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「講務長さんのニュアンスは、伝えるのが難しいですね……。だいたい、しんどいのはわかってるから、あまり誰もやりたがらないんですよ。当代の講務長さんなんか、講務長やるためにわざわざ北海道から東京に引っ越したんです。ほとんど責任感で引き受けてる、って感じですね。あ、お給料的なものと、東京の本部の近くに住むところは貰えるみたいですよ」

そんなに忙しいのか、と呟いた守に向いて、未夜は、そりゃあ忙しいですよぉ、と、おおげさな身振りで言った。

「だって、定期的にやる合宿一つとっても、全国から信者さんが来たりするんですよ?  規模が大きい合宿だったら、信者さん以外の外部からの参加者も受け付けてるし。ボランティアじゃやってられません」

須軽が、どうにも要領を得ない様子で考え込みながら口を開いた。

「ええー、教団が教祖派と講務長派に別れて争っているという状況……でもないんですか?」

「あー……端的に言ってしまいますと、『教祖派』という派閥はありません」

男二人は、ますますわからない、といった顔になる。

「元々、初代の教祖様も女性だったんですけど、農家の十代前半の女の子が突然神懸かりして教祖になっちゃった人で、教団の運営とか色々な手筈を整えたりとかは、だいたい家族がやってたんですって。で、代が変わったり年を経て、講務長制度とか出来て。教祖はどんどん実務から離れてシンボルみたいになっていったんです。それでも、先代の教祖、今の教祖様のお母さんですね、この人はなんか姐御肌な性格で、結構直観神理の中で人気あったみたいなんですが……。当代の教祖、科乃様っていう女の子ですけど、この人引きこもってて、ずっと『白妙会館』っていう建物の中の、自分の居住空間から出てこないんですよ。だから元々空気みたいだったのが、もっと存在感無くなっちゃいまして。今、教団ちょっとゴタゴタしてるんで、教祖は何してるんだ?  って声も出てきてるんです。言ってしまえば味方無し、って状況ですかねえ」

一息ついて、

「まあ、強いていえば唯一の味方は、冨田さんってことになるのかなあ。お爺ちゃんの人で、白妙会館の文書保管室に居る人です。今の教団では結構古株の人ですよ。……そういえば、この人も、ほぼ引きこもりですね」

未夜は頬の端を掻きながら喋る。

「その人だけ、いまも教祖様にお仕えしてるわけですか」
「あ、忠義の人ってわけじゃないですよ。まあ、うーん……友達みたいな感じ?」 
 
「しかし、その冨田って人しか味方がいないんじゃ、なんかかわいそうですね」
  
守がふと思ったことを口にすると、未夜は何ともいえない微妙な表情を見せる。

「私、お仕事の関係で科乃様とは、わりと話したことあるんですけど、かわいそうって雰囲気じゃありませんねえ……。なんか気楽にやってますよ。優雅っていうか」

正直私、あの人苦手なんで同情し辛いってだけかもしれませんけどね、とこの後未夜は付け足した。

「引きこもってるって、教祖のことですが、何かの集会とか合宿とかにはさすがに顔出すんでしょう?  そういう時ってバッシングされたりするんですか?」

「それもないんです。公の場所にはほとんど姿を現しません。普通の信者さんだと八分通りの人は顔わからないと思います。ホームページとか定期刊行物には一応名前や写真が時々載るんですけどね。存在すら知らないってことはまあ……ないと思うんですけど。信者さんなら」

徹底してるなあ、須軽は呆れ顔で言った。

「で!  ですねえ、今までのことを踏まえましてここに佐一哲郎という人物が登場するのです」

未夜は机上の紙に『佐一哲郎  LCC』と書き加えた。
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