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秋の怪談話

一陣の風

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「じいさまを待つって言ったって、ウチのじいさまは死んだし、ここ何にもないじゃん。こんなとこで待つっていうのか? いつまで? っていうか、全然わけわかんないんだけど」

 千代見は細い指でそっと押さえているだけなのに、何故かオレの手は動かせない。
 なんだこれ。
 誰かが遠くから今の様子を見ていたとしたら、二人で手を取り合って見つめあっているように見えるだろう。
 だけどオレ、必死だからね。
 訳わからんしもう内心冷や汗ダラダラよ。

「優太さまには信じていただけないやもしれませぬが……お話いたします」

 千代見がそう前置きして話し始めたのは、信じられない話。
 いやだって、人じゃないって言われたって、信じられないっしょ。
 けどまあ、千代見の話はこうだ。
 ウチのじいさまは、それはもう、丹精込めて菊を育てるヒトで、その腕前は名人通り越して仙人の域に達してたんだという。
 何でそう言えるかっていうと、千代見が生まれたからだそうだ。

「わたくしは多比良さまの手による菊花の精……とでも申しましょうか。多比良さまが心血を注いてくださったので、わたくしは生まれました。それでずっと多比良さまのお手伝いをしていたのです。けれど多比良さまが此岸を離れてしまわれて、多比良さまの菊花は咲かず、わたくしは現身をなくしてしまったのです」 

 じいさまは死んだあと身軽になって、期間限定であちこち彷徨っているんだという。
 その期間が一年。
 じいさまが戻って彼岸に渡って菊の花を育てたら、その時はまた千代見は姿を現せることになっていたそうだ。
 けど、千代見はそれを待てなかった。
 少しでも早くにじいさまに会いたいと、姿はないまま嘆いていたんだってさ。
 それを苅屋姫さまとかいう人? が同情して、力を貸してくれた。
 縁のあるここにじいさまは必ず帰ってくるから、ここでじいさまを待つと約束したんだという。

「よくできた話だよね」
「わたくしにとっては真のことでございますから。姫さまは丞相にお話をしてくださいましたの。『飛梅がありなのでしたら、元の土がある場所で姿を持つくらい大したことはないでしょう』と。それで、わたくしはここに参ったのでございます」

 ええと、もう、どこからどう突っ込んでいいんだかわからないんだけど。
 うふふと笑ってもうすぐ会えると喜んでいるけど、相手のウチのじいさまは死んで彷徨っているんだろ?
 それ、幽霊じゃん。
 怪談話じゃん。
 もう夏は終わったんですよ~って気分。
 ありえねえ何この不審者なんとかしてよって思うのに、なんというか、この不審者がかわいいんだ。
 素材というか造りもキレイだなって最初から思っていたけどさ、じいさまに会えるってワクワクしている感じが、すごいかわいいの。
 あのじいさまのどこが良かったん? って聞きたい。
 それくらいかわいい。

「多比良さまは菊の出荷をとても気にしておいででした。ですから、本当にじきなのです。ほんのしばしの間、こちらにあることを、お許しくださいませ」

 両手を合わせて上目遣いにお願いポーズする和装ポニテの美少女って、これ、破壊力すげえんですが。
 ってホントにこれ、どうしたらいいんだろう。
 オレ、トホホって感じなんだけど。
 
「あのさ」

 オレが口を開きかけた時、ざざ~って風が吹いた。
 爽やかな草の香りが巻き上がる。

「多比良さま!」
 
 千代見が喜びの声を上げた。
 え? って振り向いたけど誰もいなくて、それで「いないじゃん」って言おうとしたら、千代見の姿もなくなっていた。

「え?」

 え?
 何、今の?
 あたりはびっくりするほど菊の香りに満たされていて、でも、さっきまでいたはずの千代見はいなくて、オレは一人で畑の真ん中に立っていた。
 なんだったんだ……
 首をかしげながらも、水場の方に足を向けたら、片付けたはずのそこは、じいさまが作業の途中で席を立った時みたいな感じで、散らかっていた。
『出荷した後が大事だぞ。そこから来年に向けて、また、花を育てるんだ』
 じいさまがそう言っていた姿を思い出す。

「いや、だからさあ……もう、秋なんだって……勘弁してよ……」

 オレ、怪談話は苦手なんだよ。
 もうわけわかんないし背中はぞわぞわしてくるし、涙目でオレは帰り支度をして畑を離れた。
 社長に怒られてもいい。
 今日はお終いだ。
 明日、片付ける。



 その晩夢の中で、オレはじいさまと千代見と三人で、菊の手入れをしていた。
 じいさまは生きていた頃より柔らかく笑っていて、千代見がこの上なくかわいかった。
 ホントに、かわいかったんだ。
 これがオレがじいさまの後を追いかけようと、思ってしまったきっかけの、不思議の話。

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