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しおりを挟むトラン・スペンド公爵令息side.
ハートラル伯爵家の手紙を私は握りつぶす。
なぜなら、非常に不愉快な内容だったからだ。
「従者と護衛を連れずに一人で来いか……」
私がそう呟くと、従者のシャルが眉間に皺を寄せながら言ってきた。
「一人で来いって、スペンド公爵家に喧嘩を売ってるのですかね?」
「別にもうちょっと丁寧に書いてあるぞ。お越しくださいってね」
「同じ事です。既に領地に王宮の執務をこなしているトラン様を一人にできるわけがありません。このハートラル伯爵家は前から思っていましたが非常識です」
「それはわかっている。だが、アイリスがいるんだ。仕方ないだろう……」
「たしかにアイリス様はスペンド公爵夫人として相応しい方だと思います。しかし、残りは……」
「シャル、それ以上は言うな」
「はい、申し訳ありません」
「だが、この手紙の内容は妙だ。だから、保険を持っていこう」
私がそう言うとシャルは頷きすぐに部屋を出て行った。
そんな、シャルが去った扉を見て、私はなぜか胸騒ぎを覚えていたのだ。
アイリス、君に何もなければ良いが……。
私はそう祈りながら、ハートラル伯爵家に向かった。
◇
ハートラル伯爵家に着くとハートラル伯爵夫妻とアイリスの兄ルーカスが不機嫌な顔で私を睨んできたのだ。
だから、私は淡々と質問する。
「人を招待しておいてなぜその態度なのか教えて頂きたいのだが?」
「……なぜ、一人で来なかったのですか」
ルーカスは蔑んだ目で私を見て言ってくる為、若干、私は苛っとしてしまう。
そんな私の後ろにいるシャルや護衛二人からも同じ雰囲気が漂ってきた為、私は冷静になることができ目の前にいる頭の悪いルーカスに説明する。
「私は王宮の執務も既に携わっているのだ。一人で来れるわけなかろう。それくらいもわからないのか?ハートラル伯爵令息」
「……ほお、そんな態度で良いのですか?」
ルーカスは私の言葉でも全く態度をあらためず、更に挑発してきたのだ。
だから、乗ってやる事にした。
「態度?何が言いたい?」
「ふう、仕方ない。入っておいで」
ルーカスは呆れた口調でそう言うと、部屋にアイリスの双子の妹リリスが入ってきたのだ。
そんな、リリスだが若干腹が膨れている様に見えた。
それで、私は理解してしまう。
だから、こいつらはこの態度だったのか。
私がそう思っていると、ハートラル伯爵が言ってきた。
「せっかく、穏便に済まそうと思ったのですが、あなたの頭の硬さには参りましたね。それで、この子のお腹を見て何か言うことはありませんか?」
ハートラル伯爵がそう聞いてくるとハートラル伯爵夫人にルーカスは私を睨み、リリスはニヤニヤ笑みを浮かべてきた。
すると、後ろにいたシャルが早足で応接間を飛び出し、すぐに戻ってくる。
その後ろには三人目の護衛がいて、肩に担いでいる奴をハートラル伯爵家の前に雑に投げたのだ。
その瞬間、予想通りに連中の顔色が一気に変わったのである。
______
フランク・ハートラル伯爵 side.
目の前で信じられない事が起きていた。
それは、スペンド公爵令息の護衛が私達の前に投げてきた人物の顔である。
「トラン様に瓜二つ……」
リリスはソファに座っているスペンド公爵令息と縛られて床に転がされている、スペンド公爵令息にそっくりの男を交互に見て呟く。
すると、スペンド公爵令息が立ち上がり私達を蔑んだ目で見てきた。
「……そいつは私の双子の兄だった男でね。素行があまりにも悪く、何度も注意しても治らなかったので父が五年前に廃嫡にしたんだ。だが、最近また悪さをしたから捕まえてうちの牢屋に入れていたんだが、その時にこいつがある話しをしてきたんだ。それは、どこかの伯爵令嬢がある日、私と勘違いして声をかけてきたと。後はその腹を見ればわかるよな。正直、話をきいた時は参ったよ。だが、お互いに黙っていようと約束していたらしいので、その伯爵令嬢の名誉の為にも私は黙っておく事にしたんだ。だがそれが間違いだったよ」
スペンド公爵令息はそう言って私達を睨む。
すると、マーガレットがおずおずと言った。
「で、でも、スペンド公爵家の血筋が入った子供が産まれるのですよ。ここは穏便に済ましませんか?きっとあなた様のご両親も喜びますよ」
「はっ、こいつは子が作れないようにしてるんですよ、夫人」
スペンド公爵令息はそう言って、笑みを浮かべると、マーガレットと私の顔色は真っ青から真っ白になってしまった。
すると、リリスが床に倒れている男をもの凄い形相で睨みながら蹴りだしたのだ。
「ふざけんなあああ!てめえ、偽物かよ!おかげで公爵夫人になる計画が台無しよおおお!」
リリスの絶叫に近い叫びに私達は驚いて、ただ黙って見ていると、私達のところに目を細めたスペンド公爵令息が詰め寄ってきた。
「アイリスを呼んで下さい。アイリスの為にずっと我慢していたがもう駄目だ。アイリスをこの頭のおかしい住人達のいる屋敷には置いておけない。連れて帰る」
「そ、それは……」
私は言葉に詰まってしまっていると、応接間にスペンド公爵家の侍女が飛び込んできた。
そして、スペンド公爵令息に耳打ちするとみるみる怒りの形相に変わり、私達を射殺さんばかりに睨んできたのだ。
「貴様ら本当に人か?いや、人の皮を被った悪魔だな。この件は国王様にも報告する。それと、アイリスを全力で探せ!貴様らの命にかえてもだ!」
そう言うとスペンド公爵令息とお付きの者達は飛び出していってしまった。
それから、私達はしばらく呆然としていたのだが、私ははっとしてアイリスの部屋に駆け込んだ。
もちろん、アイリスが行きそうな場所を見つける為だが、部屋に入って私は驚いてしまう。
部屋の中は伯爵令嬢としてはあまりも簡素過ぎたのだ。
そこで、思い出してしまう。
いつからかアイリスには何も買わなくなっていた事を……。
私は震える手で引き出しやドレッサーを開けていく。
中にはスペンド公爵令息がプレゼントしたのであろう、アクセサリーやドレスがほとんど使われていない状態で入っていたのだ。
そこで、また私は思いだす。
パーティーや社交会には体調不良と言ってよくアイリスを休ませていたのを……。
スペンド公爵令息がお見舞いに来ても本人が会いたくないと嘘を吐き追い返したのも……。
私達の完全な嫌がらせだった。
そこで、なんでここまでアイリスを嫌っていたのだろうと首を傾げてしまい、そして気づいた。
それは、リリスが問題を起こした後の後始末が始まりだった事を……。
私達は謝罪や話し合いなどで当時はとてつもないストレスが溜まっていた。
しかし、リリスを怒ると癇癪を起こしたり、上手くはぐらかされる為、余計ストレスが溜まるのでリリスには関わらないようにしていたのだ。
しかし、ある日、リリスが問題を起こしたのだが、それをアイリスの所為にしたのだ。
その時、間に受けてしまった私達はアイリスに日頃のストレスを含め本人が違うと否定したのに無理矢理謝らせたのだ。
きっと、そんな事をしたのは、心の中でアイリスなら何も言ってこないとわかっていたからだ。
更に、アイリスの謝る姿がまるでリリスが謝っているように見え私達はスッキリしたのだ。
だが、その後、罪悪感でいっぱいになった私達は、ばつが悪くなりアイリスを無視してしまう。
それがまたリリスを無視してる感覚に思えてスッキリしたのだ。
今思えばおかしいとわかるが、あの当時は無視なら罪悪感もそこまでないと思い、私達はアイリスを少しずつ無視するようになった。
そうして、いつの間にかリリスの問題はアイリスの責任になっていきストレスを発散する為嫌がらせもするようになったのだ。
私はそれを思いだし、そして理解した。
アイリスは何も悪くないじゃないか……。
私は愕然としてしまいベッドに腰をおろす。
するとベッドの上に一枚の写真があるのが目にはいったのだ。
なんだ?
私は何気に写真を手に取り驚く。
なぜなら、そこに写る私達は全員、心から笑っていたからだ。
私もマーガレットもルーカスもリリスも……そしてアイリスも……。
アイリス……。
私は写真の中で笑っているアイリスに触れようとして、手が止まる。
そして私がした事を思い出して項垂れてしまった。
私はなんて事をしてしまったんだ……。
屋敷から追い出した挙句に籍を抜いてしまった……。
自分がとんでもない事をしてしまった事にやっと気づいた私は、アイリスの部屋でただただ絶望し続けるのだった。
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