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 あれから聖アレッシス修道院に着いた私は修道女達に暖かく迎え入れられていた。
 しかも、私の事を覚えていてくれており、アイリスとして彼女達は接してくれたのだが、それが逆に私の首を絞めてしまった。
 それは今の私はリリスでありアイリスではないからだ。
 だから、私は今はアイリスではなくリリスである事を説明すると、どうやらリリスの噂を知っていた修道女の一人が事情を察してしまい、本部の聖アレッシス会へ真相を調べてもらうよう嘆願すると言い出してしまったのだ。
 これには慌ててしまい、大事にしないよう必死に訴えた。
 なにせ王家の執政を既にやり始めているトラン様に迷惑をかけてしまうし、ハートラル伯爵家とも、もうこれ以上関わりたくなかったのだ。
 だから、それも含めて説明し、なんとか懇願するのはやめてもらった。
 そんな感じで着いたそうそう大変だったが、今はやっと落ち着き、あてがわれた部屋で私はゆっくりしていた。

 今日は本当に疲れたわ……。

 私は空に浮かぶ星空を見ながら溜め息を吐いていると、お湯を入れた桶とタオルを持った修道長が入ってきた。

「今はアイリスさんで良いわよね。体を拭くものを持ってきたわ。さあ、私が背中を拭いてあげますよ」

 修道長はそう言ってきたが私はかぶりを振った。

「いいえ、私一人で全てできますから……」

 私がそう言うと、修道長は一瞬驚くがすぐに微笑んで頷く。

「……そう。じゃあ、私は戻りますね」

 修道長はそう言って部屋を出ていった後、私は溜め息を吐いた。

 元だけど伯爵令嬢が一人でできる事に驚いていたわね。
 まあ、別に侍女が何もしなかったわけじゃなくて、いつでも一人で生活できるように備えてただけなのだけど……。
 
 私はそう思いながら、昔の事を思いだす。
 それは家族の私への対応がどんどん酷くなり、遂には半分幽霊扱いになった時、私はいつかこの場所からいなくなるのだろうと理解したことを……。
 だから、一人でなんでもできるように頑張った。
 平民の生き方も学んだし、洗い物や洗濯に掃除も色々な場所にいき手伝いをしながら学んだ。
 そんな事をしながらいつ追い出されるのだろうとびくびくしていたら、一年前にトラン様が婚約者になって欲しいと言ってくれたのだ。
 涙が出るほど嬉しかった。
 ただ、それと同時にいつかリリスになんらかの形で壊され駄目になるのだろうとも感じた。
 そして見事に思った通りになり、私は追い出されたのだが、その後の事までは考えてなかったのだ。

「必死だったものね……」

 そう呟き、これからどうするかを考える。

 どこかの街で仕事を見つけて……。

 私はそう考えた後に思ってしまった。

 それで生きて何をすれば良いのだろう?
 そもそも、どうして生きなきゃいけないのだろう……。
 もう、何もなくなったのよ……。
 
 私はそう思い、壁にかけてある外套のポケットに目がいく。

 私が存在する理由はもうないものね……。

 そう思った瞬間、自然と体が動きだし外套のポケットに手が伸びていった。
 しかし、すぐにエルドラ侯爵夫妻の顔が頭の中に浮かび、私は頭を抱えてしまった。

 最低ね……。
 これじゃあ、自分の事しか考えないリリスと同じじゃない……。
 
 私はそう思いながらも、もう自分がどうしたいのか分からなくなっていると、扉がノックされ再び修道長が入ってきた。

「……初日にここに来る子はだいたい精神が不安定な状態なのよ」

 修道長はそう言うと私の側に来て頭を撫でてくれる。
 それが心地よく身を任せていると修道長は優しく言ってきた。

「今日は何も考えないようにしなさい。明日、一緒に考えてあげるから」

「……はい」

 私は頷くと結局、修道長に体を拭くのを手伝ってもらい、その日は何も考えずに横になったのだった。





 翌日、私は修道長と今後の事を話しあっていた。

「ハートラル伯爵家の親戚筋は駄目なの?」

「はい。リリスの所為でハートラル伯爵家と関わりたくないと思ってますから。実際に絶縁状に近い手紙も受け取っています」

「それなら、スペンド公爵家はどうかしら」

 修道長がそう聞いてきたが、私はかぶりを振った後に答える。

「それこそ、無理ですよ……。リリスのお腹の子はトラン……スペンド公爵令息ですから……」

「スペンド公爵令息本人には聞いたのかしら?」

「いえ。でも、リリスがはっきりと……」

「駄目よ。片方の話を鵜呑みにしちゃ。もしかしたら嘘を吐いてるかもしれないんだから」

 私は修道長に言われ、確かにリリスの言葉を鵜呑みにしてしまった事を反省する。
 しかし、すぐに修道長は軽く手を振ってきた。

「まあ、あなたの精神状態では酷よね。ごめんなさい。とりあえず、スペンド公爵令息の話を聞いてから今後の事を考えたらどうかしら?」

 修道長はそう聞いてきたが私はまたかぶりを振った。

「……たとえリリスの子がそうじゃないとしても、私はもうハートラル伯爵令嬢……貴族ではありませんから元には戻れません……」

「そう……。でも、スペンド公爵令息の婚約者に戻れるなら戻りたい?」

 私はそう聞かれて心が揺れる。

 スペンド公爵家は皆優しくしてくれた。
 戻れるなら戻りたい。
 そしてトラン様ともう一度……。

 私はそう考えたが、やはり無理だと思ってしまう。
 リリスが嘘を吐いたのなら問題になる。
 そんな問題児のいた伯爵家の元令嬢を妻にしたとなると、きっとトラン様は他の貴族から馬鹿にされるし公爵家に一生傷がつくだろう。
 だから、私は答えた。

「戻りたくありません」

 そう言って私は精一杯作った笑顔で微笑むのだった。
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