ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき

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 昨日の件で王太子殿下は当分休学になった。それに関係してなのか、私に敵意を向けてくる者も今日は現れなかった。

 やっぱり、王太子殿下の差しがねだったのかしら。

 教室で帰り支度をしながらそう思っていると、最近、休みがちだったサーザント子爵令嬢に声をかけられた。

「ミルフォード侯爵令嬢、少しよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ」

 私は頷くとサーザント子爵令嬢が一通の封筒を見せてくる。

「これ、私の机に入っていたのですが、きっとミルフォード侯爵令嬢宛です」
「私宛ですか……」

 私は受け取り封筒を見る。差出人はなく封が開いていた。きっとサーザント子爵令嬢が開いて確認したのだろう。案の定、サーザント子爵令嬢が頭を下げてくる。

「すみません、誰からきたのかわからなくて開けて読んでしまいました……」

 申し訳なさそうに言うサーザント子爵令嬢に私は首を横に振る。

「気にしないで下さい。差出人がなければ誰であっても開けて確認しますよ」

 そう言うとサーザント子爵令嬢はホッと胸を撫で下ろし笑顔を見せてくる。

「よかった。あ、あの、それでなんですが、その……」

 サーザント子爵令嬢は封筒を不安気に見つめるため、私は首を傾げる。しかし、封筒から手紙を取り出し内容を読むことで理解した。

 『王太子殿下とスミノルフ男爵令嬢がミルフォード侯爵令嬢を陥れる計画を立てている。その証拠を掴んだので教えたい。今日の放課後、屋上で待つ』ね……。流石にこんなものが自分の机に入っていたら不安になるわ。

 私は内心封筒を間違えて入れた相手に呆れるも、サーザント子爵令嬢を不安にさせないよう微笑んだ。

「大丈夫ですよ。私の机に入っていたことにしておきますから」

 するとサーザント子爵令嬢はすぐに頭を下げてきた。

「……わざわざすみません」
「いいえ、むしろ私の方こそ変なことに巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
「私ならぜんぜん大丈夫です。……それでミルフォード侯爵令嬢はどうされるのですか?」
「うーん……」

 私は頬に手を当てながら悩む。正直、王太子殿下の罠じゃないのかと疑ってしまっているからだ。

 仕方ないわよね。今までのことを考えれば。でも……

 私は手紙を見つめる。もしも、この手紙の内容が本当なら、かなり有益な情報になるからだ。

 会ってみる? 次に仕掛けてくる時は私だけじゃなくミルフォード侯爵家にも被害が出るかもしれないものね……

 そう考え、私は頷いた。

「行ってみようと思います。ただし何かあった時のために誰かに一緒に来てもらおうと思っていますが」

 そう答えるとサーザント子爵令嬢が勢いよく手を上げた。

「私が一緒に行きます……と言いたいところですが、力不足なので良い案があります」
「良い案ですか?」
「はい、風紀委員である第二王子殿下に護衛として一緒に行ってもらいましょう。あの方と一緒なら、おいそれと手出しはできませんから」

 サーザント子爵令嬢は胸を張ってそう言ってくる。しかし、私は首を横に振った。

「それだけはダメです。王太子殿下の件に第二王子殿下を巻き込んだら、大事になる可能性がありますから。なので、守衛辺りに頼んできますね」

 私は早速教室を出ようとすると、サーザント子爵令嬢が慌てて回り込んできた。

「だ、第二王子殿下は大丈夫です! だから、安心して任せて下さい! じゃあ、私呼んできますね!」

 サーザント子爵令嬢はそう言って教室を飛び出して行ってしまったのだ。

「あっ、待って!」

 私は慌てて追いかける。だが、教室を出た時は既にサーザント子爵令嬢の姿は廊下にはなかった。

 どうしよう……。このままだと王家を巻き込んだ大事に発展してしまう可能性があるわ。何か手を打たないと。

 私は必死に考える。そしてポケットから万年筆を取り出した。アルフォンス先生からもらった危険を知らせる魔導具である。

 確認して嘘だったらすぐ逃げる。本当だったとしても日を改めてもらう。これなら、一人でも行けるし第二王子殿下を巻き込まないで済むはず。

 私は頷いた。

「きっと大丈夫」

 そう判断した私は教室を飛び出すのだった。



 あれから、私は屋上へ続く扉の前に到着していた。

「さあ、どっちなの……」

 私は一呼吸置いてから万年筆を取り出す。そしてホッと胸を撫で下ろした。

 敵意はないみたい。そうなるとあの手紙の内容は本当だったということ?

 そう思ったら、私はこの扉の向こうにいるであろう人物に少し期待してしまった。もしかしたら婚約解消……いや、王太子殿下の問題で婚約破棄ができると思ったから。だが、すぐに頭を振りその考えを追い払った。

 ダメ。罠の可能性だってまだあるのだから。

 私は気を引き締め、音を立てないよう慎重に扉を開いていく。しかし、少し開いたところで私は慌てて扉を閉じ後退った。なぜなら髑髏の仮面を付けた黒いローブ姿の人物が屋上の真ん中に立っていたからだ。

「なぜ、ここに……」

 そう呟いた時、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえ私は振りかえった。

「第二王子殿下……」

 どうやら、サーザント子爵令嬢がすぐに接触したらしく追いつかれてしまったらしい。第二王子殿下は走ってきて私の前に来るとホッとした表情をした。

「ふう、間に合った。一人で行くなんて危ないよ」

 そう言って、両膝に手を当て荒い呼吸をする第二王太子殿下に私は頭を下げた。

「すみません。ただ、王太子殿下と私の問題に第二王子殿下を巻き込むわけにはいかなかったのです」
「ああ……なるほど。王族争いを気にしているんだね。じゃあ、大丈夫だよ。兄上はどっちみち終わりだから」
「……どういうことですか?」

 思わずそう尋ねてしまう。しかし、第二王子殿下はただ笑みを浮かべるだけで私の横を通り過ぎていく。そして、屋上へ続く扉に手を伸ばそうとしたのだ。私は慌てて声をかける。

「第二王子殿下、屋上は危ないです!」

 すると、声に驚いたのか第二王子殿下は一瞬肩を震わせ動きを止める。しかし、すぐ振り向かずに質問してきた。

「……危ないって?」
「扉を少し開けた時、私が乗った馬車を襲撃した犯人を見たんです」
「……そうなんだ。なら、安心して。僕が倒してあげるから」

 第二王子殿下は振り向いて笑顔を見せてくる。

「えっ……」

 私は一瞬、理解できずにいたが扉を開ける音で我に返った。

「第二王子殿下、いけません」
「はは、僕なら大丈夫だよ」

 第二王子殿下はなぜか楽しげにそうに言うと、短杖を構え魔法を唱えたのだ。

「ファイアバースト!」

 第二王子の持つ短杖の先から大きな炎の玉が飛び出し襲撃犯に向かって飛んでいく。その光景を見て私は思わず目を見開いてしまった。まさか、いきなり魔法で攻撃するなんて思わなかったから。

 何を考えているの……

 そう思ったと同時に襲撃犯に攻撃が当たり火柱が上がった。

「うっ……」

 熱風と焦げた臭いがきて私は思わず後退る。すると第二王子殿下が私の方を振り向き笑い出したのだ。
 
「はははっ! ねえ、今の見た? 僕って凄いでしょ!」

 そう言って胸を張る第二王子殿下に私は何も言えなかった。いや、あまりにも驚き過ぎて言葉が出なかったのだ。すると、そんな私に第二王子殿下は不満顔を向けてきた。

「なんで、喜ばないのかな。ミルフォード侯爵令嬢の馬車を狙った悪党を倒したんだよ」
「でも……」

 私はやっと出てきた言葉を発した後、黒く焦げた地面を見つめていると第二王子殿下が顔を顰めながら詰めよってきた。

「ねえ、君を助けたんだよ。それとも、僕じゃ不満なのかな?」
「不満? 何を仰っているのですか?」

 私は思わず首を傾げる。すると第二王子殿下は私を睨んできた。

「わかってるんだ。君があいつに惹かれてるのを!」

 そう第二王子殿下が叫んだ瞬間、私はなぜかアルフォンス先生の顔を思い浮かべでしまう。しかも、昨日のことを。思わず万年筆をそっと握りしめていると第二王子殿下が頭を掻きむしり出したのだ。

「くそ、何で全然上手くいかないんだ! これじゃあ、前回と一緒じゃないか。ああ、面倒臭い。もう、兄上やあいつじゃなく僕を選んでよ!」
「な、何を先ほどから言っているのですか?」

 私は驚き尋ねるが第二王子殿下はその問いに答えることなく俯き、爪を噛み始めた。そんな第二王子殿下の姿を見て私は不安になってしまった。

 まさか嘘よね……

 私はゆっくり一歩づつ後ろに下がる。しかし、そんな私の耳に第二王子殿下の声が聞こえてくる。

「あの事故で記憶を失くしたと聞いたから今度こそと思ったのに……。もしかして嘘かもと思ってダメ押して襲ったのが悪かった? でも、僕のことを忘れてくれた時は嬉しかったなあ。なのに何でだよ!」

 俯きながら叫んだ後、第二王子殿下は荒い呼吸をする。しかし、しばらくすると大きく息を吐いた。

「……こうなったら、とっておきの話をするしかないな。ねえ、ミルフォード侯爵令嬢」

 そう言って第二王子殿下は私を見つめ、笑みを浮かべたのだ。
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