ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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ケルビンside

 あれから数ヶ月経った。私、ケルビン・ローライトは離宮の執務室で仕事をしていた。まあ、仕事といっても簡単な仕事である。
 もう私に重要な仕事は任せてもらえないのだ。

 飼い殺しか……

 グリーンシス公爵の手際の良さには苦笑してしまう。王家の失態を世間に晒した挙句にあっという間に父上と私を病気扱いにして離宮に閉じ込めたのだから。
 きっと私に力を貸したのもそれが目的だったのだろう。

「まあ、自業自得か」

 そう呟きながら薬指以外はなんとか繋がった左手を見る。

 私に真実の愛はないということか……

 その瞬間、ルイーザでもなくエレーヌでもなく彼女の顔が思い浮かんでしまう。そしてあいつに微笑む顔も。

「ケルビン殿下」

 車椅子に乗ったラルフが声をかけてくる。私は肩をすくめた。

「仕事ならやっているぞ」
「やればやるほど王太子殿下は宰相の操り人形って噂されるよ」
「現にそうだろ。言わせておけ」
「全く、拗ねちゃって。それより来月どうするの?」

 ラルフはジッと見てくる。だから私は頷いた。

「結婚式ならやるさ、だがお前はいいのか? ルイーザに殺されかけたんだぞ?」
「僕が何を言ったってどうもならないよ。相手は聖女様だからね。それに目を覚ましたライラ・フレバン伯爵令嬢と共に他言無用の誓約書を書かされたから……」
「そうか……」
「まあ、僕は別にいいんだよ。自業自得だと思ってるから。でも、ケルビン殿下はどうなのかなって?」
「私も同じだ。それに国民全体のことを考えろって言われたからな。もう私の考えなんてどうでもいいのさ……」

 そう答えるとソファで横になっていたバリーが顔を上げる。

「それならグリーンシス公爵もケルビン殿下を表に出してくれるかもな」

 するとラルフが苦笑した。

「どうしても顔を出さなきゃいけないところなら出してくれるかも」
「あり得るな……。全くあの人はこの国に魂を売ってんじゃないか?」
「それはそうだよ。ローライト王国の宰相様だもの。自分の息子だって駒にしか思ってないんだからね」
「レイノルか……。けれど唯一の友人、ミルフォード侯爵のためには奔走していたんだよな。ケルビン殿下は気づいてたか?」

 バリーが私を見てくるので頷いた。

「今思えばあった感じはするな」

 するとバリーが更に上半身を起こし興味深気に私を見てくる。

「たとえば?」
「まずはミルフォード侯爵家の危険を父上に訴えていたことだ。あれは裏を返せば危険な状況のミルフォード侯爵家を助けてほしいと言っていたのかもしれない」
「なら、はっきり言えば良かったんじゃないか?」
「確証がなかったからだろう」
「なるほど。宰相の立場もあったわけだしな。全く、あの人らしい。そういえばレインコール伯爵がしていた研究も知っていたらしいじゃないか。むしろ関わっていたんじゃないか?」
「ああ、かもね。もしかしたら、その時にミルフォード侯爵家の状況を知ったのかもしれないよ」

 ラルフはそう言ってくるがおそらく違うだろう。グリーンシス公爵が気づいたのはもっと後……きっとマグルスの杖が来たあたりのはずだ。
 だから、私達にあんな無茶なことはさせたのかもしれない。

 内心では焦っていたのかもな。まあ、何も知らない父上に阻止されてしまったが……

 本来ならあの件を理由に調査させて助けられる者達は助け出そうとした。ミルフォード侯爵夫人と協力して。

 じゃなければあんな処分はないだろう……

 元ミルフォード侯爵夫妻は現在、ローライト王国の僻地で生き残った使用人と一緒に悠々自適に暮らしているのだ。
 しかし、私は頭を振った後に肩をすくめた。

「まあ、本当の理由は私だってわからない。知っているグリーンシス公爵は真相を墓場まで持っていくだろうからな」

 私の言葉に二人は頷く。

「確かに……」
「全く、僕達これからどうなるのやら」
「このローライト王国のために頑張っていけば大丈夫だろう。だから続きをしよう」

 私はそう言うと報告書を読み始める。毎回、この瞬間に思い出すのだ。彼女の言葉を。だから頷く。

 わかってるよ。私、ケルビン・ローライトはこの国のために生きていく。
 そして一生、エレーヌに罪を償い続ける。

 私はそう心に誓いながらペンを取るのだった。


 ルイーザside

 いつの間にか最悪なイベントが終わっていた。なぜかはわからない。怖すぎて私はずっと蹲り必死に現実逃避していたから。
 でも、無事に逃げ切れたなら結果オーライである。これで私はこの国を追い出される。後はどうにか自力で聖アレクシス王国に行ければと。

 そう思っていたのに……

 現在、私は窓のない簡素な部屋にいた。しかも自分で魔法が使えないよう首輪型の魔導具を付けられ。

 これってエレーヌが本来辿る国のために一生陰で聖魔法を国のために使い続けるルートじゃない……

 私は天井を仰ぎみる。

「どうしてこうなったのよ……」

 しかし、誰も答えるものはいない。時間が立たないと人が来ないから今は誰も側にいないのだ。
 私は仕方なく側に置いてある本を手に取る。聖魔法について書かれた本だ。だが開いた瞬間、思わず投げ捨ててしまう。
 エレーヌの顔が描いてあったから。

「なんでエレーヌの顔が⁉︎」
「それはエレーヌ・ミルフォードではなく聖女アリスティアだ」

 突然、声が聞こえ振り返るとグリーンシス公爵が立っていた。そして本を拾うと私に渡してくる。

「聖女としてしっかりと励めばそれなりの生活も保証しよう。ああ、それと性別は問わないから王太子殿下と御世継ぎもできれば早めにほしい」

 そう言って私を見てきたのだ。正直、私は答えられなかった。何を言っても私が辿る道は同じような気がしたから。
 するとグリーンシス公爵は淡々とした口調で言ってくる。

「君は他人を犠牲にして幸せになろうとしていた。エレーヌ・ミルフォード、ライラ・フレバン、ラルフ・レインコール、更には間接的にデビット・バーレンと……」

 足元に血が付着したハンカチが落ちる。私がレイノルにあげたものだ。きっとエランドが操った人形に殺された時にポケットにでも入れていたのだろう。
 要はバレているのだ。今言った人達は私の所為で怪我をしたり死んだのだと。私はゆっくり顔を上げる。
 きっと、射殺さんばかりに睨んでいるだろう。大事な子供の命を奪ったのだから。しかし、グリーンシス公爵は笑っていた。そして感心したように頷き言ってきたのだ。

「その実行力は実に惜しい。できればうちに生まれてほしかったよ。そうすれば私の重しも減ったなのにな。まあ、愚痴を言ってもしょうがない。とにかく仕事はやってもらう。ああ、でも使えないようなら、カイル第二王子と一緒に危険地帯で魔獣討伐に行ってもらう。だから期待に答えて下さいよ、未来の王妃兼聖女様」
 
 そう言って笑いながら部屋を出ていった。私はへたり込む。もう道は決まったようなものだったから。

「……や、やらなきゃ」

 私はすぐに本を読み始める。そしてバットエンドの中でも一番まともなルートに辿り着けるよう、その日から一生懸命頑張るのだった。
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