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 今日は私、エレーヌ・ミルフォードが聖エールライト魔法学院に復学する日である。まあ、記憶のない私にとっては初めての場所でもあるので初日みたいなものだろう。
 正直、緊張するかと思っていたがそこまでにはならなかった。まあ、あることがずっと気になっていたからだろう。

 アーサー・ミルフォード侯爵。私のお父様……

 最初に忙しい方だと説明を受けていた。でも、この一ヶ月間、姿をいっさい見せなかった。しかも手紙さえ。
 私は隣りで食事をしているお母様を見つめる。するとお母様は首を傾げてきた。

「どうしたの?」
「あの、お父様は……」
「ああ……」

 お母様は手を頬に当てる。そして困った表情で口を開いた。

「旦那様は休みなく、毎日ローライト王国のために仕事をなさっているの。全く聖女アリスティアの末裔だからって皆、旦那様を頼りすぎよねえ」

 そう言ってお母様は溜め息を吐くが私は首を傾げてしまった。言っていることがわからなかったからだ。するとお母様は苦笑しながら私を見つめる。

「ああ、知っていると思ってあなたにはこのミルフォード侯爵家の歴史は教えてなかったわ。ふふ、記憶がないのにごめんなさいね。このミルフォード侯爵家はかつて魔王を倒した聖女アリスティアの末裔なの。だから、今もこのローライト国王で重要な仕事を任されて忙しい毎日を送っているのよ」
「そうだったのですか。それではご挨拶をしようとしたのですが、難しいですね」
「ふふ、その内に戻られたら好きなだけ挨拶をすれば良いわ。それよりもあなたは今日から学院に復帰するのだから、しっかりと勉強を頑張りなさい。後、この一ヶ月間、口煩く言ったけれど婚約者のケルビン・ローライト王太子殿下との仲もちゃんと深めるのよ」

 お母様は最後の方は特に念押しするように言ってくる。しかし、記憶にない婚約者と仲良くしろと言われてもピンとこなかった。

 でも、私にとっては王太子殿下と仲を深める事はとても大切なことなのよね。その為にこの一ヶ月間頑張ったのだから。

 そんな事を思い出しながらとりあえず頷く。

「はい。頑張ります」

 すると、お母様は満足そうな顔をして頷く。

「お願いね。後、言い忘れていたけれど今日からエレーヌに従者を付けるわね」
「従者ですか?」
「ええ。記憶喪失のあなたには聖エールライト魔法学院内の案内が必要でしょう。それに……また、足がもつれて階段を転げ落ちないよう従者のロイドに見ていてもらわないと」

 お母様にそう言われ私は思い出す。放課後の人気のない時間帯、私は足を滑らせて階段から転げ落ちたらしいことを。

 そして、一ヵ月後に起きたら記憶喪失になっていたと……。確かにまた同じことはしたくないわ。
 
 私は納得して頷いた。

「助かります。お母様」
「ふふ。だから、心配しないで学院に行ってきなさいね」

 お母様は楽しそうに紅茶を一口飲みソーサーに置く。すると、離れた場所にいた無表情の侍女達が近寄ってきてお母様が座る椅子を掴んだのだ。私は思わず顔を顰めそうになったが、何とか耐える。するとお母様はゆっくり立ち上がり私に微笑んてきた。

「では、私はもう部屋に戻るわ」
「……はい」

 必死に作り笑いを浮かべて頷くと、お母様は楽しそうに頷き侍女達を連れ食堂を去っていった。

「ふうっ……」

 私は思わず溜め息を吐きお母様達が去っていった方を眺める。

 侍女達だけが出すあの得体の知れない不快感……いつまで経っても慣れないものね。

 私は目の前に並んだ食事を残念そうに見つめると、席を立ち自分の部屋に戻るのだった。



「準備はできましたか?」

 馬車の扉を開けながら聞いてくるマシューに私はもう一度自分の制服姿を見る。正直これで良いのかよくわからなかった。それになんとなく違和感もあったのだ。

 一人で着替えたからどこか間違えてる?

 そう思いながら制服を見つめる。そしてルネに手伝わせず一人で着替えをした事を今更ながら後悔しだしたが、すぐに頭を振った。

 いいえ、ルネから感じるあれを毎日はさすがに耐えられない。きっとこの服のサイズが合ってないからそう思うのよ。

 私は手が半分隠れてしまう程の大きめサイズの制服を見ながらそう思っていると、それにマシューが気づき頬を緩ませてくる。

「制服は汚れてしまい新しいのに変えたのです。まあ、エレーヌお嬢様は……成長期ですから、すぐに制服がお体に合う様になりますのでしばらくは我慢して下さい」

 そうマシューが説明してくれたので私は納得して頷く。

「……わかったわ。それとこのネックレスなのだけれど、ずっとつけていないといけないの?」

 私は首にかけた魔力を封印するネックレスを胸元から取りだそうとしたら、すぐに後ろから声が聞こえた。

「魔力暴走をしないように付けているんですから、決して外さないで下さいよ」

 そう答えてくるのは先ほど簡単な挨拶で終わってしまい、その後は黙って私の後ろをついてくるだけの従者、ロイドである。そんなロイドに私は無言で頷くとマシューが再び尋ねてきた。

「では、よろしいですか?」
「ええ」

 私は馬車に乗り込み動き出すのをボーッとしながら待つ。外でマシューとロイドの会話が聞こえてきた。

「いいか、ちゃんとエレーヌお嬢様をお守りするのだぞ」
「わかってますよ」
「いや、わかってないなお前は……」
「……奥様に言われた事はやりますよ。きちんとね」

 ロイドは少し不満そうな口調で答えながら馬車を動かし始める。そんなロイドの様子にこの先、大丈夫なのだろうかと不安に思ってしまうが、結局、私は考えるのをやめた。

 だって、私にはロイドの事をどうしろとは言われてないもの。

 そう思いながら私は窓の外をただ無意味に眺めるのだった。
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