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しおりを挟む正直、その日は授業どころではなかった。ウルフイット第三王子とあんな事があったから。これで普通に授業を受けられるなら、多分その方は鋼の精神を持っているだろう。
もちろん私はそんなものを持ち合わせていないので今も酷く動揺している。
全く先生の話が耳に入ってこないわ……。これ以上ここにいても駄目そうだし、今日はもう早退しましょう……
そう判断すると私は授業が終わると同時に荷物をまとめて教室を出た。だが、廊下でウルフイット第三王子と同じくらい会いたくない人物に会ってしまったのだ。
アルバン様……
私の婚約者が目の前にいたのだ。
「フ、フィーネ、良かった。元気そうだねって……帰るのか?」
「……ええ、調子が悪くなりましたから」
私はアルバン様と顔を合わせないように横を抜けていく。そんな私にアルバン様が再び声をかけてきた。
「フィーネ、家まで送るよ」
それはいつもの優しいアルバン様の声だった。正直、その声を聞いて混乱してしまう。どっちが本当のアルバン様なのだろうと。
でも、すぐに生徒会室での出来事を思いだし私は軽く頭を振った。
こっちが嘘なのよね……
そう思った瞬間、急速に冷えていくアルバン様への思いに内心驚く。こんなにも愛情というのは簡単になくなるのかと……
私はアルバン様を見つめる。かつてはアルバン様の事を思うと憧れや楽しい気分になったが、今はなにも感じなかった。
まあ、だからといって婚約解消しませんかとも言えない。
とにかく今日はもうゆっくりしたいわ。けど、アルバン様とは一緒には居たくない……
私はそう思いアルバン様に答える。
「お手を煩わせるわけにはいきません。御者もおりますので私一人で大丈夫です……」
私は喋るトーンを低くするとアルバン様は何を勘違いしたのか背中に手を添えて言ってきた。
「体調が悪そうじゃないか。それに僕達は婚約者同士だ。支え合わなきゃね」
アルバン様は微笑んできたのでこれ以上、拒否すると変に疑われると判断した私は頷く。
「……それではご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
「ああ、任せてよ」
アルバン様は早速、私をエスコートし始めようとしたが突然、私達の前に派手な格好をした女子生徒が立ちはだかったのだ。
「アルバン、どこにいくの?」
女子生徒は親しげにアルバン様に向かって声をかける。まるで、私なんて存在してないというように……
すると、アルバン様の顔色が悪くなり、私の背中に当てた手を引っ込めたのだ。そして、ばつが悪そうに女子生徒に向かって答える。
「こ、これは、彼女が気分が悪くなったから家まで送っていくんだよ」
「あら、こんなところに人がいたのね。あっ、もしかしてこの地味なのがあなたの婚約者?」
女子生徒は今、私に気づいたとばかりにわざと驚いた顔をしてくる。正直、名乗らずにいきなりあんな不躾なことを言ってきた女子生徒に不快な気分になったが、私は挨拶することにした。
「ご挨拶が遅れました。私はフィーネ・ホイットと申します。婚約者のアルバン様とずいぶんと仲がよろしいですが、お二人はどの様なご関係なのでしょうか?」
そう言って微笑むと女子生徒は眉間に皺を寄せて唇を噛み、アルバン様は真っ青になる。だが、すぐにアルバン様は捲し立てるように私に言ってきた。
「リ、リーシュはダーマル男爵家令嬢で僕の幼馴染なんだ。ぼ、僕達、小さい時から仲が良くてね。だから、変な勘繰りはやめて欲しいな」
アルバン様はそう言った後、明らかな作り笑いを浮かべる。そんなアルバン様に私は首を傾げた。
「アルバン様、変な勘繰りだなんて……。私はただ、どの様なご関係なのかと聞いただけですよ……」
するとアルバン様はハッとしてすぐに頭を下げてくる。
「そ、そうだったね。ごめんよ」
アルバン様は苦笑いすると、それを見ていたダーマル男爵令嬢は私をキッと睨んできた。
「誠実なアルバンに謝らせるなんてあなた酷い女ね」
「誠実……」
私はそう呟きつい吹き出してしまいそうになり、口元に手を当てる。すると、それを見たダーマル男爵令嬢が声を荒げた。
「そうやって体調が悪いふりをして、アルバンの気を引こうとして最低ね!」
「……私は別に気を引こうとはしていません。それに私とアルバン様は婚約者です。それなのに、なぜ、あなた様に私達の仲をとやかく言われなければならないのですか?」
「なっ⁉︎ わ、私とアルバンは……」
ダーマル男爵令嬢は顔を真っ赤にさせ何かを言おうとした。しかし、すぐにアルバン様が慌てて割って入りダーマル男爵令嬢の口を押さえたのだ。
するとダーマル男爵令嬢はその手を払いのけ私を睨みつけるとアルバン様を押しのけ、その場を離れていってしまった。
そんな彼女の背中をアルバン様は心配そうに目で追っていたので、私は言ってあげる。
「心配なら、行ってあげたらどうですか」
「えっ、な、何を言ってるんだい」
「私は馬車に乗って家に帰り、横になれば良いだけですが、あの方は一日中、学院にいるのですよ」
「い、良いのかい?」
「……お決めになるのはアルバン様ですよ」
冷めた口調でそう言うと、アルバン様は私に申し訳なさそうに言ってきた。
「すまない。すぐに家に帰って休む君より、一日中、学院にいる幼馴染のリーシュの方が心配だ」
「わかりました」
私は頭を下げるとさっさとその場を後にしようとしたが、すぐにアルバン様に呼び止められた。
「フィーネ、ちょっと待ってくれ」
「……なんでしょう」
「そ、その、父が融資をして欲しいと……」
「……なぜ、私に言うのですか?」
アルバン様は驚いた顔をしたが作り笑いを浮かべる。
「だって、いつも僕が言ったら喜んで話してくれてたじゃないか」
私はアルバン様の言葉を聞いて頭が痛くなってしまった。確かに私がアルバン様のためにと、今まではお父様に融資を喜んでお願いしていた。
だが、あんな事があってなぜ今、頼めるのだろう。
はあっ、私はこんな人を愛していたのね。なんで、気づけなかったのかしら?
しかし、すぐ理解した。
ああ、恋は盲目ってこういうこと……
正直、アルバン様ではなく自分自身に腹が立ってしょうがなかった。
「……一応、父には話しておきますが、正式に融資の手続きはされる事は忘れないで下さいね」
「もちろん、僕達が結婚すれば問題ないさ! だって愛し合う僕達に婚約破棄なんてありえないだろう。それじゃあ、頼むよ!」
アルバン様はそう早口で言うとダーマル男爵令嬢を慌てて追いかけて行った。私はアルバン様の背中を冷めた目で見つめる。
「愛してるのは私じゃないでしょう……」
そう呟くと私は一人で馬車へと歩いていくのだった。
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