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 学院が休校になり数日経った頃、私の元に王太子殿下から久々に会って話さないかと手紙が来た。これには正直、困ってしまった。

「お母様が戻るまで余計な事はしたくないのよね。それに会う場所がこの屋敷を指定って……」

 私は頬に手を当て困った表情をすると、手紙を届けに来たロイドが眉間に皺を寄せ言ってくる。

「奥様が戻られるまでは、何をするかわからない人を屋敷に入れるのは賛成しかねません」
「私もそう思うわ。けれど王族からの誘いを無下にもできないし……」

 そう言った後に私は深い溜め息を吐く。それからしばらく悩んだ後、仕方なく便箋を取り出した。

「……一応、王太子殿下に危険があるかもしれないから、この騒ぎが収まるまで待って欲しいと返事をしましょう。まあ、本音はお母様が戻るまでの時間稼ぎなのだけれど……」
「懸命な判断だと思いますよ」

 ロイドは少しだけ感心した様子をしめしたが、すぐに窓の方に目を向けると口角を上げた。

「どうやら、心配は杞憂に終わりそうですよ。お嬢様、奥様が帰ってこられました」
「まあっ!」

 私はすぐにペンを置き喜ぶ。

「これで何とかなりそうね。すぐに挨拶しに行きましょう」

 ホッとした表情で玄関ホールに早足で向かうと、私に気づいたお母様が微笑んだ。

「あら、お出迎えをしてくれたの?」
「はい……。おかえりなさいませお母様……」

 私は頭を下げながら一歩後ろに下がる。それはお母様の後ろにいた麦わら帽子を目深に被り、作業着を着た三人組の男性から侍女達と同じ不快感を覚えたからである。そんな私の様子にお母様は気づく事なく嬉しそうに手を合わせ言ってきた。

「ねえ、見て。庭師を三人も雇えたの。これで庭の手入れが捗るわ」

 楽しげにそう言ってくるお母様に私は作り笑いを浮かべ頷いていると、玄関ホールに疲れた表情のコーデリア先生が入ってきた。

「奥様、馬車はマシューに任せましたので私は少し部屋で休ませて頂きます……」
「ええ、わかったわ」

 お母様は微笑むとコーデリア先生はホッとした様子で部屋に向かっていく。そんなコーデリア先生の姿を目で追いながら私は考え事をしていた。それは庭師から感じた得体の知れない不快感である。
 しかし、すぐに手に持っていた手紙の感触を思い出し、その考えを隅においやるとお母様に声をかけた。

「お母様、王太子殿下からお手紙が来まして……」
「なになに? うちに来てエレーヌと話をしたい……あら、良いじゃないの。来てもらいましょう」
「えっ、よろしいのですか?」

 てっきり断りなさいと言われるかと思っていた私は驚いてそう聞いてしまうが、お母様は頷いてくる。

「もちろんよ。ただし男爵令嬢との仲ははっきりしてもらいましょう。それでエレーヌとの仲を深めるつもりがないなら旦那様から許可を頂いたので婚約解消の方で動きましょう」

 そう言ってくるお母様に思わず私は目を輝かせてしまう。何せ上手くいく気がしない王太子殿下と婚約解消ができるかもしれないことがわかったからだ。

「お母様ありがとうございます」

 あまりの嬉しさに私は思わず頭を下げると、お母様は頬に手を当て苦笑した。

「ふふ。素直なのは良いけれどなるべくなら上手くいくようにして欲しいの。王家との繋がりを持つというのはミルフォード侯爵家の繁栄にも繋がるのだから」

 そう言って微笑むお母様に、私は習っていた貴族のあり方を思い出してしまい慌てて頭を下げた。

「……すみません。ミルフォード侯爵家のために生きていくという、貴族令嬢としての考え方がなっていませんでした」
「良いのよ。本当は自由に恋愛して結婚できるのが一番だもの。だからエレーヌには悪いと思ってるのよ」

 お母様は俯いている私の頭をひと撫でした後、背を向けた。

「……私も少し疲れたみたいだから休むわね」

 そう言って私の返事を待たずに足早に部屋の方に去っていくため、私は慌てて労いの言葉をかけた。

「ゆっくりお休み下さい」

 するとお母様は立ち止まり振り返って微笑んでくれた。


 再び背を向け歩き出したマリアンから既に笑みは消えていた。

「……違和感を感じたけれど、どうせ私じゃわからないわね。それにこれなら……」

 マリアンは指にはめられた黒い指輪を弄り、玄関ホールに飾られた聖女アリスティアの肖像画を見つめて口角を上げるのだった。
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