引退同然に身内も子分も傍に置かない暮らしを貫いている。
 実の子分である天龍のオヤジとしては、まさに〝親の身を案ずる子の気分〟に違いないのだ。
 それはまさに、自分の親の身を他人に委ねる子の言葉だった。
 二人のやり取りを耳にしつつ御老は言う。

「そういうこった。さて、この話はお終ぇだ。後はお前らに任せたぜ」
「はっ」
「御意」

 そして天龍のオヤジが立ち上がり、御老へ向けて言葉を残す。

「それでは失礼いたします」
「ああ、しっかりやりな」

 俺たちは丁寧に頭を下げると、その場から立ち去って行く。
 背中に堀坂の御老と湖南からの視線を受けながら――

 さぁ、仕事だ。
 オヤジと俺達のメンツを守るための戦いの仕事のな。
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