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 翌日、お父様の手紙を持って学院に向かった。ウルフイット第三王子に渡しにいこうと思っていたから。しかし、休憩時間中に教室を出ると面倒なことにアルバン様が待っていたのだ。

「やあ、フィーネ、今日の放課後だけど良い紅茶とケーキを出すお店があるんだ。だから、一緒に行こうよ」

 私はこの時間は諦め仕方なくアルバン様の対応をする。

「……申し訳ありません。今日はお父様と一緒に出かける予定がございまして……」
「ホ、ホイット子爵と⁉︎ そ、それなら仕方ないね。僕は家族水入らずの仲を邪魔しないように家でゆっくりしてるよ」

 お父様が苦手なアルバン様は私に誘われるかと思っているのか作り笑いをして後ずさる。だから、いなくなる前に気になっていたことを聞いてみることにした。

「あの、私が作ったクッキーって甘すぎましたか?」
「えっ、クッキー? あ、い、いや、丁度良い甘さだよ」
「そうですか。ではどの味が一番好きですか?」
「……ええと」

 アルバン様は私が思っていた通りの反応をする。思わず苦笑してしまう。

 まあ、私もあげて満足していたから人の事は言えないわよね。でも、良かったわ。おかげで完全に断ち切れそう。私もあの反応を見て全くなんとも思わなかったし。

 私は内心ほっとしながらアルバン様に言った。

「……ああ、お気になさらないで下さい。最近、林檎が輸入できなくて林檎入りクッキーが作れなくなったんですよ」
「な、なんだ、それなら気にしないでよ。はははっ……」
「では、もう授業が始まりますのでお戻りになられたらいかがでしょう」
「そ、そうだね。では失礼するよ」

 アルバン様はそう言うと逃げるように去っていく。私はその背中を見て呆れていた。

 林檎は一度も入れてませんし、そもそも輸入品じゃなくて輸出品ですよ……。しかも、ご自分の領地でも取れるじゃないですか。

 私は溜め息を吐くともうアルバン様の事は忘れて教室に戻るのだった。



 放課後、私はウルフイット第三王子に籠のお礼とお父様の手紙を渡しに生徒会室に向かっていた。もちろん、アルバン様とダーマル男爵家令嬢が学院を出ていったのを確認してからである。
 ちなみに、二人にはホイット子爵家の者が後を追跡してる。お父様もやはり、自分で証拠を掴んでおきたいとのことだった。

 この分だと証拠を掴んだお父様が激怒して融資はもう出さないでしょうね。やはり、早めになんとかした方がいいかもしれないわ……

 私はそう思いながら生徒会室の扉をノックすると、ウルフイット第三王子が出てきて驚いた顔を浮かべた。

「……どうしてここへ?」

 私はウルフイット第三王子にそう言われて、自分の考えがあまりにも浅はかだった事に気づき頭を下げた。

「申し訳ありません。学院内に駐在している騎士にと言われてましたが、お父様の手紙を直接と思ったのです。でも、浅はかな考えでしたわね……」
「いや、違うんだ。むしろ、直接来てくれるならありがたい……」
「えっ、そうなのですか?」
「ああ……。ただ、大丈夫なのか?」
「はい?」

 私は質問の意味が分からず首を傾げる。ウルフイット第三王子は俯きながら言ってきた。

「俺とはなるべく関わりたくないかと……」
「……なぜそう思われたのですか?」
「疑問やわだかまりは解けたが、お前を怖がらせたのは事実だ。だから、俺とはなるべく接したくないだろう……」
「……ああ、その事なら気にしてませんよ。むしろ味方としていてくださることに心強いと思ってます」

 私が微笑むとウルフイット第三王子は顔を勢いよくあげる。

「ほ、本当か?」
「ええ」
「そうか……良かった……」

 ウルフイット第三王子はあからさまにほっとした顔になる。しかし、すぐに真面目な顔に変わった。

「それでホイット子爵からの手紙だが、やはり例の件絡みか?」
「はい、仰る通り例の件絡みです。それとこれを……」

 私は手紙と一緒に、洗濯したハンカチと栞にブックカバーが入った袋をお渡しする。ウルフイット第三王子は袋を不思議そうに見つめた。

「手紙はわかったがこれは?」
「ハンカチと籠をお持ち頂いたお礼です」
「見ていいか?」
「ええ……。でも、お気に召さなければお捨て下さい……」

 私はそう答えた後、なぜか心が締め付けられてしまう。

 本当に捨てられたらどうしよう……。いいえ、そもそも私如きがお渡ししたものなんて使わないわよね……。どうしてそんな簡単な事も考えてなかったのだろう。

 やはり、栞とブックカバーは捨ててもらおうと思い、ウルフイット第三王子に声をかける。

「あの、やはりそのお礼に渡したものですが、王族の方に対して私如きがそういうものを渡すのは失礼かと思いましたので、捨てるなりして頂け……」

 私は最後まで言うことができなかった。なぜなら、ウルフイット第三王子が私の口の近くに指を近づけたから。
 私が驚いて一歩下がると、ウルフイット第三王子は栞とブックカバーをご自分の額に当てながら目を閉じ呟いた。

「最高の宝物だ……」
「えっ……」

 ウルフイット第三王子は誰もが見惚れるような笑顔で栞とブックカバーを見つめていた。

「銀糸で縫った銀狼の栞に、革のブックカバーか。しかも、これには牙の柄がある。ふふ、俺のあだ名をイメージしたものか。ありがとう」

 ウルフイット第三王子は微笑みながら頭を下げてきた。私は一瞬見惚れてしまったがすぐに声を振り絞る。

「あ、あ、頭をお上げ下さい!」
「何を言ってるんだ。こんな素敵なものをもらったんだ。礼を言うのは当然だろう」
「なっ……」

 思わず驚き過ぎて人前なのに手で隠しもせずに大口を開けてしまう。そんな私を見たウルフイット第三王子は優しげな表情を浮かべ、ゆっくりと近づいてくると耳元で囁いてきた。

「ホイット子爵令嬢、無事終わったら俺だけを見て欲しい」

 ウルフイット第三王子はそう言って離れていくが、私には全く意味がわからなかった。だから、もう一度聞き直そうかと思ったのだが、なぜか心臓が早鐘のように鳴り、ウルフイット第三王子を見ることも声をかける事もできなくなってしまったのだ。

 お顔が見られないし話しかけられない……。いいえ……ウルフイット第三王子の事を考えるだけで心臓がドキドキして顔が熱くなるわ……
 いったいどうなってしまったの?

 私は火照った顔をウルフイット第三王子に見られない様少し俯きながらそんな事を考えていたら、お母様に言われた言葉を思い出した。

 まさか、これが恋? 私がウルフイット第三王子に?

 思わず顔を上げてウルフイット第三王子を見つめる。目が合った瞬間に私はつい背中を向けてしまった。そんな私にウルフイット第三王子は声をかけてくる。

「……どうした?」
「あ、あの、私、用事を思いだしまして!」

 そう早口で言うと生徒会室から飛びだし、馬車まで早足で歩きだす。すると、私の隣にあっという間にウルフイット第三王子が並ぶ。

「……馬車まで送っていこう」

 ウルフイット第三王子のその言葉が嬉しく舞い上がりそうになったが、必死に耐えながらお礼を言う。

「あ、ありがとうございます」

 それからはお互い無言だったが、私は幸せな気分だった。
 そして、あっという間に馬車に着いてしまい、思わず悲しくなってウルフイット第三王子を見てしまうと、なぜかウルフイット第三王子は目を見開き固まってしまった。
 私はどうしたのだろうと見ていると、ウルフイット第三王子は急に私の髪を一房掴むとそこに口付けをしたのだ。もちろん、今度は私が固まってしまったのは言うまでもない。
 そんな固まった私にウルフイット第三王子は切なげな表情を浮かべながら言ってきた。

「そんな顔をされたら我慢できなくなる。だから、今のは許せ」

 私は思わずこくんと頷くとウルフイット第三王子は馬車内に私をエスコートすると、私を見つめながら言ってきた。

「あのクズからお前を必ず救う。だから、待ってろ」
「……はい」

 そう答えるとウルフイット第三王子は力強く頷いた後、名残り惜しそうに私を見つめながら馬車の扉を閉じるのだった。
 
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