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 私達はあれから応接間に集まっていた。そして皆がソファに座るとすぐにモルガン伯爵令息が私に頭を下げてきたのだ。

「本当に申し訳ない。僕がちゃんとエリザベス……いや、レイダー伯爵令嬢を見られていなかったばかりに……」
「……いえ、それを仰るなら私も同じです。王太子殿下がレイダー伯爵令嬢と会っていた事に気づけませんでした」

 私も頭を下げようとするとモルガン伯爵が慌てて声をかけてきた。

「頭を下げるのだけはおやめ下さい。あなたがどれだけ大変な思いでお妃教育を受けていたのかはここにいる全員が理解しています。それとどうかご自分を責めないで下さい」
「……ありがとうございます」

 その言葉に泣きそうになったが何とか耐えると私はモルガン伯爵令息に尋ねた。

「……いつからなのですか?」
「おそらくですが半年前の教会への出資パーティーだと思います。あそこからボランティアに目覚めたとレイダー伯爵令嬢は言って僕とあまり会わなくなったのですよ……。まあ、僕達の婚約は領地経営の都合で結ばれた婚約でしたから、たいした仲ではなくて……。だから、僕も深く突っ込まなかったんです。しかし、まさか殿下と会っているなんて思いませんでした……」
「でも、良くお二人はバレずに会えましたね。従者や周りに人がいたはずなのに……」

 私が首を傾げるとお父様が眉間に皺を寄せながら教えてくれた。

「レイダー伯爵や王太子殿下を操りたい貴族が介入したんだ」
「……そうだったのですね」
「リリーナがずっと頑張ってきた努力をあいつらめ……」

 お父様はそう言ってテーブルを叩く。その悔しそうな表情を見て私は驚いた。
 なんせ将来、王妃になるはずだった私には莫大なお金が使われているのだ。それが藻屑になったのだから少なからずもお父様は私に怒ってるかと思ったのだ。

「すみません、お父様は私にがっかりされてるとばかりに……」
「そんな事は一度たりとも思った事はないが……まさか、私にそう思われていると思って修道院に行こうとしていたのか? それはすまなかった。私はいつも言葉足らずだな……」

 お父様は項垂れてしまう。そんなお父様の手を握りながらお母様が言ってきた。

「ねっ、早まっちゃ駄目って言ったでしょう」
「はい……」

 私は申し訳ない気持ちになっていると、お兄様が微笑んでくる。

「まあ、これは普段ムスッとしてる態度の父上が悪いね。リリーナは気にする必要はないよ。それで、お二方の目的は他にあるのだろう?」

 お兄様はモルガン伯爵とモルガン伯爵令息を見ると、二人は頷いた後、モルガン伯爵が言ってきた。

「ええ、今回の件で双方、婚約者がいなくなりました。それでぜひ、レンブラント公爵令嬢に我が息子の婚約者になって頂きたいと」
「……私にですか?」
「ええ、あなたの様に聡明な方が、我が領地を息子と切り盛りして頂けたらどんなに素晴らしい事かと」

 モルガン伯爵はそう言って楽しそうに私を見つめてくる。そんなモルガン伯爵家の領地の情報を私は思いだす。
 山と海に囲まれた自然豊かな場所で、特に茶葉と海産物に力を入れており、王都にも出荷していて領地経営は上手くいっている。それに加えて、文武両道、正義感も強く人当たりも良いと評判のモルガン伯爵令息だ。
 正直、なぜレイダー伯爵令嬢はこの方じゃなく王太子殿下を選んだのだろう。私がそんな事を思っているとモルガン伯爵令息が申し訳なさそうに言ってきた。

「もう言ってしまって今更ですが、この非常識な話であなたを更に傷つけてしまうか心配してます」
「……えっ、なぜですか?」
「それは、あなたの心は今とても傷ついているのに、その日のうちにいきなり婚約してほしいなんて非常識だと思ってますよ。けれど、王妃陛下から言われてしまって……」
「えっ、王妃陛下が仰ったのですか?」
「ええ、きっとレンブラント公爵令嬢は落ち込んで変な事を考えるだろうから、そう考える前にあなたが婚約者になりなさいって言われまして……。正直、耳を疑いましたよ。だから、さっき言ったように傷ついている人に付け入るような真似はしたくないと言ったのですが、その考えができるなら大丈夫だって言われましてね。なら、僕としてはあなたが婚約者になってもらえるならとても嬉しいのでこうして恥をしのんで来たわけです。ただ、少しでも思う事があるなら断って下さい」

 モルガン伯爵令息はそう言った後に頭を下げてくる。そんな真摯な態度に私は断る理由が見つからなくなっていた。
 それに何より、私は貴族である。真実の愛で婚約をするわけではないのだ。私が家族を見ると皆、笑顔で頷いてきた。

「……よろしいのですか?」
「私は賛成だよ。モルガン伯爵令息とは何度か会って仕事ぶりを見せてもらったが立派にこなしていたよ」

 お父様がそう言うとお母様も頷いた。

「実をいうと何度かうちに来て婚約解消した後、どう自分が償えばいいか聞いてくれていたのよ。全く、誰かに爪の垢を飲ませてやりたいわ」
「彼なら心配ないよ。それに領地経営も上手くいってるし、将来はぜひうちと提携して欲しいね」

 お兄様はそう言って笑う。正直、お兄様の言葉が一番貴族らしいと思いながら私はモルガン伯爵令息に頷いた。

「では、私で良ければよろしくお願いします」

 私がそう言うと、モルガン伯爵令息は顔をゆっくりと上げて微笑む。

「ありがとう、レンブラント公爵令嬢」

 こうして、婚約解消されたその日のうちに私にはまた、婚約者ができたのである。
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