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12 優美な死骸

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寂しい、と思ったことはあまりなかった。物心ついた時から、こういうものだと思っていたのだ。

あまり話したことはなかったが、姉や妹もそう思っていただろう。

他人から見たら、諦めているように見えたかもしれない。しかし、彼女のそれはそのような情感ではなかった。そもそもが、希望というものを知らないのだ。

したがって、何かを諦めるというような経験も、それに伴う感情も知りようがない。あるのはいつも目の前にある現実だけ。

ただ一つ、好きな遊びは人形遊びだった。何故この遊びを、こんなに気に入って何回も繰り返しているのか?  答えは簡単。これは人生を模倣する遊びなのだ。人々の運命を操って、望む人生を作る遊び。

祓戸大神になってからこっち、ひつきの元に届けられた、夥しい願いの数々は、きちんと叶えられたことがほとんどない。

それはそうだ。彼女の本質を、きちんと理解している人間がほとんどいなかったのだから。

だから折角起きることになっても、いつも棺のなかで再び眠ることになる。

彼女がすることは、人々の行動の結果の、穢れや滓をどこかへ持って行くこと。それ以上のことはできない。

罪や穢れがなくなれば、全て上手くいく、と思っている人間が大体彼女の元に来た。

できれば集まってくる彼らが、幸せな人生を送ってくれれば良い、と彼女は思っている。

それが叶えられることがほとんどないから、彼女は代わりに人形にそれを演じさせるのだ。

今、佐一がひつきに与えている人形は、かなり便利が良い。今まで彼女の触れたことのない種類のものだった。

あの佐一という男は、今までの者と比べてもかなりやるほうだ、と考えている。運も良い。彼女は佐一をかなり高く評価していた。

あの男なら、もしかすると上手く自分を使い幸せになれるかもしれない。

ぼんやりと、ひつきはそんなことを考えている。考えながら彼女は、いつものようにペタンと床に座り、近くにあるそれを引き寄せた。ひきずって膝枕し、ゆっくり顔を近づける。

もう二ヶ月以上経っているのに、綺麗なものだった。彼女の周囲にあるものは、腐敗しないのだ。彼女自身にも、理屈がよくわからない奇跡の一つだった。

……別にこれである必要はない。

使えるのなら、何でもかまわない。作り物の人形でもよい。ただ、これが気に入っているのも事実だ。顔立ちが美しく、身体も均整がとれている。そして何より、これは珍しい。

彼女は今まで、こんな人間は見たことがなかった。もっともひつきは、生まれてこのかた一人で外を出歩いたことなどほとんどなく、むしろあの棺の中で眠っていた時間のほうが圧倒的に長いので知らないことのほうが多い。

自分が世間知らずである自覚はあるので、佐一に訊ねてみると、
「自分もこのようなものを見たのは初めてだ」
と、言っていた。

世間的に見ても珍しいものなのだ。これと佐一の所有する人形を、両方とも与えてくれればおとなしくここにいる、と約束した。

別に他に行くあてなどないのだが。
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