9 / 19
求め
しおりを挟む
「ジュタを王宮には行かせないと言っている」
「ならばせめて、王のお側に」
「側に行かせてどうする? ジュタを囲うのか? 何の立場も与えられないくせに」
「今のお身体は男性なので、正妃とはいかないでしょう……けれど、それなりのお立場は保証されましょう。こんな鄙で村人たちと同じように汗水たらさずとも、生活はできます」
イルスが一人で頑張っているのを、この人は心配しているんだろう。
だからおれを近くに置きたいだけで、今のおれを否定してるわけじゃない。
それはわかってる。
でも、こんな鄙なんて言わないでほしい。
汗水たらすことだって、おれは気に入ってるんだ。
ぎゅうっと絞められたような気がした。
胸なのか、喉なのか、わからない。
だけどぎゅうって絞められて、息が苦しくなって、耳の奥が詰まったみたいになって、顔が熱くなって、物の輪郭がゆがんだ。
「おれが知っているイルスは……王じゃない……」
「あなたが王宮におられたときは、そうです。けれど、今は即位なさった。この国の……あなたの安寧のために、おひとりで励んでおられます」
手で服をつかんだ。
自分の胸元。
左胸の痣をつかみたかったのか、喉元を緩めたいのかわかんない。
ただ、どうしようもなくて服を握った。
うまく息が吸えなくて、口を動かした。
ちっちゃい時泣きすぎて息が出来なくなったら、兄ちゃんが背中をとんとんってしてなだめてくれたなって、不意に思い出した。
『寿太郎、ふ~だよ。ふ~してみ? 大丈夫、焦んなくていいから、ふ~って』
耳の奥で兄ちゃんの声がしたから、ふぅってゆっくり息を吐く。
吐いた分だけ勝手に空気が入ってきて、少しだけ、呼吸が楽になる。
「ジュタ」
後ろに立っていたミリヒがおれの肩を支えてくれて、身体が傾いでいたって気がついた。
「大丈夫……なんでもない……」
「何でもなくはないだろう……顔色が悪い。ぼくが話をしておくから、君は家に入って休むといい」
ミリヒの声はとても優しい。
優しさでくるんでおれを甘やかしてくれる。
「守り人殿に話しているのではないと申し上げている」
「耳を貸す必要はない。君はすべてを置き去りにしてここに来てくれた。それで、もう充分なんだよ」
西の森のジュタは、祈りしか求められていない。
そうだ。
おれはここに来てから別の場所での祈りや、もやもやした黒いのを消すとか、なんか偉そうな人の病気を治すとか、そういうのは全然していない。
ミリヒがそれでいいと言ったから。
けど、きっと。
この神官が来たのが今なだけで、イルスの周りではずっと、おれを呼び戻して聖女ジューがしていたような仕事をしろって、求められていたはずだ。
イルスが防波堤になっていた。
再会の時に『はじめまして』そう言って、すぐさまおれをここに送り出したくせに。
それはおれを疎んでのことじゃなくて、イルスの優しさだったっていうのか?
「その王から、ぼくはジュタを頼まれている。守り人としてだけではなく、その立場から言うよ。なんだってわざわざこれ以上の苦労をさせようと思うんだ? ジュタはここにいる。王のそばにはいかない。このぼくが行かせない」
視界がにじんで溶けた。
正解はなに?
「ならばせめて、王のお側に」
「側に行かせてどうする? ジュタを囲うのか? 何の立場も与えられないくせに」
「今のお身体は男性なので、正妃とはいかないでしょう……けれど、それなりのお立場は保証されましょう。こんな鄙で村人たちと同じように汗水たらさずとも、生活はできます」
イルスが一人で頑張っているのを、この人は心配しているんだろう。
だからおれを近くに置きたいだけで、今のおれを否定してるわけじゃない。
それはわかってる。
でも、こんな鄙なんて言わないでほしい。
汗水たらすことだって、おれは気に入ってるんだ。
ぎゅうっと絞められたような気がした。
胸なのか、喉なのか、わからない。
だけどぎゅうって絞められて、息が苦しくなって、耳の奥が詰まったみたいになって、顔が熱くなって、物の輪郭がゆがんだ。
「おれが知っているイルスは……王じゃない……」
「あなたが王宮におられたときは、そうです。けれど、今は即位なさった。この国の……あなたの安寧のために、おひとりで励んでおられます」
手で服をつかんだ。
自分の胸元。
左胸の痣をつかみたかったのか、喉元を緩めたいのかわかんない。
ただ、どうしようもなくて服を握った。
うまく息が吸えなくて、口を動かした。
ちっちゃい時泣きすぎて息が出来なくなったら、兄ちゃんが背中をとんとんってしてなだめてくれたなって、不意に思い出した。
『寿太郎、ふ~だよ。ふ~してみ? 大丈夫、焦んなくていいから、ふ~って』
耳の奥で兄ちゃんの声がしたから、ふぅってゆっくり息を吐く。
吐いた分だけ勝手に空気が入ってきて、少しだけ、呼吸が楽になる。
「ジュタ」
後ろに立っていたミリヒがおれの肩を支えてくれて、身体が傾いでいたって気がついた。
「大丈夫……なんでもない……」
「何でもなくはないだろう……顔色が悪い。ぼくが話をしておくから、君は家に入って休むといい」
ミリヒの声はとても優しい。
優しさでくるんでおれを甘やかしてくれる。
「守り人殿に話しているのではないと申し上げている」
「耳を貸す必要はない。君はすべてを置き去りにしてここに来てくれた。それで、もう充分なんだよ」
西の森のジュタは、祈りしか求められていない。
そうだ。
おれはここに来てから別の場所での祈りや、もやもやした黒いのを消すとか、なんか偉そうな人の病気を治すとか、そういうのは全然していない。
ミリヒがそれでいいと言ったから。
けど、きっと。
この神官が来たのが今なだけで、イルスの周りではずっと、おれを呼び戻して聖女ジューがしていたような仕事をしろって、求められていたはずだ。
イルスが防波堤になっていた。
再会の時に『はじめまして』そう言って、すぐさまおれをここに送り出したくせに。
それはおれを疎んでのことじゃなくて、イルスの優しさだったっていうのか?
「その王から、ぼくはジュタを頼まれている。守り人としてだけではなく、その立場から言うよ。なんだってわざわざこれ以上の苦労をさせようと思うんだ? ジュタはここにいる。王のそばにはいかない。このぼくが行かせない」
視界がにじんで溶けた。
正解はなに?
57
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説
天使の声と魔女の呪い
狼蝶
BL
長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。
ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。
『も、もぉやら・・・・・・』
『っ!!?』
果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?
仮面の兵士と出来損ない王子
天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。
王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。
王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。
美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。
尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話
天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。
レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。
ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。
リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?
異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。
侯爵令息、はじめての婚約破棄
muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。
身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。
ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。
両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。
※全年齢向け作品です。
奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される。
拍羅
BL
転生したら奴隷商人?!いや、いやそんなことしたらダメでしょ
親の跡を継いで奴隷商人にはなったけど、両親のような残虐な行いはしません!俺は皆んなが行きたい家族の元へと送り出します。
え、新しく来た彼が全く理想の家族像を教えてくれないんだけど…。ちょっと、待ってその貴族の格好した人たち誰でしょうか
※独自の世界線
最愛を亡くした男は今度こそその手を離さない
竜鳴躍
BL
愛した人がいた。自分の寿命を分け与えても、彼を庇って右目と右腕を失うことになっても。見返りはなくても。親友という立ち位置を失うことを恐れ、一線を越えることができなかった。そのうちに彼は若くして儚くなり、ただ虚しく過ごしているとき。彼の妹の子として、彼は生まれ変わった。今度こそ、彼を離さない。
<関連作>
https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/745514318
https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/186571339
R18にはなりませんでした…!
短編に直しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる