40 / 55
40
しおりを挟む正直、私は第二王子殿下のとっておきの話を聞くより逃げ出したいと思っていた。今の第二王子殿下は正気を失っているように見えたから。
それに……
私は第二王子殿下を見つめる。そして思わず唇を噛んでしまうが、すぐに考えを切り替えるため頭を振った。
今はそれよりもこの場をどうにかしないと……
私は持っていた万年筆を手で覆い、覚悟を決めると口を開いた。
「……とっておきの話とは何でしょう?」
私は作り笑いをしながら尋ねる。すると第二王子殿下は楽しげに答えてきた。
「ああ、とっておきの話……この世界の事さ。知ってる? ここが『エターナル ~真実の愛に目覚めて』のゲームの中の世界と同じだってことを」
「ゲームですか……」
私は本で読んだチェスやボードゲームを想像する。すると、第二王子殿下は首を横に振った。
「多分、想像しているのとは違うよ。ただ、そのゲームには僕達と同じ名前に同じ姿の登場人物が出てくるんだ。そして、そのゲームの中で君は主人公ルイーザ・スミノルフに敵対する悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードなんだよ」
「私がスミノルフ男爵令嬢に敵対する悪役令嬢……」
「ああ。でも酷くない? だって、突然現れたピンク頭に婚約者を奪われるんだよ? しかも、それを怒ったり注意すれば周りから悪役令嬢扱いだ」
「……でも、やり過ぎは良くないのではないでしょうか」
自分で言うのもなんだかと思ったが、サーザント子爵令嬢……から聞いた私がやった事を思い出しながら言う。すると第二王子殿下は頭を勢いよく振った。
「何言ってんだ。君は当然の事をしたんだよ! あんな嘘吐きピンク頭なんて何したって良いんだ! 全く、どのゲームでもあいつらヘラヘラしながら婚約者に近づきやがって! だから、僕はいつも悪役令嬢には同情してたんだよ。特に僕のお気に入り……悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードにはね」
第二王子殿下は舐めるように私を見てきた。思わずゾクっとしてしまい後退る。しかし、そんな私の様子に気づくことなく第二王子殿下は続けて喋り出す。
「ねえ、僕を選んでよ。きっと幸せにするよ。ああ、もし王妃なんてやりたくなかったら、遠い場所に行こう。そのためのお金もちゃんと用意してるんだからさ」
第二王子殿下は私の方に手を伸ばしてくる。もちろん、私はその手を取ることはなかった。すると、第二王子殿下は歯軋りして私を睨んできたのだ。
「何でだよ? やっぱり、あいつの方がいいの?」
「……誰のことを言われているかわかりませんが、順序立てて頂かないと私は誰も選べません」
「ああ、なるほど。要は兄上が消えれば僕を選ぶと……」
そう言ってくる第二王子殿下に私は黙って微笑むだけにする。第二王子殿下は肯定と受け取ったらしく満面の笑みを浮かべた。
「なら、やっぱり卒業パーティーでのバットエンド……ざまあ劇場かな。でも、そんなに待てないしアリスティア生誕祭でやるかな。うん、そうしよう。それなら、ミルフォード侯爵家がしていることをあの格好をした兄上がやった事にしてあげないとね」
そう言って第二王子殿下は屋上の方を向く。このタイミングしかないと思った。だから、私は第二王子殿下に背を向け駆け出す。
「誰か来て!」
走りながら叫ぶ。しかし、後ろからすぐに声が聞こえてくる
「助けを呼ぼうとしても無駄だよ。人払いの魔導具を使ってるからね」
第二王子殿下は浮遊魔法を使って、あっという間に私の前に回り込むと腕を掴んできたのだ。
「何で逃げるのかなあ。僕の方が絶対将来性もあるのに。まあ、こうなったら力づくで言うことを聞かせるか……」
第二王子殿下はぶつぶつそう言いながらもう一方の手を私に伸ばしてきた。私は身の危険を感じ身をよじる。
「は、離して下さい!」
そして、伸ばしてきた第二王子殿下の手を叩いた。直後、第二王子殿下はもの凄い形相で睨んでくる。
「うるさい! お前は僕の言う事を聞けばいいんだ!」
第二王子殿下は手を振り上げた。すると、私の持っていた万年筆が光り第二王子殿下が吹き飛んだのだ。
「うわあ!」
第二王子殿下はかなりの距離を飛んで床に叩きつけられる。私は一瞬、第二王子殿下を心配してしまったが頭を振った。
ダメ、逃げないと。
私は再び走り出した。もちろん、一階の職員室に向かってである。しかし、しばらく走っていたら足をもつれさせ思い切り転んでしまったのだ。
「痛っ……」
私は痛む足をさする。どうやら挫いてしまったらしい。
でも、第二王子殿下との距離は取れたはずだから……
私は立ち上がると足を引きずりながら進む。そして、階段近くまで来ていざ降りようとした時、知った声が聞こえたのだ。
「ミルフォード侯爵令嬢」
「……サーザント子爵令嬢」
私は振り向く。そこには笑顔を見せたサーザント子爵令嬢が立っていた。そんなサーザント子爵令嬢に私は首を横に振る。
「指先まで変えないとバレてしまいますよ、第二王子殿下……」
すると噛んでギザギザになった爪を見たサーザント子爵令嬢は、舌打ちすると姿が変わり第二王子殿下に戻った。
「……使えない魔導具だな。何が王家の秘宝だよ」
第二王子殿下は首飾りを首から引きちぎるように出すと床に叩きつける。そして、思い切り踏みつけたのだ。
「くそっ、全くわかんないよ! やっぱり、悪役令嬢は攻略できないのか? ああ、こんなことなら姉ちゃんの隣りで見てないで自分でプレーすれば良かった! どうやったらエレーヌとハッピーエンドになれんだよ!」
そう叫び凄い形相で何度も首飾りを踏みつける。その、異様な光景に私は思わず後退っていると、第二王子殿下がハッとして勢いよくこちらを向く。そして、歯を見せ満面の笑みを浮かべたのだ。
「良いことを思いついた! また、エレーヌが記憶喪失になればいいんだ。そうすれば最初からやりなおせる。ああ、それと今度は兄上を断罪して僕が王太子になればいいんだ。そうすれば君が起きた時の婚約者は僕だ! これ間違いなくいけるよ! ということだからさ……エレーヌ、またこの階段で転げ落ちてよ!」
第二王子殿下は私に向かって走ってくると私を突き飛ばしたのだ。
「あっ……」
私は宙を舞った。そして第二王子殿下のニヤニヤした顔が遠ざかっていく。しかし、遠ざかっていく第二王子殿下の顔がなぜかみるみる怒った表情に変わったのだ。
私は他人事のようになぜだろうと思ってしまう。しかし、すぐにわかった。誰かに抱き止められたから。いや、すぐに誰かはわかってしまった。私の顔の近くに抱き止めてくれた人の顔があったから。
「アルフォンス先生……」
「遅れてすまない。もう、心配ない」
アルフォンス先生は私を優しく見つめた後に今度は第二王子殿下を睨みつけるのだった。
12
お気に入りに追加
553
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
この国の王族に嫁ぐのは断固拒否します
鍋
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢?
そんなの分からないけど、こんな性事情は受け入れられません。
ヒロインに王子様は譲ります。
私は好きな人を見つけます。
一章 17話完結 毎日12時に更新します。
二章 7話完結 毎日12時に更新します。
婚約破棄された悪役令嬢が聖女になってもおかしくはないでしょう?~えーと?誰が聖女に間違いないんでしたっけ?にやにや~
荷居人(にいと)
恋愛
「お前みたいなのが聖女なはずがない!お前とは婚約破棄だ!聖女は神の声を聞いたリアンに違いない!」
自信満々に言ってのけたこの国の王子様はまだ聖女が決まる一週間前に私と婚約破棄されました。リアンとやらをいじめたからと。
私は正しいことをしただけですから罪を認めるものですか。そう言っていたら檻に入れられて聖女が決まる神様からの認定式の日が過ぎれば処刑だなんて随分陛下が外交で不在だからとやりたい放題。
でもね、残念。私聖女に選ばれちゃいました。復縁なんてバカなこと許しませんからね?
最近の聖女婚約破棄ブームにのっかりました。
婚約破棄シリーズ記念すべき第一段!只今第五弾まで完結!婚約破棄シリーズは荷居人タグでまとめておりますので荷居人ファン様、荷居人ファンなりかけ様、荷居人ファン……かもしれない?様は是非シリーズ全て読んでいただければと思います!
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
最後に報われるのは誰でしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。
「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。
限界なのはリリアの方だったからだ。
なので彼女は、ある提案をする。
「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。
リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。
「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」
リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。
だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。
そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる