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 今日は王太子殿下がうちにやって来る日である。正直、憂鬱でしかなかった。

「本当に何の用かしら……」

 私はそう呟きながら、上品なドレスに薄化粧をした姿見に映る自分を見つめる。本当はもっと派手で濃い化粧をルネにされたのだが、チェックにきたマシューの指示でこっちに変更したのだ。

 私もこっちの方が好みだわ。ただ、ちょっとサイズがあっていないみたいだけれど。

 そう思いながら姿見から離れると、ロイドがこちらをボーッとしながら見ていたので声をかける。

「王太子殿下が来たらさっさと要件を聞いて帰ってもらいましょう」

 そう言うとロイドはハッとした後、慌てて頷いてきた。

「はい。それが良いです。きっとお嬢様を不快にすることを言ってきますよ」
「……そうね。本当に憂鬱だわ」

 私は溜め息を吐いていると、扉が叩かれルネの声が聞こえてくる。

「ケルビン・ローライト王太子殿下が来ました」
「わかったわ……」

 私はロイドを連れ、仕方なく王太子殿下の待つ応接室へと向かった。しかし、着いた早々に顔を顰めてしまう。なぜなら王太子殿下の周りにはバリー・シールド侯爵令息と五人の護衛がいたから。

「ずいぶんと警戒されているようですね……」

 そう言って微笑むと、なぜか王太子殿下は目を見開き口を開けたまま黙ってしまう。正直、その態度に馬鹿にされているのだろうかと思っていると、王太子殿下の様子に気づいたシールド侯爵令息が苦笑しながら答えてきた。

「すみません。最近、物騒な事件があったみたいで王太子殿下には十分な護衛をつけているのですよ」

 学院にいる時と違って丁寧な言葉使いで言ってくるシールド侯爵令息に私はなるほどと納得する。

「確かに王太子殿下はこの国を将来背負われる方ですから当然でしたね。なら、なぜ王宮に私を呼ばずにこの屋敷を指定されたのですか?」
「……それは、久しぶりに王太子殿下がミルフォード侯爵家に行きたいと駄々を捏ねまして、ははは」

 シールド侯爵令息は頭をかいた後、肘で王太子殿下の体をこずく。すると、王太子殿下はやっと我に返ったらしく慌てて頷いた。

「そ、そうなんだ。それにエレーヌ、お前とは色々とわだかまりもあったからそれを取り除きたいのもあった。それで、お前にとっては落ち着いて話が聞けるだろう屋敷の方が良いかとな……」

 そう言ってチラチラこちらを見てくる王太子殿下に私は内心疑いの目を向けてしまう。それはそうだろう。散々、私を敵視していたのだ。それなのにこの発言と目の前の態度である。信用できるわけない。だから、私は何とか微笑んだ後に口を開く。

「王太子殿下は本当にお優しい。ああ、そういえばルイーザ・スミノルフ男爵令嬢には特にそうでしたわね」

 私は口角を上げると、王太子殿下は明らかに不快そうに顔を歪めた。それで私は理解してしまう。王太子殿下は私との仲を深めようなど思っていなく、別の意図があってここに来たことを。

 本当に何のようなのかしら?

 私がそんな事を思っていると王太子殿下が突然、立ち上がった。

「少し、外の空気が吸いたい。エレーヌ、確か庭の方にテラス席があったな。そこに行くぞ」
「……わかりました」

 仕方なく私は立ち上がるが、ふとお母様の言葉を思い出してハンカチを取り出した。

「王太子殿下が来ると聞きまして一生懸命縫ってみました」

 そう言うと王太子殿下は無言でしばらくハンカチを見つめていたが、雑に掴むと護衛を連れて部屋を出ていってしまう。すると残っていたシールド侯爵令息が申し訳なさそうに頭を下げてきた。

「すみません……」
「気になさらないで下さい。渡せたので問題ありませんから」
「えっ、どういう事です?」

 そう尋ねてくるシールド侯爵令息に私は微笑むだけにして部屋を出る。それから、先にテラス席に行ってしまった王太子殿下に追いつくと私は堂々と溜め息を吐きながら席に着いた。そんな私に気づく様子もなく王太子殿下は庭の方を見ていたので黙っていると突然シールド侯爵令息が大声を出したのだ。

「あれ、ないぞ!」
「どうしたバリー?」

 王太子殿下はすぐに振り向くと、シールド侯爵令息は頭をかきながら答えてきた。

「大事なものを落としてしまったみたいだ。ちょっと探してくる!」

 そう言って急足で屋敷に向かっていく。それを、私が心配になりながら見ていると王太子殿下が声をかけてきた。

「すぐに見つかるだろうから気にするな。それより、庭の手入れをしたんだな」
「……ええ、最近庭師を三人雇う事ができまして」

 私はそう答えながらあの日あったことを思い出し、身震いしていると王太子殿下が冷めた視線を向けてくる。

「ずいぶんと余裕があるな」
「……どういう意味ですか?」
「ミルフォード侯爵家は領地無しで碌な公務もしていないんだぞ」
「えっ……」

 私は驚いてしまった。なにせお父様は休みなく、毎日ローライト王国のために仕事をなさっているとお母様から聞かされていたからだ。そんな私の様子に王太子殿下は気づき神妙な面持ちで質問してくる。

「……その様子だとお前本当に知らないのか?」
「そ、その……」

 思わず口籠ってしまう。それは「お母様には聞かされているけれど、王太子殿下と言っている事が違います」と言って良いのか迷ってしまったのだ。

 どちらが正しい事を言っているの?

 思わず悩んでしまうが、すぐに王太子殿下が何か意図があってこの屋敷に来た事を思い出す。

 そうだったわ。正直、王太子殿下の言っている事はあまり信用しない方が良いはず。そうなると、記憶喪失を利用して「よくわからないです」と答えるしかないわね。

 そう判断して口を開こうとしたら、先に王太子殿下が私に質問してきたのだ。

「……おい、お前の従者はどこに行った?」
「どこってロイドは後ろにいますよ」

 そう答えた後、私は固まってしまった。なぜなら、後ろにいると思っていたロイドがいなくなっていたからだ。
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