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しおりを挟む「貴様は絶対に許さん」
ウルフイット第三王子は男を睨む。そして男を蹴ると目に追えない速さで連続突をした。
「うわああーー!」
攻撃を受けた男の体にはまるで大型の獣が噛み付いた様な傷ができる。それを見た私は納得してしまう。
冷酷な牙。
性格からあだ名がついたのかと思っていたけれどこれからつけられたのね。私は崩れ落ちる男を見てそう思っていると、周りで戦っていたウルフイット王国騎士団も次々と相手を倒していく。
その光景に私はホッとしていると男が立ち上がりダーマル男爵家の馬車に向かって走りだしたのだ。私は慌ててウルフイット第三王子に叫ぶ。
「馬車の中には毒物があります! 気をつけて!」
「わかった」
ウルフイット第三王子は頷くと腰からナイフを抜き投げつける。見事に男の背中に刺さった。しかし男はフラつきながらも馬車にたどり着いてしまう。
「はははっ! これは帰化性の毒物だ。全員道連れにしてやる!」
そう言って男は馬車から液体が入った瓶を取り出し地面に叩きつけたのだ。しかし男は驚いた表情を浮かべた。
「こ、これは毒じゃない!」
男がそう叫んだ瞬間、誰かが大声で言ってくる。
「俺の庭にそんなもん入れさせるわけないだろうが!」
モルドール王国とラングモンド辺境伯の紋章が入った盾を持つ大柄の騎士がこちらに歩いてくる。その姿を見た男は急に怯えだす。
「な、なぜ、ここにいる⁉︎ 王都に行ったのは確認したはずだぞ……」
「あんなのお前らを騙す為に行ったふりをしたんだよ!」
「な、なんだと……こ、この俺が騙された? う、嘘だ、嘘だ嘘だ……」
男は何度も首を激しく振るが、騎士は笑いながら言った。
「がはははっ! 人を馬鹿にする前にまず鏡を見るんだな。一番の馬鹿が映るぞ」
騎士はそう言って引き連れてきた部下に男を拘束させると私達の方に大股でやってきた。
「がはははっ! お前ら不法侵入だな!」
「くっ……」
ウルフイット第三王子は私を庇うように立ち騎士を睨む。
「レズール・ラングモンド辺境伯……」
ウルフイット第三王子は冷や汗を垂らしそう呟く。その雰囲気から、ラングモンド辺境伯は実力がある騎士だと理解できた。
辺境伯……
王国領の外れに領地を持つ事で他国と戦うことがもっとも多い貴族。つまり、王国の盾であり矛でもある。そんな辺境伯だからこそ戦いには慣れているのだろう。
笑いながら剣も抜かずにこっちに歩いてきた。しかもウルフイット第三王子が剣を向けるが一向に気にする様子がない。
そして、遂に剣を交える距離に来るとラングモンド辺境伯は軽く手を振ってきたのだ。
「がはははっ、まあ、事情はわかってるから安心しろ」
「えっ……」
私は驚いてラングモンド辺境伯を見ると腕を組み笑顔で頷く。するとウルフイット第三王子はゆっくりと頭を下げた。
「勝手に入ったのは悪かった。すまない」
「もう一度言うが事情はわかっている」
ラングモンド辺境伯は再びそう言ってくる。それでウルフイット第三王子はやっと警戒を解くとラングモンド辺境伯は取り押さえられた男を指差した。
「こいつらはブラクール帝国の者で、両国を争わせて疲弊したら一気に攻め込む計画をしていたんだ。それで、色々と証拠が欲しかったから泳がせていたんだがまさか隣国から人を連れてくるとはな」
「こちらはぎりぎりまで気がつかなかった。とんだ醜態を晒してしまったな」
「気にするな。こうして無事解決したしな。がはははっ!」
ラングモンド辺境伯が豪快に笑うと、ウルフイット第三王子はなんともいえない表情をする。
「それで、どうするんだ?」
「この馬鹿達はわしらが預かる。お前達は縛られている連中を連れて帰れ。後でモルドール王国抜きで内密に連絡を入れて話をしたい」
「……わかった」
ウルフイット第三王子は頷くと私を縛っていた縄を解いてくれた。
「ありがとうございます」
「痛むところはないか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「そうか……」
ウルフイット第三王子は心底ほっとしたような表情を浮かべる。そんなウルフイット第三王子に私は気になる事を聞く。
「これからウルフイット王国とモルドール王国はどうなるのですか?」
「ああ、内密と言ってたから、今回の件は揉み消してなかった事にするだろうな」
「えっ、それは大丈夫なんですか?」
「風の噂だが、モルドール王国はかなり腐敗しているらしい。それで近いうちに反乱が起きると言われているんだ」
「それって……」
「おそらく、ラングモンド辺境伯も噛んでるだろうから、下手に今、モルドール王国の王族連中に介入されたくないのだろう」
私は驚いて思わずラングモンド辺境伯を見ると、視線に気づき笑みを浮かべた後、手を打つ。
「おお、そうだそうだ。俺はもう辺境伯じゃないから覚えとけよ! がはははっ!」
そう言って元ラングモンド辺境伯は手を振って去っていってしまった。その背中に私は頭を下げているとウルフイット第三王子が声をかけてくる。
「……見た目や態度に惑わされるなよ。辺境伯の名を持つ者は王族より頭が回る連中が多いんだ。実際、今回はあの男の手のひらの上だったわけだしな……」
ウルフイット第三王子はそう言って俯くので私はかぶりを振った。
「そんな事はありません。ウルフイット第三王子や騎士団が来てくれたから私達は死なずに済みましたし、問題になる前に解決できたのですよ。だから自信を持って下さい!」
ウルフイット第三王子を見つめると、驚いた表情をした後に私を抱きしめようと手を広げてきたのだ。私は思わず目を瞑ってしまったが、いつまで経っても抱きしめられる気配がなかった。
だからゆっくり目を開けた。すると、ウルフイット第三王子は途中で手を止め悔しそうな顔を浮かべていたのだ。そして、しばらくすると手を下ろしてしまう。
「すまない。お前自身の名誉の為に抱きしめるのは婚約を解消した後だと決めている」
「あ、ありがとうございます……」
「……早く、婚約破棄をしてしまおう」
「わ、わかりました」
私はドキドキしながら何度も頷いていると、騎士に連れられたレンゲル様が声をかけてきた。
「……ホイット子爵令嬢、無事で良かった。それと申し訳なかった」
「いいえ、レンゲル様もご無事で良かったです」
「ああ、これでちゃんと国に裁いてもらえる」
レンゲル様はそう言って晴れやかに微笑むと、ウルフイット第三王子に頭を深々と下げ、何も言わずに私達から離れていった。
「あいつは雁字搦めになっていたのだろうな……。もっと、しっかり目を向けてやれば良かった……」
ウルフイット第三王子は無念そうな表情を浮かべるため、私はレンゲル様とした会話をする。するとウルフイット第三王子は噛み締める様に頷いた。
「そうか……」
「何かをして欲しいとは言いません。ただ、知っておいて欲しかったのです」
「ああ……きっとあいつもそんな事は望んでいないだろう」
「はい……」
私は頷き、レンゲル様の晴れやかに微笑む表情を思い出すのだった。
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