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 あの後、部屋に戻った私は王太子殿下に手紙の返事を書いた。

「ロイド、この手紙を王宮にお願い」
「……はい」

 ロイドは不満げな顔で手紙を受け取るため、私は思わず溜め息を吐いた。

「私に何か期待されても困るわ」
「わかっていますよ」
「じゃあ、そういう顔をこちらに向けないで」
「……わかりました」

 ロイドは少しムッとした顔で頷くと部屋を出て行ってしまう。私は再び溜め息を吐く。

「どうしたら良いのかしらね……」

 そう呟き窓の外を眺めると三人の庭師の姿が目に映る。どうやら、早速仕事をしてくれているらしい。私はロイドとのやり取りを忘れ、つい目で追ってしまう。先ほどのことを思いだしたからだ。

 ……侍女達と同じ不快感。怪我をしている人達を雇ったということ? しかも三人の庭師って……。それともお母様が侍女が大変な思いをしているのをわかっていないということ? そうであればお母様に説明した方が良いのでしょうね。でも……

 私はコーデリア先生の言葉を思い出す。

 お金はあるということよね。じゃあ、いったい何がまずいのかしら……

 三人の庭師の作業を見続けながらしばらくその事を考えていると、部屋の扉がノックされマシューの「エレーヌお嬢様」という声が聞こえてくる。それでもう勉強の時間である事を思い出した私はいったん考えるのを止め席の方へ向かう。しかし、すぐに立ち止まり扉の方を見てしまった。それはマシューに侍女達の事を聞いてみようと思ったからだ。

 マシューは気づいていないかもしれないけれど、質問する価値はあるわよね。

 そう判断した私は口を開く。

「入っていいわよ」
「失礼します」

 そう言って頭を下げながら入ってきたマシューに早速、私は質問した。

「ねえ、ずっと気になっていたのだけれど、侍女達から嫌な……」
「エレーヌお嬢様いけません!」

 私が話をしている最中、マシューは強い口調で遮ってきた。そして周りを気にしながら口元に指を一本当て真剣に見つめてきたのだ。私は呆気に取られているとマシューは再び辺りを見回しながら近寄ってくる。

「あなたはあの不快感がわかるのですか?」

 そう小声で尋ねてくるマシューからただならぬ雰囲気を感じた私は一瞬答えに詰まるが無言で頷く。するとマシューは考えるような仕草をしはじめ、しばらくすると覚悟を決めた顔で口を開いた。

「近いうちに何とか時間を取りますから、庭の奥に住んでいるドノバンに会いに行きましょう。それまでお嬢様が色々と疑問に思っている事は決して誰にも聞いてはいけません。それに余計な事もしてはいけませんよ」

 そう小声で言うとすぐにマシューは机の方に行き、何事もなかったように私に微笑んできた。

「さあ、お嬢様。勉強の時間です」
「……わかったわ」

 本当はもっと聞きたいことがあったが、マシューの雰囲気からもう何を聞いても答えてくれないだろうと判断し椅子に座る。するとマシューは満足そうな表情を浮かべて白いレースのハンカチを出す。

「今日は刺繍をしましょう。奥様から教えて頂いたから、もう一人でもできますよね?」
「ええ。でも、どうして刺繍なの? 確か今日はパーティーマナーを教わるんじゃなかったかしら……」
「はい、本来はそうでしたが奥様より今度、王太子殿下が来られた際にお渡しできるハンカチを作って欲しいと」

 マシューがそう言ってくるので、私はお母様の言葉を思い出す。

 王家との繋がりはミルフォード侯爵家の繁栄にも繋がる……けれど渡したところで、きっと王太子殿下との仲は深まらないでしょうね。

 私は溜め息を吐くと、仕方なくハンカチに糸を通していく。もちろんこのハンカチを王太子殿下に渡す気はない。自分で使う用である。

 もし、あげるような場面になってしまったら、前に練習で適当に作ったものをあげれば良いわよね。そうだわ。真紅のゼラニウムの刺繍をしたハンカチがあったわよね。あれにしましょう。
 
 そう考えた後、我ながら性格が悪いと思い苦笑していると、マシューが暖かい目で見つめてきた。

「楽しそうで何よりです」
「違うわ。少し意地悪な事を考えていたのよ」
「意地悪でも良いのですよ。心が通った考え方なら……」

 マシューはそう言った後、ハッとして私に頭を下げてくる。

「申し訳ありません。今のは忘れて下さい……」

 そう言うマシューの顔色は真っ青だったので私は慌てて頷く。

「大丈夫よマシュー。何も聞こえなかったから」
「……ありがとうございます。お嬢様」

 マシューはホッとした表情を浮かべ頭を下げる。そんなマシューを見つめながら私は先ほどの事と今までの疑問を総合し、何かがこの屋敷の中で起きているのだと理解した。

 でも、ドノバンに会いに行けばわかる可能性があるのよね……

 私はそんな事を考えながらハンカチに糸を通していたら、手元が狂い指に針を刺してしまう。

「痛っ」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ただハンカチを汚してしまったわ」
「そんな事は気になさらないで下さい。今、コーデリア先生を呼んできますから」

 マシューは止める間もなく部屋を飛び出していってしまった。

「たいした事ないのに……」

 私は苦笑しながらマシューが去っていった方を見つめる。それから、気分転換も兼ねて窓の方に歩いていくと外ではまだ三人の庭師が枝を切っていたのだ。

「あの人達、休憩をちゃんとしているのかしら?」

 私はそんな事を考えながらボッーと外を眺めていると、扉がノックされマシューの声が聞こえる。どうやらコーデリア先生を連れたマシューが戻ってきたらしい。私はそのため、返事をしようとしたのだが、ふと視線を感じ振り返る。
 そして悲鳴をあげかけてしまった。それは三人の庭師が枝を切りながら私の方に顔だけ向けていたからだ。しかも、笑みを浮かべているように見えたのである。

「なぜ、笑っているの……」

 私がそう呟いた時、扉が開き心配そうな表情を浮かべたマシューとコーデリア先生が入ってきた。

「お嬢様、返事がなく勝手に入りましたが大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ。それより……」

 私は窓の方を見て驚く。もう三人の庭師の姿がなくなっていたのだった。
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