5 / 15
腑に落ちない
しおりを挟む
色々と考える間もなく、カウンター下に置かれたファイルに手がのびた。
暴力に訴えるのはよくないって知ってる。
知ってるんだけど、でも、本気で。
かなり本気で、このバカの頭をぶん殴りたくなった。
「平田さん、ちょっと」
がしっとファイルを掴んだ瞬間に、事務室の方から、緩やかに呼び掛けられる声。
暴力行為が人前で行われなかったのは、ひとえに、部長のおかげ。
ものすごく紙一重のタイミングで、部長からのお呼びがかかったから。
「……はい。じゃあ、山本さん、部長に呼ばれてるんでこれで」
「ねえ、返事は?」
呼ばれてるって言ってんのに、まだ言うか。
「すいません、呼ばれてますから」
「うん。だから、返事だけ聞かせてよ」
これだけ聞かせてっていう態度に、ため息ひとつ。
さすがに部長に呼ばれてるっていう状態が、どういうことかっていうのは読み取れたらしい。
一応はサラリーマンだものね。
「お断りします。山本さんと一緒に出掛ける理由なんて、どこにもないですから」
「山本さん……て、何でそんな他人行儀なわけ?」
「他人でしょ」
納品伝票に間違いなく『平田』と、あたしのシャチハタ印が押されているのをもう一度確認して、あたしは伝票を突き返す。
「もう関係のない、赤の他人ですから」
事務室に入ると、周囲からの視線が痛い。
ホントに、申し訳ない気分になる。
あたしが自ら関わりに行ってるわけではないけど、あの人の場の読めなさときたら。
「無事に諸々回避できた?」
部長のデスク前に立つと、両手の人差し指で雨だれのようにパソコンを打ちながら、部長がそれだけ言った。
「はい。ありがとうございます」
「君のせいじゃないのはわかってるけど、ちょっと困るよね。雰囲気悪くなるし。カウンター対応、担当の人たちで考えて」
「はい」
スイマセンでしたと頭を下げると、ディスプレイから顔をあげた部長が、思いついた顔で聞いてきた。
「君、今日、遅番だっけ?」
大学図書館っていう普通の図書館とはちょっと違う役割上、ここは開館時間が長い。
学生さんや大学の研究者が資料を探しに来るので、それに合わせて開館しているから、朝も早いし、夜も遅い。
それに対応して、勤務シフトが組まれている。
朝早いのが早番で、夜遅いのが遅番。
基本的にオール、と呼ばれる勤務は、ほとんどないけれど。
いわゆる一般企業さんの就業時間は中番、と呼ばれる勤務時間帯だ。
「中番です」
「んー……微妙だね。誰かに代わってもらった方がいいかな。学生にまぎれて帰れる時間に帰ってね」
「え?」
「問題が起きてからじゃ、遅いから。営業さんなんて時間の融通はつくだろうけど、少しでも人の目がある時に帰宅してください」
「はい」
いい子の返事をして頭を下げる以外、どうできたっていうんだろう。
上司としては確かにそういう判断をするしかないんだろうなって思う。
元夫は、何故か今日は特にしつこかったし、このまま付きまとわれたりしても困る。
職場的にも、問題は避けたいんだろう。
でも。
あたしは、ちゃんとあたしの生活がしたいのに。
なんで、こんなことで邪魔されなくちゃいけないのって、引っ掛かりを感じる。
こんな風に思いたくもないし、さっさとあの人にはかかわらずに生きていきたいと思っているのに。
ああ、もうホントに、さあ。
あたしの人生、引っ掻き回して楽しいか?
暴力に訴えるのはよくないって知ってる。
知ってるんだけど、でも、本気で。
かなり本気で、このバカの頭をぶん殴りたくなった。
「平田さん、ちょっと」
がしっとファイルを掴んだ瞬間に、事務室の方から、緩やかに呼び掛けられる声。
暴力行為が人前で行われなかったのは、ひとえに、部長のおかげ。
ものすごく紙一重のタイミングで、部長からのお呼びがかかったから。
「……はい。じゃあ、山本さん、部長に呼ばれてるんでこれで」
「ねえ、返事は?」
呼ばれてるって言ってんのに、まだ言うか。
「すいません、呼ばれてますから」
「うん。だから、返事だけ聞かせてよ」
これだけ聞かせてっていう態度に、ため息ひとつ。
さすがに部長に呼ばれてるっていう状態が、どういうことかっていうのは読み取れたらしい。
一応はサラリーマンだものね。
「お断りします。山本さんと一緒に出掛ける理由なんて、どこにもないですから」
「山本さん……て、何でそんな他人行儀なわけ?」
「他人でしょ」
納品伝票に間違いなく『平田』と、あたしのシャチハタ印が押されているのをもう一度確認して、あたしは伝票を突き返す。
「もう関係のない、赤の他人ですから」
事務室に入ると、周囲からの視線が痛い。
ホントに、申し訳ない気分になる。
あたしが自ら関わりに行ってるわけではないけど、あの人の場の読めなさときたら。
「無事に諸々回避できた?」
部長のデスク前に立つと、両手の人差し指で雨だれのようにパソコンを打ちながら、部長がそれだけ言った。
「はい。ありがとうございます」
「君のせいじゃないのはわかってるけど、ちょっと困るよね。雰囲気悪くなるし。カウンター対応、担当の人たちで考えて」
「はい」
スイマセンでしたと頭を下げると、ディスプレイから顔をあげた部長が、思いついた顔で聞いてきた。
「君、今日、遅番だっけ?」
大学図書館っていう普通の図書館とはちょっと違う役割上、ここは開館時間が長い。
学生さんや大学の研究者が資料を探しに来るので、それに合わせて開館しているから、朝も早いし、夜も遅い。
それに対応して、勤務シフトが組まれている。
朝早いのが早番で、夜遅いのが遅番。
基本的にオール、と呼ばれる勤務は、ほとんどないけれど。
いわゆる一般企業さんの就業時間は中番、と呼ばれる勤務時間帯だ。
「中番です」
「んー……微妙だね。誰かに代わってもらった方がいいかな。学生にまぎれて帰れる時間に帰ってね」
「え?」
「問題が起きてからじゃ、遅いから。営業さんなんて時間の融通はつくだろうけど、少しでも人の目がある時に帰宅してください」
「はい」
いい子の返事をして頭を下げる以外、どうできたっていうんだろう。
上司としては確かにそういう判断をするしかないんだろうなって思う。
元夫は、何故か今日は特にしつこかったし、このまま付きまとわれたりしても困る。
職場的にも、問題は避けたいんだろう。
でも。
あたしは、ちゃんとあたしの生活がしたいのに。
なんで、こんなことで邪魔されなくちゃいけないのって、引っ掛かりを感じる。
こんな風に思いたくもないし、さっさとあの人にはかかわらずに生きていきたいと思っているのに。
ああ、もうホントに、さあ。
あたしの人生、引っ掻き回して楽しいか?
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
もっさいおっさんと眼鏡女子
なななん
ライト文芸
もっさいおっさん(実は売れっ子芸人)と眼鏡女子(実は鳴かず飛ばすのアイドル)の恋愛話。
おっさんの理不尽アタックに眼鏡女子は……もっさいおっさんは、常にずるいのです。
*今作は「小説家になろう」にも掲載されています。
独り日和 ―春夏秋冬―
八雲翔
ライト文芸
主人公は櫻野冬という老女。
彼を取り巻く人と犬と猫の日常を書いたストーリーです。
仕事を探す四十代女性。
子供を一人で育てている未亡人。
元ヤクザ。
冬とひょんなことでの出会いから、
繋がる物語です。
春夏秋冬。
数ヶ月の出会いが一生の家族になる。
そんな冬と彼女を取り巻く人たちを見守ってください。
*この物語はフィクションです。
実在の人物や団体、地名などとは一切関係ありません。
八雲翔
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
スカートとスラックスの境界線〜葉山瑞希がスカートを着る理由〜
さわな
ライト文芸
高等部の始業式当日、透矢は小学校の同級生だった瑞希と小五以来の再会を果たす。何故か瑞希はスカートを着用し、女の身なりをしていた。昔、いじめっ子から守ってもらった過去をきっかけに瑞希は透矢を慕うようになるが、透矢はなかなか瑞希を受け入れられない。
瑞希は男? 女? スカートを履く理由は……?
性別不明の高校生・葉山瑞希と、ごく普通の男子高校生・新井透矢が自分らしい生き方を模索するボーイミーツボーイ青春物語。
Limited Mad Writer Week企画~学校生活セレクション~
紅粉 藍
ライト文芸
2022/02/21~27まで紅粉 藍のツイッターアカウント上で行ったぼっち企画の再録です。
Limited Mad Writer Week企画、そのこころは、『1週間限定で狂ったように執筆する』企画。 要は、1週間(7日間)だけ毎日短編を1時間の制限時間内に1作ずつ書き上げて、紅粉のツイッターアカウントから出来立てほやほや小説を放流する。(英語は十中八九間違ってるので、空気だけ吸っておいてください)
こちらは、上記期間に執筆した7作を公開した曜日ごとに章分け、加筆修正して再録したものになります。当時の作品・つぶやきなどツイートは#LMWW企画でさかのぼれます。したためたものを新書メーカー様で画像に変換し、ツイートしてました。もしくは@beniko_skycolorツイッターアカウントへ。
【3】Not equal romance【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
大学生の桂咲(かつら えみ)には異性の友人が一人だけいる。駿河総一郎(するが そういちろう)だ。同じ年齢、同じ学科、同じ趣味、そしてマンションの隣人ということもあり、いつも一緒にいる。ずっと友達だと思っていた咲は駿河とともに季節を重ねていくたび、感情の変化を感じるようになり……。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ三作目(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)
雨音
宮ノ上りよ
ライト文芸
夫を亡くし息子とふたり肩を寄せ合って生きていた祐子を日々支え力づけてくれたのは、息子と同い年の隣家の一人娘とその父・宏の存在だった。子ども達の成長と共に親ふたりの関係も少しずつ変化して、そして…。
※時代設定は1980年代後半~90年代後半(最終のエピソードのみ2010年代)です。現代と異なる点が多々あります。(学校週六日制等)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる