15 / 20
15
しおりを挟むダナトフ子爵達に捕まった私は手を縛られ、そのまま馬車内に放置されていた。なぜなら、ダーマル男爵と夫人がずっと怯えた表情で窓の外を凝視していたから。おそらく追っ手が気になるのだろう。
今更危ない橋を渡っている事に気づき始めたようだ。私は呆れながらも今が好機と感じ二人に声をかける。
「……あの、子爵家の令嬢ではありますが、私如きではきっと人質にすらなりません……。けれど、場合によっては皆様のお力になれるかもしれませんよ……」
本当はそんな事はできないのだが、話に食いついてきた夫人が目を見開き私の肩を掴んでくる。
「……どうやってよ⁉︎」
しかし、すぐにダーマル男爵が夫人を引き寄せた。
「やめろ! そんな奴の話を聞かなくても国境にさえ着ければ、手配したモルドール王国の手の者が私達を守ってくれる!」
「で、でも、本当に来てくれるの?」
「き、きっと来る……」
ダーマル男爵はそう答えるが、明らかに自信がなさそうだった。そんな姿を見て私は考える。
わざわざ逃げてくる者達をリスクをおかしてまで助けるかしら……。しかも、この感じだと、ダーマル男爵家はろくな情報も持ってないはず。
そんな人達を助けるぐらいならむしろ……
嫌な考えが浮かんだ。
きっと、良いように利用されたのね。でも、このままだとまずいわ……
目的地に着けばみんな殺されてしまう可能性があるのだ。だからって私の話はもう聞いてくれないだろう。
いや、話を聞いてむしろ目的地に到着する前に錯乱した二人に私は殺されてしまうかもしれない。正直、恐怖で押し潰されそうになるが、それ以上に家族やユリ達使用人、そしてウルフイット第三王子に申し訳ない気持ちになった。
きっとみんなは心配してくれて探しているわよね。
そんな事を思っていると、馬車の速度が落ち始める。目的地に着いたのだろう。馬車が完全に止まると、扉が開きマニー嬢が顔だけ見せる。
「到着したわよ」
「わかった」
ダーマル男爵と夫人は頷くと恐る恐る外に出る。しかし、ある方向を見て最初に馬車に入ってきた雰囲気に戻った。
「へへへ、だから言ったろ。ちゃんと手の者が迎えに来てるって」
「ふふふ、これで私達も今日からモルドール王国の国民ね。じゃあ、さっさと話をしに行きましょう」
「ああ、わかった」
二人は意気揚々とマニー嬢と一緒にその場を去っていく。きっとモルドール王国の手の者に会いにいったのだろう。途端に不安になってしまった。この先起きるであろう事を考えたから。私は震えてしまっていると、レンゲル様が顔を覗かせきた。
「静かにしていれば悪いようにはしない。向こうに着いたら住む場所も用意する」
「……娼館に入れると言ってますわ」
「そんな事は絶対させない」
強い意思を込めてレンゲル様が言ってくるため私は内心驚きながら質問する。
「……どうして、そこまでしてくれるのですか?」
「あなたには助けられた事がある。その恩は返さないといけない」
レンゲル様は自分の胸を指差す。それで理解した。
「……もう、お怪我は良くなったのですか?」
「あなたの手当てが早くて大事にならなかった」
「そう、良かったわ」
「……責めないのか? こんな事をさせるために手当てをしたんじゃないって……」
「ご事情があるのでしょう」
そう言うとレンゲル・ダナトフ子爵令息は目を見開き泣きそうな顔になる。
「……親は経営で失敗して借金だらけ。兄アルバンはあまりにも馬鹿過ぎて話にならない。そして、あの一家は病原菌を持った寄生虫だ。おかげでダナトフ子爵家も国家反逆罪という病気にかかってしまった。もう、俺にはこの道しかない……」
「誰かに相談はできなかったのでしょうか?」
「……怖かったんだ。俺の一言で全てが終わるかもと思ったら。だから、まだバレない、まだ大丈夫って言い聞かせた」
「そして気づいたら後戻りできなくなってしまったと……」
「ああ、俺もいつの間にか病気になっていたよ……」
自嘲気味に笑うレンゲル様に何も言えなくなってしまう。アルバン様の弟である彼とは何度も挨拶などをしていたから。なのに、気づいてあげられなかったのだ。
「ごめんなさい」
「どうして謝る?」
「気づいてあげられなかったわ……」
「当たり前だ。必死に隠してたんだ。あなたは気にする必要はない……」
レンゲル様は悲しげに私をじっと見つめる。
「なんで、アルバンだったのだろうな……。もし、俺だったら……」
レンゲル様は途中でかぶりを振り話すのをやめる。
そんなレンゲル様の元に慌てた様子のマニー嬢が駆け寄ってきた。
「やばいよ、レンゲル! あいつらパパとママを取り押さえてるのよ!」
「なんだと⁉︎」
レンゲル様は慌ててモルドール王国の手の者がいる方を見る。そして、慌てて刃物を取り出すと私の縄を切ってきた。
「こっちに来てる! 向こうの扉を開けて全力で逃げろ!」
「は、はい」
私は言われた通り反対側の扉を開けて馬車から出た。だが、すぐにナイフが足元に突き刺さり恐怖のあまり動けなくなってしまう。
そんな私の元に誰かがやってくる。怖くて堪らなかったがゆっくり視線を向けると、フードで顔を隠し外套を着た男が立っていた。
「まだ、中に人がいたとはな……」
その男は不快感を込め呟くと、顎で私に捕まってしまったダーマル男爵の場所に行けと指示してきた。だがレンゲル様が慌てた様子で男に叫ぶ。
「その令嬢は何も知らないんだ! 逃がしてやってくれ!」
すると、男はレンゲル様に近づき顔を蹴り上げてしまう。
「ぐはっ!」
「ふん、既にこの場にいる時点で知ってしまっただろうに。だから、馬鹿は嫌いなんだ。それにろくな情報も手に入れられないお前らも。反吐が出る」
男は私達を見回し地面に唾を吐くのだった。
104
お気に入りに追加
3,848
あなたにおすすめの小説
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。
傲慢令嬢にはなにも出来ませんわ!
豆狸
恋愛
「ガルシア侯爵令嬢サンドラ! 私、王太子フラカソは君との婚約を破棄する! たとえ王太子妃になったとしても君のような傲慢令嬢にはなにも出来ないだろうからなっ!」
私は殿下にお辞儀をして、卒業パーティの会場から立ち去りました。
人生に一度の機会なのにもったいない?
いえいえ。実は私、三度目の人生なんですの。死ぬたびに時間を撒き戻しているのですわ。
貴方の運命になれなくて
豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。
ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ──
「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」
「え?」
「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」
二人ともに愛している? ふざけているのですか?
ふまさ
恋愛
「きみに、是非とも紹介したい人がいるんだ」
婚約者のデレクにそう言われ、エセルが連れてこられたのは、王都にある街外れ。
馬車の中。エセルの向かい側に座るデレクと、身なりからして平民であろう女性が、そのデレクの横に座る。
「はじめまして。あたしは、ルイザと申します」
「彼女は、小さいころに父親を亡くしていてね。母親も、つい最近亡くなられたそうなんだ。むろん、暮らしに余裕なんかなくて、カフェだけでなく、夜は酒屋でも働いていて」
「それは……大変ですね」
気の毒だとは思う。だが、エセルはまるで話に入り込めずにいた。デレクはこの女性を自分に紹介して、どうしたいのだろう。そこが解決しなければ、いつまで経っても気持ちが追い付けない。
エセルは意を決し、話を断ち切るように口火を切った。
「あの、デレク。わたしに紹介したい人とは、この方なのですよね?」
「そうだよ」
「どうしてわたしに会わせようと思ったのですか?」
うん。
デレクは、姿勢をぴんと正した。
「ぼくときみは、半年後には王立学園を卒業する。それと同時に、結婚することになっているよね?」
「はい」
「結婚すれば、ぼくときみは一緒に暮らすことになる。そこに、彼女を迎えいれたいと思っているんだ」
エセルは「……え?」と、目をまん丸にした。
「迎えいれる、とは……使用人として雇うということですか?」
違うよ。
デレクは笑った。
「いわゆる、愛人として迎えいれたいと思っているんだ」
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
【完結】私は側妃ですか? だったら婚約破棄します
hikari
恋愛
レガローグ王国の王太子、アンドリューに突如として「側妃にする」と言われたキャサリン。一緒にいたのはアトキンス男爵令嬢のイザベラだった。
キャサリンは婚約破棄を告げ、護衛のエドワードと侍女のエスターと共に実家へと帰る。そして、魔法使いに弟子入りする。
その後、モナール帝国がレガローグに侵攻する話が上がる。実はエドワードはモナール帝国のスパイだった。後に、エドワードはモナール帝国の第一皇子ヴァレンティンを紹介する。
※ざまあの回には★がついています。
婚約破棄のその後に
ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」
来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。
「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」
一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。
見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる