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しおりを挟む気づくと私は暗闇の中に一つだけぽつんと置かれた姿見の前に立っていた。
姿見がなぜこんな場所に? それにここはどこなの?
私は疑問に思いながら姿見に近づく。すると姿見に映る私が突然、口を開いた。
「そろそろ私から出て行って下さらない」
姿見に映る私がそう言った瞬間、理解した。姿見に映るのが記憶喪失になる前の私……エレーヌであると。
途端に言い知れない恐怖に襲われ後退ってしまう。するとエレーヌが睨んできた。
「いつまでもエレーヌ・ミルフォードを名乗らないでほしいですわ。だから、さっさと出ていってちょうだい」
「……出ていったら、私はどうなるの?」
ついそう尋ねてしまう。もう答えがわかっているのに。案の定、エレーヌは思ったとおりのことを言ってきた。
「ふふ、そんなの消えるに決まっているでしょう。だって、あなたは本当の私が戻るまでの代用品ですもの」
そう答えゆっくり両手を伸ばしてくる。そして姿見から手が飛び出し私の首を絞めてきたのだ。
「い、嫌、やめて!」
「駄目ですわ。早く消えて私にその体を返してちょうだい」
「ち、違う……これは私の体よ……」
私は必死に手をほどこうとするが、向こうの力が強くどんどん首がしまっていく。そして、遂には息ができなくなるほど苦しくなってしまったのだ。そんな苦しむ私を見て姿見の中にいるエレーヌは心底楽しそうな表情を浮かべた。
「ふふふはははっ、早く消えてくださいな」
「う、う……」
必死に私はもがくが全く首を絞める手の力は弱まらず、次第に心が折れ始めていく。
ああ、私は消えてしまうのね……。そうよね、所詮は代用品だもの。
私はそう思いながら全身の力を抜いていきゆっくりと目を瞑る。そして全てを諦めようとした時、誰かに手を掴まれる感覚がしたのだ。
……誰?
そう思った瞬間、「起きろ」と言う言葉が聞こえ引き上げられる感覚があった。それに驚いた私は思わず目を開けると、目の前にはなぜかアルフォンス先生がいたのだ。
「アルフォンス先生……」
思わずそう呟くとアルフォンス先生はホッとした様子で息を吐いた。
「やっと起きたか」
「起きた?」
そう疑問系で呟いた後、すぐに状況を把握した。
医務室のベッドの上……あれは夢だったのね……
思わず私は胸を撫で下ろそうとして気づいてしまう。自分が先ほどからアルフォンス先生の手を強く握りしめている事に。
「す、すみません!」
思わず慌てて手を引っ込め頭を下げる。しかし、アルフォンス先生は特に気にする様子もなく今度は私の額に手を当ててきた。
「ふむ、熱はないようだな。かなりうなされていたが大丈夫か?」
そう聞いてくるアルフォンス先生に私はなんとなく複雑な気分になってしまったが素直に答えた。
「……まだちょっと頭がクラクラしますがもう大丈夫です。あの、私はなぜ医務室にいるのですか?」
「教室で倒れたんだ」
そう言われ私は教室であった出来事を思い出す。
「……ご迷惑をおかけしました」
「気にするな。それより、特定の生徒に絡まれているようだが大丈夫か?」
アルフォンス先生にそう尋ねられて私は困ってしまう。何せ原因の発端は私かもしれないから。だから考えたすえ首を横に振った。
「大丈夫です。自分でなんとか解決してみます」
「……そうか、無理はするなよ。それと、ミルフォード侯爵夫人から魔法の実技授業はまだ早いと手紙をもらった。まあ、今日の事も考えるとその通りだろう。だから、しばらくはお前の魔法の授業は教室で実習にすると伝えておいてくれ」
「わかりました」
「では、俺はもう戻るからお前も帰ってさっさと休めよ」
そう言うとアルフォンス先生は手をパタパタ振り医務室を出ていく。そんなアルフォンス先生の背中に私は頭を下げた後、恐る恐る自分の首を指でなぞるように触れた。それは、あれが夢だとわかっていても感触が残ってる気がしたからだ。だが、ホッとした。
やっぱり夢よね。
私はそう思いながらふと窓を見る。そして悲鳴をあげそうになってしまった。それは窓ガラスに映る自分が意地悪そうに笑っているように見えたからだ。しかし、すぐに気の所為だとわかると私は大きく息を吐く。
「……疲れてるのね。帰りましょう」
そう呟くと逃げるように医務室を出るのだった。
◇
あれから、私は屋敷に戻り早めに横になっていたが全然眠ることができなかった。学院の医務室で眠っていたからか、眠気すら起きないのだ。
私は溜め息を吐きベッドから出た。
「少し本でも読もうかしら……」
そう呟いた時、廊下の方でかなり大きな物音がした。
何かしら?
私は気になって様子を見に行く。すると廊下に侍女が仰向けに倒れているのが見えたのだ。
「大変!」
私は慌てて侍女に駆け寄る。しかし、近くに行った瞬間、勢いよく立ち止まってしまった。なぜなら侍女から今までにないほど得体の知れない不快感を覚えたからだ。
「う……」
思わず口を両手で覆い、自分の部屋に逃げこむと何度も深呼吸をする。
「はあっ、はあっ、駄目だわ。頭がクラクラする……。でも、どうにかしないと……」
頭を押さえながら私はそう思っていると、廊下側からロイドとマシューの話し声が聞こえてきた。
「マシューさん、あそこに倒れてます」
「よし、一緒に医務室まで運んでくれ」
「わかりました」
「ふう、いつまでこれを続けなければならないんだ……」
「仕方ないでしょう。俺達は所詮使用人ですから」
「お前はそれで良いのか?」
「小さい頃、街角で死にかけていた俺を拾ってくれたエレーヌお嬢様に恩を返せていると思えばもちろん我慢できますよ」
「……そうか」
それから二人の会話はなくなったため、私は静かに扉を開け廊下を見る。すると、丁度二人が侍女を抱え去っていくところだった。私はホッと胸を撫で下ろしたが、すぐ扉を閉めた。なぜなら微かだが得体の知れない不快感を覚えたから。
これはいったいなんなのかしら? それにマシューやロイドは何でいつも平気なの?
私はそう思った後にハッとしてしまう。
……まさか、私だけなの? でも、なぜ私だけ……
しばらく色々と考えてみたが何も思いつかなかった。そこで私は覚悟を決め廊下に出ると、侍女を抱えて歩いている二人の後を慎重に追いかけるのだった。
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