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求め

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「ジュタを王宮には行かせないと言っている」
「ならばせめて、王のお側に」
「側に行かせてどうする? ジュタを囲うのか? 何の立場も与えられないくせに」
「今のお身体は男性なので、正妃とはいかないでしょう……けれど、それなりのお立場は保証されましょう。こんな鄙で村人たちと同じように汗水たらさずとも、生活はできます」

 イルスが一人で頑張っているのを、この人は心配しているんだろう。
 だからおれを近くに置きたいだけで、今のおれを否定してるわけじゃない。
 それはわかってる。
 でも、こんな鄙なんて言わないでほしい。
 汗水たらすことだって、おれは気に入ってるんだ。
 ぎゅうっと絞められたような気がした。
 胸なのか、喉なのか、わからない。
 だけどぎゅうって絞められて、息が苦しくなって、耳の奥が詰まったみたいになって、顔が熱くなって、物の輪郭がゆがんだ。

「おれが知っているイルスは……王じゃない……」
「あなたが王宮におられたときは、そうです。けれど、今は即位なさった。この国の……あなたの安寧のために、おひとりで励んでおられます」

 手で服をつかんだ。
 自分の胸元。
 左胸の痣をつかみたかったのか、喉元を緩めたいのかわかんない。
 ただ、どうしようもなくて服を握った。
 うまく息が吸えなくて、口を動かした。
 ちっちゃい時泣きすぎて息が出来なくなったら、兄ちゃんが背中をとんとんってしてなだめてくれたなって、不意に思い出した。
『寿太郎、ふ~だよ。ふ~してみ? 大丈夫、焦んなくていいから、ふ~って』
 耳の奥で兄ちゃんの声がしたから、ふぅってゆっくり息を吐く。
 吐いた分だけ勝手に空気が入ってきて、少しだけ、呼吸が楽になる。

「ジュタ」

 後ろに立っていたミリヒがおれの肩を支えてくれて、身体が傾いでいたって気がついた。

「大丈夫……なんでもない……」
「何でもなくはないだろう……顔色が悪い。ぼくが話をしておくから、君は家に入って休むといい」

 ミリヒの声はとても優しい。
 優しさでくるんでおれを甘やかしてくれる。

「守り人殿に話しているのではないと申し上げている」
「耳を貸す必要はない。君はすべてを置き去りにしてここに来てくれた。それで、もう充分なんだよ」

 西の森のジュタは、祈りしか求められていない。
 そうだ。
 おれはここに来てから別の場所での祈りや、もやもやした黒いのを消すとか、なんか偉そうな人の病気を治すとか、そういうのは全然していない。
 ミリヒがそれでいいと言ったから。
 けど、きっと。
 この神官が来たのが今なだけで、イルスの周りではずっと、おれを呼び戻して聖女ジューがしていたような仕事をしろって、求められていたはずだ。
 イルスが防波堤になっていた。
 再会の時に『はじめまして』そう言って、すぐさまおれをここに送り出したくせに。
 それはおれを疎んでのことじゃなくて、イルスの優しさだったっていうのか?

「その王から、ぼくはジュタを頼まれている。守り人としてだけではなく、その立場から言うよ。なんだってわざわざこれ以上の苦労をさせようと思うんだ? ジュタはここにいる。王のそばにはいかない。このぼくが行かせない」

 視界がにじんで溶けた。
 正解はなに?

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