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「エレーヌお嬢様、いってらっしゃいませ」

 笑顔でそう言ってくるマシューに私は頷くだけにして屋敷を出る。あれから、マシューは私と余計な話しをいっさいしなくなった。おかげでドノバンがどうなったのかも、あの不快感が何なのかも今だにわからないままである。

 困ったわね。他にも知りたいことがあるのに……

 私は頬に手を当て悩んでいると、馬車の御者台からコーデリア先生が声をかけてくる。

「エレーヌお嬢様、準備ができましたよ」
「わかりました。でも、良いのですか? 医師のコーデリア先生に御者なんてさせてしまって……」

 私が申し訳なく思いながらそう言うとコーデリア先生は首を横に振る。

「全然、大丈夫ですよ。むしろ外の空気が吸いたかったので……」

 そう答えてくるコーデリア先生はどこか疲れているようだった。

 ロイドの看病が大変なのかしら? それとも……

 私は倒れている侍女を思い出しコーデリア先生の方を向く。

「……では、よろしくお願いします」

 結局、言いたい事を言えずに私は馬車へと乗り込んだ。尋ねることが直前で怖くなってしまったのだ。コーデリア先生がマシューみたいになってしまうことに。

 それに尋ねたところでコーデリア先生もきっと話してはくれないわ。それなら、マシューみたいになるより今のままでいてほしいもの……

 諦めたように私は溜め息を吐く。そして、動き出す馬車の中で意味もなく外を眺めるのだった。



 あれから学院に到着した私はコーデリア先生と別れ教室に向かっていたのだが、見覚えのある声が中庭から聞こえてきて立ち止まった。

 今のはアルフォンス先生よね? しかも、なんだか怒っているようだったわ。

 つい興味が沸き、声がした中庭の方を向くとアルフォンス先生が怒った表情で去っていく姿が見えた。

 何だったのかしら?

 首を傾げながら去っていくアルフォンス先生を眺めていると、今度はサーザント子爵令嬢が中庭から私のいる廊下に現れる。そして私を見た直後警戒した表情をしてきたのだ。正直、この状況が理解できない私は思わず尋ねてしまった。

「あの、サーザント子爵令嬢、どうされたのですか?」

 すると、サーザント子爵令嬢は明らかにホッとした表情を浮かべ淑女の礼をしてきた。

「おはようございます。ミルフォード侯爵令嬢。ちょっとバカをやってしまいまして怒られちゃったんです。だから気にしないで下さいね」

 そう言ってくるサーザント子爵令嬢に私は頷く。まあ、少し興味があったのは確かだが、よくよく考えたら他人の事に首を突っ込むのは良くないと思ったのだ。

「わかりました。でも、何か私に力になれる事があれば言って下さいね」
「ありがとうございます。はあっ……やっぱり優しいなあ。ああ、本当、困っちゃうなあ。もう……」

 そう言った後、サーザント子爵令嬢はハッとすると笑い出す。

「あはははは、そ、そうだ、私用事を思い出したので先に行ってますね!」

 そう言うと、私の返事も待たずにサーザント子爵令嬢は教室とは逆の方向に走り出したのだ。そのため、慌てて引き止めようとしたが、サーザント子爵令嬢はあっという間に曲がり角を曲がってしまった。

「どうしよう……」

 サーザント子爵令嬢を連れ戻そうか迷っていると、曲がり角から第二王子殿下が出てきた。私は一瞬身構える。しかし、笑顔の第二王子殿下を見てホッとし、淑女の礼をした。

「第二王子殿下、おはようございます」
「うん、おはよう。なんだか凄い勢いでサーザント子爵令嬢が走っていったけれど何かあった?」
「いえ、何か用事を思い出したらしくて」
「そっか、なら問題ないね。ところで屋敷の方、大変だったみたいだね」

 最後の方は小声でそう言ってくる第二王子殿下に私は苦笑する。

「第二王子殿下の方にも話がいってましたか……」
「僕の情報源から流れてきたんだ。ちなみにまだ、兄上達は何かしようとしてるみたいだけれどね」
「……そうでしたか」
「だから、僕の方でも何かわかったら知らせてあげるよ」
「よろしいのですか?」

 私は思わず尋ねてしまう。それはそうだろう。今の発言は身内を売るようなものだし、第二王子の立場ならそれを上手く使って王太子の座を手に入れることもできるかもしれないのだ。しかし、第二王子殿下は首を横に振ってきた。

「父上は僕に期待してないし僕自身も王太子の座に興味がないからね」
「そうなのですか?」
「まあ、やれと言われたらやるしかないけど、僕はそれよりも欲しいものが……」

 そう答えた後、第二王子殿下は突然口元を慌てて押さえてしまう。

「い、いや、とにかくそういう事だから何かわかったら教えるね……じ、じゃあ、僕行くね」

 第二王子殿下は口元を覆った状態でそう言うと足早に去っていってしまう。そんな第二王子殿下に私は少し心配になってしまったが、それ以上にホッとした。これで王太子殿下に対処ができる可能性が増えたから。

 良かった。本当に第二王子殿下には感謝しきれないわね。

 そう思いながら第二王子殿下が去っていった方を眺めていたらある考えが思い浮ぶ。それは第二王子殿下が欲しいと言っているものを私でも手に入れられるなら、この件が上手くいったらお礼も兼ねてプレゼントしようと考えたのだ。

 我ながら良い案ね。じゃあ、今度、第二王子殿下にお会いした時に欲しいものを聞いてみましょう。

 私はそう判断すると、軽い足取りで教室へ向かうのだった。
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