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 ダナトフ子爵達に捕まった私は手を縛られ、そのまま馬車内に放置されていた。なぜなら、ダーマル男爵と夫人がずっと怯えた表情で窓の外を凝視していたから。おそらく追っ手が気になるのだろう。
 今更危ない橋を渡っている事に気づき始めたようだ。私は呆れながらも今が好機と感じ二人に声をかける。

「……あの、子爵家の令嬢ではありますが、私如きではきっと人質にすらなりません……。けれど、場合によっては皆様のお力になれるかもしれませんよ……」

 本当はそんな事はできないのだが、話に食いついてきた夫人が目を見開き私の肩を掴んでくる。

「……どうやってよ⁉︎」

 しかし、すぐにダーマル男爵が夫人を引き寄せた。

「やめろ! そんな奴の話を聞かなくても国境にさえ着ければ、手配したモルドール王国の手の者が私達を守ってくれる!」
「で、でも、本当に来てくれるの?」
「き、きっと来る……」

 ダーマル男爵はそう答えるが、明らかに自信がなさそうだった。そんな姿を見て私は考える。

 わざわざ逃げてくる者達をリスクをおかしてまで助けるかしら……。しかも、この感じだと、ダーマル男爵家はろくな情報も持ってないはず。
 そんな人達を助けるぐらいならむしろ……

 嫌な考えが浮かんだ。

 きっと、良いように利用されたのね。でも、このままだとまずいわ……

 目的地に着けばみんな殺されてしまう可能性があるのだ。だからって私の話はもう聞いてくれないだろう。
 いや、話を聞いてむしろ目的地に到着する前に錯乱した二人に私は殺されてしまうかもしれない。正直、恐怖で押し潰されそうになるが、それ以上に家族やユリ達使用人、そしてウルフイット第三王子に申し訳ない気持ちになった。

 きっとみんなは心配してくれて探しているわよね。

 そんな事を思っていると、馬車の速度が落ち始める。目的地に着いたのだろう。馬車が完全に止まると、扉が開きマニー嬢が顔だけ見せる。

「到着したわよ」
「わかった」

 ダーマル男爵と夫人は頷くと恐る恐る外に出る。しかし、ある方向を見て最初に馬車に入ってきた雰囲気に戻った。

「へへへ、だから言ったろ。ちゃんと手の者が迎えに来てるって」
「ふふふ、これで私達も今日からモルドール王国の国民ね。じゃあ、さっさと話をしに行きましょう」
「ああ、わかった」

 二人は意気揚々とマニー嬢と一緒にその場を去っていく。きっとモルドール王国の手の者に会いにいったのだろう。途端に不安になってしまった。この先起きるであろう事を考えたから。私は震えてしまっていると、レンゲル様が顔を覗かせきた。

「静かにしていれば悪いようにはしない。向こうに着いたら住む場所も用意する」
「……娼館に入れると言ってますわ」
「そんな事は絶対させない」

 強い意思を込めてレンゲル様が言ってくるため私は内心驚きながら質問する。

「……どうして、そこまでしてくれるのですか?」
「あなたには助けられた事がある。その恩は返さないといけない」

 レンゲル様は自分の胸を指差す。それで理解した。
 
「……もう、お怪我は良くなったのですか?」
「あなたの手当てが早くて大事にならなかった」
「そう、良かったわ」
「……責めないのか? こんな事をさせるために手当てをしたんじゃないって……」
「ご事情があるのでしょう」

 そう言うとレンゲル・ダナトフ子爵令息は目を見開き泣きそうな顔になる。

「……親は経営で失敗して借金だらけ。兄アルバンはあまりにも馬鹿過ぎて話にならない。そして、あの一家は病原菌を持った寄生虫だ。おかげでダナトフ子爵家も国家反逆罪という病気にかかってしまった。もう、俺にはこの道しかない……」
「誰かに相談はできなかったのでしょうか?」
「……怖かったんだ。俺の一言で全てが終わるかもと思ったら。だから、まだバレない、まだ大丈夫って言い聞かせた」
「そして気づいたら後戻りできなくなってしまったと……」
「ああ、俺もいつの間にか病気になっていたよ……」

 自嘲気味に笑うレンゲル様に何も言えなくなってしまう。アルバン様の弟である彼とは何度も挨拶などをしていたから。なのに、気づいてあげられなかったのだ。

「ごめんなさい」
「どうして謝る?」
「気づいてあげられなかったわ……」
「当たり前だ。必死に隠してたんだ。あなたは気にする必要はない……」

 レンゲル様は悲しげに私をじっと見つめる。

「なんで、アルバンだったのだろうな……。もし、俺だったら……」

 レンゲル様は途中でかぶりを振り話すのをやめる。
 そんなレンゲル様の元に慌てた様子のマニー嬢が駆け寄ってきた。

「やばいよ、レンゲル! あいつらパパとママを取り押さえてるのよ!」
「なんだと⁉︎」

 レンゲル様は慌ててモルドール王国の手の者がいる方を見る。そして、慌てて刃物を取り出すと私の縄を切ってきた。

「こっちに来てる! 向こうの扉を開けて全力で逃げろ!」
「は、はい」

 私は言われた通り反対側の扉を開けて馬車から出た。だが、すぐにナイフが足元に突き刺さり恐怖のあまり動けなくなってしまう。
 そんな私の元に誰かがやってくる。怖くて堪らなかったがゆっくり視線を向けると、フードで顔を隠し外套を着た男が立っていた。

「まだ、中に人がいたとはな……」

 その男は不快感を込め呟くと、顎で私に捕まってしまったダーマル男爵の場所に行けと指示してきた。だがレンゲル様が慌てた様子で男に叫ぶ。

「その令嬢は何も知らないんだ! 逃がしてやってくれ!」

 すると、男はレンゲル様に近づき顔を蹴り上げてしまう。

「ぐはっ!」
「ふん、既にこの場にいる時点で知ってしまっただろうに。だから、馬鹿は嫌いなんだ。それにろくな情報も手に入れられないお前らも。反吐が出る」

 男は私達を見回し地面に唾を吐くのだった。
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