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26 ラルフside
しおりを挟む「待て、ラルフ」
そう言って出かけようとした僕、ラルフ・レインコールを呼び止めたのはレインコール伯爵であり、アリスティア教司祭でもある父ブラフである。そんな父が一冊の本を僕の前に出してきた。しかも表紙が赤黒くなっていて題名のない本である。思わず顔を顰めてしまった。
「あまり良さそうなものには見えないけれど、これは何の本?」
「闇魔法を研究した本だ」
「……それをなぜ今?」
「グリーンシス公爵に頼まれ、デビット・バーレンの遺体を調べた。それで、これに行き着いたのを跡継ぎであるお前に教えたかったからだ」
「えっ……いやいや、闇魔法ってそれは流石にないでしょう。だって、ここは王都だよ?」
「だが、現に心臓を抜き取られている。しかも三人だ。闇魔法の力を譲度する儀式に使われる以外考えられん」
そう断言するように言ってくる父に僕は呆れてしまう。
「いや、他にもあるでしょう……。それに魔王軍の残党がこのローライト国王内にいるなんてあり得ないよ。聖女アリスティア様の末裔がいるんだよ?」
「現当主のミルフォード侯爵は聖魔法が使えん。それに……ミルフォード侯爵家は闇魔法の研究していたんだ」
「はっ⁉︎」
思わず驚いてしまう。そんな僕に父は真剣な顔で言ってきた。
「敵を知るために私を含めたアリスティア教団の上層部と共同で闇魔法の研究していたんだ。ちなみにこれは機密情報だから絶対に誰にも言うなよ」
「わ、わかったけれど……じゃあ、デビット達はミルフォード侯爵家の誰かに殺されたということ? 何のために?」
「わからんから、これからグリーンシス公爵に相談してくる」
そう言うと父は僕に本を渡して去っていった。
「いや、渡されても困るんだけど……」
そう呟きながら僕は本を開く。案の定、全く理解できなかった。
魔人語と呼ばれる文字に儀式絵が描かれているという事ぐらいしかわからないよ。でも、大変な話を聞いてしまったな。この事はケルビン殿下に話すべきなんだろうけれど……
父の言葉を思い出し僕は悩んでしまう。
話すとレインコール伯爵家の立場が悪くなりそうだし、話さなければケルビン殿下やバリーが危険になる可能性が……。うーん、どうすべきかな。
僕はしばらく腕を組み考える。そして一つの答えが出たため頷いた。
まだ、ミルフォード侯爵令嬢から返事はないしグリーンシス公爵の出方を待つかな。うん、そうしよう。
「という事でまずはブローチの件だね」
僕は早速ポケットから紙切れを取り出す。これは数日前、ルイーザのところに来た手紙の内容をメモさせてもらったものだ。内容はレイノルの婚約者であるライラ・フレバン伯爵令嬢からで、ブローチの件で話がしたいとのことだった。
僕がブローチの件を調べているのを知っていたルイーザがわざわざ教えに来てくれたのだ。ただ、不安もあったのだろう。教えに来てくれた時、ルイーザは少し怯えていた。
まあ、仕方ない。フレバン伯爵令嬢は一時期、レイノルとの仲を疑うルイーザを激しく睨んでいたから。だから、フレバン伯爵令嬢と会う日は僕も同行することにしたのである。
それに、フレバン伯爵令嬢は幻惑魔法も使えるからそこを確認したいのもあるんだよね。
なのに、今日フレバン伯爵令嬢に会いに行くために出かけようとしていたら、父に呼び止められてしまったのだ。
まずい、約束の時間に遅れる!
僕は時計を見て慌てて屋敷を飛び出し馬車に乗り込む。
「郊外の孤児院に急いで向かって!」
「わかりました」
御者はそう答えると馬車をいつもより速く走らせる。そのスピードに僕はホッとする。
「これなら待ち合わせ時間に間に合うな」
そう呟いた後、僕は再び紙切れを取り出す。
相手との話し合いは孤児院の裏か。変な場所を指定してきたけど、誰にも聞かれたくないことなのかな……
「まあ、行ってみればわかるか」
そう呟きながらも頬が緩む。孤児院といえばルイーザと初めて会った場所だから。僕はルイーザと初めて会った日を思いだす。ルイーザは僕が絵本を読み聞かせしにいく孤児院の手伝いをしていたのだ。
その縁で仲良くなったのだが、ある日、四歳ぐらいの男の子が外に遊びに行ったままいつまで経っても帰ってこなかったのだ。
正直、あの時、僕は怒りを感じていた。それは人攫いに遭ったのだろうとシスター達は諦めてすぐに探すのをやめてしまったのだ。そんなシスター達に僕は怒ろうとしたのだがルイーザが先に怒って説教をしたのだ。
更にはその後、暗くなるまで探し歩き、孤児院の先にある崖の下で子供を見つけ保護したのである。
本当なら僕もルイーザに告白したいけど、ケルビン殿下と寄り添いながら楽しそうに話す姿を見たらねえ……
「勝ち目はないよ。ははは……はあっ……」
僕は大きく溜め息を吐いた後、しばらく俯いていたが勢いよく顔を上げて頬を叩く。
「ルイーザに泣き顔は見せられない。だから、笑顔を作らないとね」
そう呟き孤児院に到着するまで僕は必死に笑顔を作る練習をするのだった。
◇
「やあ、ルイーザ」
子供達に読み聞かせしているルイーザに声をかけると手を振ってきた。
「あっ、ラルフ! ちょっと待っててね」
そう言って再び子供達に読み聞かせを始める。そんな姿を見て僕は頬を緩ます。
ルイーザは本当に優しいな。やっぱり、元々孤児院出身だったのもあるから貴族令嬢みたいな冷たさや無駄な張り合いをしないんだろうなあ。スミノルフ男爵家は素晴らしい女性を養子にできて幸せだろうね。
そう思いながらボーッとルイーザを眺めいたら読み聞かせが終わったのかこっちに手を振って向かってくる。
「ごめんねラルフ!」
「良いよ。僕も少し休憩したかったからね。じゃあ、そろそろ行こうか」
「うん」
ルイーザは元気よく返事をして僕の横に並ぶ。それが嬉しい反面悲しくもあった。
こういう事がいつまでできるのかなあ……
そう思いながらルイーザを横目に見て必死に自分の気持ちを抑え続ける。そんな事をしていたらすぐに待ち合わせ場所に着いてしまった。
「まだ、来てないね」
ルイーザは辺りをキョロキョロしながらそう言ってくるので、僕は時計を見る。
「うーん、おかしいな。待ち合わせ時間はぴったりなんだけど。もしかして僕に警戒しちゃったかな……。ごめんね、ルイーザ」
「ううん、気にしないで。むしろ、生徒会に所属しているラルフに言えないようなことなら、碌なことじゃないってことだよ」
「確かにそうだね。じゃあ、どうする?」
「もう少しだけ待ってみよう」
「わかった」
それから、しばらく待ち合わせ場所で待ったが、フレバン伯爵令嬢が来る気配はなかった。
なので、もう帰ろうかと考えていると、御者らしき人物が駆け寄ってきて僕達に声をかけてきたのだ。
「すみません。私はフレバン伯爵家の御者をしておりますロブと言います。こちらにライラお嬢様は来ていませんでしょうか?」
「えっ、来てないけれど」
そう答えると、ロブが心配そうに辺りを見回した。
「……おかしいですね。戻ると仰られていた時間をかなり過ぎていたので心配になって来たのですが……」
そう言ってくるロブに僕は思わず驚いてしまう。
「ち、ちょっと待って……。もしかして約束の時間より早くフレバン伯爵令嬢って来てたの?」
僕はロブに待ち合わせ時間を伝えると頷いてきた。
「その時間より一時間前に来ていました」
「どういう事だろう……」
そう呟いた僕をルイーザが心配そうに見つめる。
「もしかして場所を間違えてるのかも。心配だから探しに行こうよ」
「うん、そうだね」
僕は頷き早速、孤児院周辺を探し始める。しかし、フレバン伯爵令嬢は見つからなかった。すると、ルイーザが崖のある方を震えながら指差したのだ。
「ね、ねえ、もしかしたらライラさんって自分がブローチを壊した事を謝りたかったんじゃ……」
「けど、良心の呵責に耐えられなくて……。それ、まずいよ……」
僕達はロブに待ち合わせ場所で待つように指示した後、崖へと急足で向かっていく。すると崖の先に何かが置いてあるのが見えた。
「……そんな」
ルイーザが慌てて駆け寄ろうとするのを引き止める。
「僕が行くからルイーザは待ってて」
「わかったわ。気をつけてね」
「大丈夫、確認するだけだから」
そう答え僕は崖の先に歩いていき落ちている物を確認する。
「ハンカチか……」
そう呟きながらハンカチを拾おうとした時、ルイーザの叫び声が聞こえたのだ。
「きゃああーー!」
「ルイーザ⁉︎」
僕は急いでルイーザの方を振り返る。しかし何かが足元で爆発し、気づいた時は僕の体は宙へと舞っていたのだった。
ルイーザ……
僕は薄れゆく意識の中でルイーザを必死に探す。だが、崖下にフレバン伯爵令嬢らしき人物が倒れているのを見たところで僕の意識はなくなったのだった。
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