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29 バリーside

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 計画通りミルフォード侯爵令嬢に嘘を吐いた後、俺、バリー・シールドは屋敷に向かっていた。

 怪我人が出ないようにも考えないといけないし……誰にも会わなければ無難に応接室かなあ。

 そう思った時、応接室に入ってきたミルフォード侯爵令嬢の姿を思い出してしまった。

 うーん、雰囲気が変わるとあそこまで良い女に見えるんだな。ケルビン殿下なんて正直、見惚れていてやばかった。もし、ミルフォード侯爵令嬢のケルビン殿下を煽る言葉がなかったら作戦は失敗していたかもしれないな。

 俺はそう考えながら、やはり、ミルフォード侯爵令嬢は記憶喪失なんじゃないかと思ってしまった。それは上手く隠してはいたが、ミルフォード侯爵令嬢はケルビン殿下に嫌悪感に近い感情を持っているのが俺にはわかってしまったから。

 ミルフォード侯爵令嬢は誰よりも殿下の事が好きというか執着していたからな。だから、あのミルフォード侯爵令嬢の態度はあり得ないんだよ。
 ……はあっ、もしケルビン殿下が心変わりしてくれたらまたルイーザにって思ったんだけどなあ。

 俺はそう思いながら、ルイーザに初めて会った日を思い出す。彼女は初めて来た王都で右往左往していたのを俺が助けたのだ。そこから案内をしたりして段々と仲良くなったのだが、いつの間にかケルビン殿下達が周りにいるようになっていたのだ。
 まあ、仕方ない。自由を象徴するようなルイーザは俺達みたいな堅苦しい貴族世界にいる者にとっては眩しく見える。だから、惹かれるてしまうのは当然だった。中でもルイーザとケルビン殿下の仲は特別になっているように俺には見えた。だから、俺は自分の気持ちを押し殺したのだ。

 俺にとってはケルビン殿下もルイーザも同じくらい大事な存在だからな。いや、ケルビン殿下はもっと大事な存在だったな。なにせこの国の王太子だもんな。

 俺は頭をかきながら苦笑した後、真顔になる。

 だから、ケルビン殿下のためにも俺が頑張ってやらないと。

 そう思いながら、誰にも会う事なく目的地の応接室に入っていく。

「運が良かった。これで場所を変えなくて済む」

 俺はそう呟きながら室内を見回し、窓付近に目がいくと魔導具を取り出し床に置いた。

 窓を少し開けておけば、煙が出て外に合図として伝わるだろう。

 そう判断して窓を少し開けると魔導具のスイッチを押し、火を点けた。

 後は戻って何事もなかったようにすれば俺の仕事は終わり。もし、疑われてもシラをきれば良い。グリーンシス公爵が何とかしてくれるだろう。

 そう思った時、背中に衝撃と共に痛みが走ったのだ。俺は思わず後ろを振り返り、そして唇を噛んでしまう。なぜなら、目の前にはミルフォード侯爵令嬢の従者が立っていたからだ。

 くそっ、いつの間に……

 俺はそう思いながら、従者が手に持っている血に濡れたナイフを見て顔を歪めた。

「……刺す前に一言あっても良かったんじゃないか?」

 俺は必死に痛みに耐えながらそう聞くと、従者はナイフを構え直しながら答えてくる。
 
「屋敷に火を点けようとする危ない奴にわざわざ言うか!」

 従者はそう叫ぶと、俺に向かってくる。正直、その速さに俺は追いつけなく腹に痛みが走る。

「うっ……」
「ふん、やはり、後を追って正解だった。これであの馬鹿とエレーヌお嬢様の婚約は解消される。理由を作ってくれたお前には心の底から礼を言うよ」

 倒れた俺に従者は嬉しそうにそう言うと、火がついた魔導具と壁に花瓶の水を撒いて消火してしまう。その光景を見た俺は悔しくて歯軋りしてしまった。

 だから、火を点けるまで待っていたのか……。くそっ、すまない。失敗してしまった。

 朦朧としてくる意識の中、俺はケルビン殿下に心の中で謝り続ける。すると、なぜか従者の慌てた声が聞こえてきたのだ。

「どいうことだ? 扉が開かない……これは煙? まさか!」

 俺は従者の焦った声がする方に顔を向け、思わず口元が緩んでしまう。

 全く、グリーンシス公爵は抜け目ないな。いや、最初から俺ごとやろうとしていのか? まあ、もうどうでも良いか。

 そう思いながら口を開く。

「扉の向こう側は……大変な事になっているだろうな……」
「なっ……」

 従者は驚愕の表情を浮かべて扉を叩きはじめる。それを見た俺は思わず笑みを浮かべた。

 焦って窓から出るって考えが消えているな。

 そう思っていると煙が扉の隙間から応接室にどんどん流れてくる。そして従者は遂に膝をつき激しく咳き込み出したのだ。それを見た俺は満足して目を閉じる。

 悪いがお前が生きてるとケルビン殿下に不利になる。

「だから……一緒に付き合えよ……」

 そう呟くと俺は意識を手放すのだった。
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