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14、ハーツブルク伯爵家の遺産

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「セシル、ほらよ」

 そう言ってドナールさんは私に銀貨幣の百倍、つまり一枚百万リランの価値がある金貨幣三十枚が入った袋を渡してきた。ちなみにマンモススパイダーの代金である。
 今日はドナールさんに売れたからお金を取りにこいと冒険者ギルドに呼び出されていたのだ。

「いやあ、部位を出品した瞬間あっという間に全部売れちまったよ。しかも、また次を頼むだとさ。まあ、同じものは時間をあけないと簡単に取れるものだと判断されちまって買い取り額が下がるから別の方がいいんだがな」
「では、別のものの方がよろしいですね」
「おいおいあるのかよ……」
「はい」

 私は頷くとマンモススパイダーの半分程のぐ大きさがある蠍を出した。ドナールさんが驚いた顔で蠍に駆け寄る。

「こいつはスコーピオンキングじゃないか!」
「スコーピオンキングですか?」
「ああ、マンモススパイダーと同じくらい強い魔物だ。またとんでもないものを出したな」

 ドナールさんはスコーピオンキングを眺める。それからハサミの部分を指差した。

「このハサミや甲殻は高級装備品になるんだ。もちろん中身や毒は錬金素材になるぞ。ただ番で売った方が高く売れるんだ。セシル、体中に棘がある蠍は持ってるか?」
「探してみます」

 そう答えて収納空間を探してみる。すぐにそれらしきものが見つかったので出すとドナールさんは手を叩き喜んだ。

「またまた状態の良いスコーピオンクイーンだな。番で売れば五千万はいくぞ」
「そんなにいくのですか?」
「ああ、飾りものは権力者の間では人気だからな」
「特にその二体を家に置いておくと悪いものを断ってくれるんだって。まあ、迷信だけど」

 ルナスさんが解体場に入ってくるなりそう言ってきた。私はすぐにルナスさんに駆け寄る。

「もう用事は終わったのですか?」
「うん。たいしたことないからさっさと終わらせたわ。それよりドナールのおやっさん、購入者に変に勘繰られたりしてしなかった?」
「今は大丈夫だがあまり上級の魔物を出し続けると周りが討伐者に興味を持ってしまうな……」
「うーん、後々は良いけど今はちょっと目立ちたくないのよね」
「なら、このランクの魔物は月に一回ぐらい捌いていく感じにするか?」
「そうだね……」

 ルナスさんは辺りを見回す。そして沢山の魔物が描かれた紙を壁から剥がして持ってくると言ってきた。

「セシル、この魔物表の中に描かれている魔物っている?」
「ええと……はい、沢山ありますね」
「それなら基本売りに出すのはこのBランク以下の魔物表に載ってるやつでAランクのは月一って感じにしようよ」
「おう、わかった! じゃあ、俺はこいつらを素材にするか剥製にするか相談してみる。ああ、それとセシル。ギルド長から伝言だ。あの角にまた前回と同じ数の遺体と遺品を置いといてくれ。物は後で返すとよ」
「はい、わかりました」

 私は早速角に移動してご遺体と遺品を置いていく。しばらくするとルナスさんが慌てて遺品の一つを掴む。そして呟いたのだ。

「これハーツブルク伯爵のかも……」
「知ってらっしゃる方ですか?」
「うん。ただ、十年ぐらい前に突然行方不明になってね……」

 そう答えながら掴んだ遺品の近くを見て回る。いくつか手に取ると溜め息を吐いた。

「ハーツブルク伯爵夫人にその子息、使用人、護衛もいたわ。まさか断罪の裂け目に落ちていたなんて……」
「ど、どうしましょうか?」
「すぐにレッドのおっさんに報告しにいかなきゃ」

 そしてルナスさんはあっという間に解体場をを出て行ってしまったのだ。
 だから慌てた後を追ったのだ。この件は私が掘り起こしてしまったようなものだから関わらなければいけないと思ったから。
 ただ、頑張って後を追ったのだが間に合わなかったらしい。二人は既に話を始めていたから。

「じゃあオルデール王国の貴族が犯人になるのか?」

 報告を受けたであろうレッドさんがそう尋ねるとルナスさんが頷く。

「下層区を潰してオルデール王国の住人を住まわせる計画を中止させたのがハーツブルク伯爵だよ。間違いないね」

 更に遺品の家紋部分を見せるとレッドさんは眉間に皺を寄せる。そして勢いよく机を叩き言ったのだ。

「くそっ、あいつら調子に乗りやがって。当時わかっていたら全員捕まえてやったのによ!」
「なら、今後やったら捕まればいいじゃない」
「勇者連中がいるから無理だろう!」
「いや、もうあいつらのことは気にしなくていいよ」
「はっ⁉︎」

 ルナスさんの言葉にレッドさんは驚いた顔を向ける。

「じゃあ、今後はオルデール王国の貴族がやらかしたら俺達冒険者が捕まえてもいいってことか?」
「あっ、ごめん。やっぱり今はまだしないで。計画の途中だから」
「……なら急いでくれよ」
「もちろん今回の件で更に加速できそうだから」
「そうか。だが良いのか? 今回の件は領主に説明しないわけなはいかないだろう?」
「まあ、そうなるよねえ……。でも、どうやって言葉を濁しながら説明しようかなあ」

 ルナスさんは悩んだ表情を浮かべると部屋にエリスさんが勢いよく入ってくる。そして自信ありげに言ってきたのだ。

「それなら簡単よ。断罪の裂け目の底で見つけたって言えば良いのよ」
「でもどうすんのよ? そのまま言ったらあの人に疑われるわよ」

 ルナスさんが肩をすくめるとエリスさんは笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。冒険者ギルドの守秘義務でセシルさんの部分は黙秘すれば」
「ああ、なるほど。どの国にも属さない冒険者ギルドの特権を利用するのね」
「ええ、そういうこと」
「なら、これから行っちゃおうよ。いいよねレッドのおやっさん」
「はあっ、全く準備ってものが……まあ、ルナスが行くなら大丈夫か」
「そういうこと。だからさっさと行ってちゃっちゃと終わらそう」

 そしてルナスさんはこれから戦いに行くとばかりに勢いよくソファから立ち上がったのだ。ただその後、上層区にあるラジル・オリベア領主様が住まれている屋敷に近づくと勢いは弱まっていったが。
 しかも、しばらくして立ち止まると大きく溜め息を吐いてしまったのだ。エリスさんが苦笑し、ルナスさんの背中を叩く。

「しっかりしなよルナス」
「やり込められそうな気がしてきたのよ。父上に……」
「えっ……」

 つい声を出してしまったが、すぐにはっとする。気づいてしまったから。オリベアはルナスさんの姓だったことを。ルナスさんを見ると頷いてきた。

「ラジル・オリベア……私の父よ。そしてあれが目的地のオリベア邸」

 ルナスさんは先の方に見える豪華な屋敷を指差す。その大きさはオルデール王国の王都にあるシルフィード公爵家のタウンハウスの倍は大きかった。聞けば、ラジル・オリベア領主様はここ以外に屋敷は所有していないそうなのだ。

「つまり、ルナスさんのご実家ですね」
「まあね」
「ちなみにルナスのお父さんはサジウス領を治めてるから他の国からすると国王みたいな扱いになるらしいわよ」
「じゃあ、ルナスさんは王女様なのですか?」
「ははは、あたしを王女様扱いしないでよ。まあ、姉さんにはしても良いと思うけど……」
「ルナスさん、お姉様がいらっしゃるんですか?」
「兄も弟も沢山いるよ。まあ、姉さん以外みんな他国や別の大陸に行っちゃってるけど」

 ルナスさんはご兄弟を思いだしたのか空を見つめる。そんなルナスさんを見て、私もかつて魔王を倒すために隣りの大陸に渡った時のことを思いだした。
 ただし、私は向こうの大陸の人々との交流はほとんどなかったが。もちろんジークハルト様やお義姉様がさせてくれなかったから。
 ただ、それでもほんの少しだけ関わる事ができた人達はとても親切だったのだ。

 まるで、ルナスさん達の様に。

 私はルナスさんに微笑む。

「きっと、ご兄弟の皆さんもルナスさんみたいに沢山の方を救ってあげてるのでしょうね」
「いやいや、あいつら父上に似て腹黒だからね。そうだ、腹黒と言えばセシルはなるべくあの人と会話しないようにね。何せ今あの人に目をつけられるわけにはいかないから」
「そうなのですか?」
「場合によっては利用されるから……」
「わ、わかりました。気をつけます」
「よし、じゃあ、さっさと報告してあたし達は物件探しをしよう」

 ルナスさんは笑顔で屋敷を見る。だけどその表情はすぐ歪んでしまう。屋敷の門が開いて中から使用人らしき高齢の男性が現れたから。

「お待ちしてましたよ。ルナスお嬢様」
「……セバスト、あたし達が来るのを知っていたの?」

 ルナスさんはにこやかに会釈してきた使用人らしき高齢の男性……セバストさんに詰め寄る。しかし、セバストさんはただ微笑むだけだった。レッドさんが頭をかきながら苦笑する。

「やっぱり情報が漏れてたか……」
「はっ? どこでよ?」
「冒険者や町の住人だよ。お前の親父さんはお前が思ってる以上に慕われてんだよ」

 するとルナスさんは悔しそうに屋敷の方を睨む。それから私達を置いて中に駆け込んでしまったのだ。
 残された私達は顔見合わせていると、セバストさんがこちらに来て丁寧に挨拶をしてきた。

「ご挨拶が遅れました。私は執事のセバストと申します」
「わ、私はセシルと申します」

 一応、貴族的な挨拶をするとセバストさんは首を横に振り微笑んだ。

「私達にそんな硬い挨拶は必要ありません。では皆様、旦那様がお待ちしてますのでご案内致します」

 そう言うと私達をラジル・オリベア領主様がいる応接室まで案内してくれたのだ。ちなみに、オリベア邸の内装は派手で目がチカチカするシルフィード公爵家の屋敷と違って落ち着いた色合いの上品な内装をしていた。
 ただし、ゆっくりと眺めることはできなかったが。応接室に入るとルナスさんと壮年の男性が対峙していたから。

「どういうことよ! なんで色々知ってんのよ⁉︎」

 ルナスさんが男性に向かって怒鳴る。しかし男性は余裕そうに笑みを浮かべた。

「私を誰だと思ってる。お前の行動など筒抜けだ……と言いたいところだが、断罪の裂け目の件の報告を聞いた時は焦ったぞ。全く、あれほど下調べはしろと言ったろう」
「し、仕方ないでしょ。緊急依頼って言われたんだから……。それより、ハーツブルク伯爵の件を知ってるならもう良いでしょう。あたしら帰るから」
「駄目だ。話はまだ終わっていない。座るんだルナス。それとレッドにエリスもな」

 それから男性は私のところに来ると丁寧に挨拶をしてきたのだ。

「私はこのサジウス領を治めるラジル・オリベア。気軽にラジルと呼んで欲しい。それと娘のルナスの命を救って頂き礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
「い、いえ、私はたいしたことは……」
「ふふ、わかった。今はそうしておこう」

 そしてラジルさんは優しげな表情で私を見つめると、近くのソファへとエスコートしてくれたのだ。
 するとその様子を見ていたルナスさんがラジルさんを睨んだ。

「どこまで知ってるの……」
「さあ、私は知らんよ。それより、ハーツブルク伯爵の件で話をしたい」
「……何よ」
「ハーツブルク伯爵の遺産だ。ハーツブルク伯爵は自分に何かあったらと遺言書を書いていてね。しかも相続させる相手を私に選ばせると指定してきたんだ」
「なるほど。それで遺体を見つけたセシルに相続させるってことね」
「半分正解だな。何せハーツブルク伯爵は本来は他国の貴族だから爵位の譲渡とかは既に済ませてしまっているからな」
「じゃあ、後は何が残ってるの?」
「この町にある屋敷だ」
「屋敷!」

 ルナスさんとエリスさんが勢いよく立ち上がる。ラジルさんが呆れた表情を二人に向けた。

「なんだセシルの屋敷に居候する気か? しかもエリスまで」
「そりゃ、そうよ。あたし達がセシルの面倒を見るんだから」
「レッドはいいのか?」
「ああ、もうそろそろ家族も帰ってくるし俺も状況は理解してる」
「そうか」

 ラジルさんは納得した表情で頷く。それから紙と鍵の様なものを出し言ってきたのだ。

「ではハーツブルク伯爵の屋敷までの道のりと、魔導具製の鍵を渡しておこう。ああ、長いこと屋敷には人が入ってないから大変だと思うぞ」
「大丈夫よ。私達でなんとかするから」
「そうそうたいしたことないですよ」

 ルナスさんとエリスさんは余裕そうな笑みを浮かべる。ラジルさんは溜め息を吐いた。

「全く二人に任せておくと心配になるな」
「ふん、心配しなくていいわ。今の私なら何がこようが問題ないからね」
「そうそうルナスならね」

 そう言うと二人は意気揚々と肩を組んだのだ。ただしその後、ハーツブルク伯爵の屋敷に到着すると意気消沈としてしまったが。
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