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たかせまこと

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厄日だったのかもしれない

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 就業間近になって訪れたのは、元・夫。
 強調点打ってあげてもいいわ。
 もと、夫!
 当たり前のように受付のカウンターにやってきて、当たり前のようにあたしに話しかける。
 ああ、もう!
 塩もってこい。
 誰か、ここに塩もってきて。
 葬儀場に行った時についてたり、弁当や赤飯についてたりするような、あんなかわいい量じゃなくて、スーパーで売ってる一キロ袋がいいわ。
 あとの掃除のことを考えずに、今すぐこの人の頭からぶちまけたい。
 本気で。
 善良であることとか優しいことは、すべての所業の免罪符になんてならないのよ。
 当然のように、カウンター越しにあたしに話しかける元夫には、呆れ果てる。
 ホント、面の皮厚いったらない。
 あたしはできるだけ事務的に会話を交わして、奥の事務室に引っ込もうとしているのに、元夫は全く気がつかないように話を続ける。
 わざわざのご来訪ならストーカー扱いもできるのに、残念ながら、仕事。
 彼は事務用品を取り扱う会社の営業、だから。
 仕事だから仕方ないとは思うんだけど、だからって何故そこで当然のようにあたしを自分専用窓口のように扱えるのかしら、とは思う。
 カウンター内や事務室の、微妙な空気に気がつかないもんか。
 あの頃のことを知っている人たちは、それぞれに、何ともいえない空気を醸し出してるっていうのに。

「夏休み、ここはあるの?」

 馴れ馴れしいくらいの口調には、ホントに呆れる。

「順番に取ることにはなってますよ」
「閉館しないの?」
「学生さんが困られますから……完全に閉めるのは、お盆の3日くらいですね」

 あたしの夏休みが、何故にあなたに関係あるの? って言わないあたしの忍耐力よ。
 このまま耐えてねって思っていたら、この人、とんでもないことを言い出した。

「じゃあ、その時に行こうか」

 は?
 一瞬本気で我が耳を疑った。
 何と言った? 

「どこに?」
「墓参りに」
「誰の?」
「って、裕子のご両親の」

 はああああああ?!

「何故?」
「だって、一度はちゃんと頭下げときたいって言ってるのにさあ。裕子の今の家を教えてくれなくて、仏壇に手を合わせるのも許してくれないじゃないか。お墓の場所も教えてくれないんじゃ、一緒に行くしかないだろう?」

 ねえ。
 本気で言ってる?
 誰か教えてよ、この人バカ?
 っていうか、バカよね?
 間違いなく、バカだよね?

「行ってどうすんのよ」
「約束守れなかったことを、謝りたくて」
「今更?」
「俺はずっとそう言ってるよ。裕子が教えてくれないんじゃん」

 教えるわけないでしょ。
 あなたの浮気が原因で、別れたのよ。
 その時のすったもんだで、あたしがどれだけ疲弊したと思っているの?
 当然一緒に住んでいた家からは引っ越しした。
 両親の残した家も処分して、保険金やら慰謝料やら使って、あたしは今住んでいるマンションを買った。
 住所だって電話番号だって、教えるわけないでしょ。
 弁護士通しなさいよ。
 両親のお墓にだって、来なくていいわ。
 善良であることは、何の免罪符にもならないのよ。
 自分が楽になりたいだけなんじゃないの?
 そう、言いたくなる。
 知ってる。
 こういう人だ。
 何がおかしいかとか、どうしてあたしが嫌がっているかとか、想像できない。

 自分があたしを捨てた。
 両親との約束を守れなかった。
 あたしが一人でいるのは自分のせいだから、心配だ。

 この人の中の正義。
 正しいと思うこと。
 それを押し通すことしか考えられなくなっている。
 恋人だった時にはコンコンと説教してでも、お互いの妥協点を探った。
 そういうことができる人だから。
 でも。
 だけどね。

 ちょっと待てや、こら。

 そういうことをしていたのは、この人があたしの男だったからだ。
 別に今のこの人にそういうことする義務も責任も気持ちも思いやりも、あたし、持ってない。
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