上 下
85 / 124
8 『何者でもない』

8-002

しおりを挟む
「私、一応この宗教団体の教主……おさなんですが、実はまだ佐一哲郎という人にお会いしたことがないんです。だから具体的にどのようなかたかは、詳しく存じ上げません」
ようやく口を開いた科乃は、こんなことを淡々とした口調で喋る。

「ただ、色々話は聞いています。お二方もここに来るまでに、色々今の直観神理の状態やこのようになった経緯を、お知りになったとは思いますが……。私の立場からいえば、佐一哲郎という人物について、あまり親しみは感じてないです」

随分婉曲な言い方だったが、かすかに語調に感情が混じった気がした。

「科乃さんは佐一さんが直観神理に来るって話に、反対はしなかったんですか?」

「しましたよ。だから塩見さんが投票なんて言い出したんですから」

科乃は急に拗ねたような口調で言い放った。新情報だったが、それよりも嫌悪感をあまり隠さなくなったことに、守は驚いている。

「講務長さんは、民意を問うたって言ってましたが」

「ご存じですか?  『民意を問う』って『神意を問う』のと、大して変わりませんよ」

科乃は、捨て鉢な様子で言う。なるほど、と短く返答した須軽を、守は横目でちらりと確認したが、びっくりするくらい楽しそうだった。

「ああ、いけない……。喋りすぎましたね。帰る前に白妙会館の事務所へ寄っていってください。そこで連絡先を仰っていただければ、向こうに話の通り次第こちらからご連絡いたします」

最後に科乃はこう言って、深く嘆息した。


「上手くいったからよかったですけど、正直よくわからない面談でしたね」  
会見を終え、エレベーターの中で守が口を開く。

「そうですか?  俺はあの人に会えてよかったですよ。これでだいたいわかりました」

エレベーター内に、須軽の嬉しそうな声が響いた。

わかった、って何がですか?  との問いに須軽は、全体的に何がどうなってるのか、です、と、答える。
「まあ、俺だけ知ってる情報がありますから」

遠慮するように、須軽はぼそっと言い添えたが、守は聞き逃さなかった。

「そういえば須軽さん、ここでなんかまた小人と話してたでしょう?  あれ、内容ちゃんとあとで教えてくださいよ」

「もちろん」
須軽はニヤッと笑って応じる。

「この場所では何ですからね。ここを出て二人になってからお話しましょう」  

エレベーターの戸が開くと、須軽は足取りも軽く歩き始めた。
しおりを挟む

処理中です...