上 下
36 / 55

36

しおりを挟む

 第二王子殿下と別れ、軽い足取りで教室に入ったのだが中はなぜか重苦しい雰囲気が漂っていた。
 しかも、何人かが怯えた目で私をチラチラと見てきたのである。まあ、すぐその理由がわかってしまったが。

 また、何か仕掛けてくるのかしら……

 鋭い視線を向けてくる王太子殿下に私は溜め息を吐いた。

 今日はもう早退すべきかしら……。何せご友人達が私を貶める行動を今もどこかでしてるかもしれないもの。

 王太子殿下の周りの空席を見ながらそう思っていると、アルフォンス先生が教室に入ってきた。それでいったん私は王太子殿下達のことを頭から振り払う。しかし、今度はサーザント子爵令嬢のことを思い出してしまった。

 追いかけるべきだったかしら……

 隣りの空席を見ながら、若干後悔の念に駆られる。しかしすぐその考えを否定した。

 きっとアルフォンス先生と今は顔を合わせたくないだけよね。

 そう判断し、ノートを後で見せてあげようと思っているとアルフォンス先生が黒板を軽く叩く。

「今日は魔術紋様の授業だ。こいつを魔法杖で描けば大気中に漂う自然の魔力を使用して、魔法の威力を上げたりすることができる。他にも魔導具作成や錬金術など用途は沢山あるから、しっかり覚えておけよ」

 そう言うと黒板に魔術紋様を描き始めたのだ。その瞬間教室中からいくつもの感嘆の声が上がる。なぜならアルフォンス先生が描く魔術紋様が教材に描かれているものより遥かに美しかったからだ。
 
「あの速さであんなに複雑な紋様を美しく描けるなんて……」

 私は思わず呟くと、ノートに描き写すことを忘れ黒板を眺めてしまった。だが、しばらくして溜め息を吐く。なぜなら王太子殿下の不満気な声が聞こえてきたから。

「そんな授業より、できれば魔王軍の生き残りについての授業をしてほしい。ああ、ついでに闇魔法についてもだ。皆だって聞きたいよな?」

 王太子殿下は周りを見回す。すると、何人かは私の方をチラチラと見ながら頷いた。

「はい、聞きたいです……」
「僕も魔王軍の生き残りがどこにいるのか聞きたい」

 それからも何人かの生徒が同じようなことを言ってくる。その光景に王太子殿下は満足そうに頷くと私を睨んできたのだ。私は顔を思い切り顰めてしまう。今のやり取りが私を貶める為の行動だと理解したから。

 私が魔王軍の生き残りを庇っているとでも言いたいの?

 そんなことを思っていると、黒板が強く叩かれた。その音の大きさに皆驚き黒板の方を向くと、背を向けたままアルフォンス先生が溜め息を吐いた。
 
「こいつは来週のテスト範囲でもあるんだが、ずいぶんと余裕があるな。まあ、やらないで良いのなら構わないが……点数次第でお前達はアリスティア生誕祭の日に学院で補習になるぞ」

 そう言って再びアルフォンス先生は魔術紋様を描き始める。すると、何人かの生徒は不満顔を向けたが大半は慌ててノートをとり始めたのだ。
 その光景に王太子殿下は顔を真っ赤にして歯軋りする。私は思わず吹き出しそうになった。

 何か仕掛けてこようとしたみたいだけれど、タイミングが悪かったわね。

 私は口元を手で押さえていると、王太子殿下は勢いよく立ち上がると教室を出て行ってしまったのだ。
 その様子を皆と共に呆気にとられながら見ていると、アルフォンス先生が振り返り溜め息を吐いた。

「放っておけ。バカなことをしようとして恥をかいたんだ。頭を冷やす時間がいるだろう。全く、兄弟揃って何を考えてるんだ……」

 そう言ってアルフォンス先生は廊下の方にチョークを投げる。慌てて第二王子殿下らしき人物が走り去っていくのが見えた。

 何で第二王子殿下がうちの教室の前に?

 私は首を傾げていると、アルフォンス先生が黒板を叩く。

「いいか。ああいう自分本意の奴に合わせると碌な道にはいけないぞ。たとえ、それが偉い地位にいる奴だったとしてもな。ああ、それと……片方の意見だけでなく、自分の目で見て調べたことだけを信じろ。いつか痛い目に遭いたくなければな」

 アルフォンス先生は私を一瞥した後に再び授業を再開しだした。そんなアルフォンス先生にもう不満顔を向けるものはいなかった。きっと、言ってる意味を理解したからだろう。
 聖エールライト魔法学院に入学できるのは優秀な者だけだから。まあ、入学できる者が全て優秀じゃないことは今日証明されてしまったわけだけれど。

 それにしても……

 私はアルフォンス先生の後ろ姿を見つめる。もしかしたら私の事を助けてくれたのかもしれないと思ってしまったからだ。しかし、すぐにその考えを否定する。

 先生として当たり前のことを言っただけよね。でも、それでも……

「ありがとうございます」

 私は小声で礼を言うと、そっとアルフォンス先生に頭を下げるのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

敵対勢力の私は、悪役令嬢を全力で応援している。

マイネ
恋愛
 最近、第一皇子殿下が婚約者の公爵令嬢を蔑ろにして、男爵令嬢と大変親しい仲だとの噂が流れている。  どうやら第一皇子殿下は、婚約者の公爵令嬢を断罪し、男爵令嬢を断罪した令嬢の公爵家に、養子縁組させた上で、男爵令嬢と婚姻しようとしている様だ。  しかし、断罪される公爵令嬢は事態を静観しておりました。  この状況は、1人のご令嬢にとっては、大変望ましくない状況でした。そんなご令嬢のお話です。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

婚約破棄ですか?それは死ぬ覚悟あっての話ですか?

R.K.
恋愛
 結婚式まで数日という日──  それは、突然に起こった。 「婚約を破棄する」  急にそんなことを言われても困る。  そういった意味を込めて私は、 「それは、死ぬ覚悟があってのことなのかしら?」  相手を試すようにそう言った。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  この作品は登場人物の名前は出てきません。  短編の中の短編です。

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

皇太子殿下の御心のままに~悪役は誰なのか~

桜木弥生
恋愛
「この場にいる皆に証人となって欲しい。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタは、レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティに婚約者の座を降りて貰おうと思う」 ウルグスタ皇国の立太子式典の最中、皇太子になったアーサーは婚約者のロベリアへの急な婚約破棄宣言? ◆本編◆ 婚約破棄を回避しようとしたけれど物語の強制力に巻き込まれた公爵令嬢ロベリア。 物語の通りに進めようとして画策したヒロインエリー。 そして攻略者達の後日談の三部作です。 ◆番外編◆ 番外編を随時更新しています。 全てタイトルの人物が主役となっています。 ありがちな設定なので、もしかしたら同じようなお話があるかもしれません。もし似たような作品があったら大変申し訳ありません。 なろう様にも掲載中です。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

気がついたら乙女ゲームの悪役令嬢でした、急いで逃げだしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 もっと早く記憶を取り戻させてくれてもいいじゃない!

殿下へ。貴方が連れてきた相談女はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は邪魔な悪女のようなので黙っておきますね

日々埋没。
恋愛
「ロゼッタが余に泣きながらすべてを告白したぞ、貴様に酷いイジメを受けていたとな! 聞くに耐えない悪行とはまさしくああいうことを言うのだろうな!」  公爵令嬢カムシールは隣国の男爵令嬢ロゼッタによる虚偽のイジメ被害証言のせいで、婚約者のルブランテ王太子から強い口調で婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚だったためカムシールは二つ返事で了承し、晴れてルブランテをロゼッタに押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って明らかに〇〇からの〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  真実に気がついていながらもあえてカムシールが黙っていたことで、ルブランテはやがて愚かな男にふさわしい憐れな最期を迎えることになり……。  ※こちらの作品は改稿作であり、元となった作品はアルファポリス様並びに他所のサイトにて別のペンネームで公開しています。

処理中です...