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5 磁場

5-003

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守の家に須軽が来訪し、地下室が発見された日の翌日、奇妙な暗合のように引き寄せられてきた、ある出来事があった。

思わぬ人物との邂逅である。

きっかけは、守がポストから朝刊を取る時に気付いた、次のような手紙であった。



    拝啓、古谷守様

  突然のご連絡、申し訳ありません。お話したいことがありますので、もしご都合がよろしければ明日午後三時、立待駅前の珈琲店『ラ・メール』までおこしください。古谷様にとって、有益な時間になることは保証いたします。お待ちしてい〼。
                                                                  敬具
    追伸
  探偵さんがご一緒でも、問題ありません。私は隅の席で、鉄道の本を読んでいます。
                                                               飯豊未夜


  
これだけの文面が、郵政ハガキの裏に書かれていた。真ん中の『お待ちしてい〼。』だけ毛筆で、他は印刷である。

ハガキの表、つまり住所氏名を書く欄はまっさらであった。切手も貼ってない。とすると、これは郵便局を介して配達されたものではないことになる。

それよりなにより守が気になるのは、末尾に記された差出人らしき人物の姓名だった。

飯豊。二ヶ月程前まで古谷家で働いていて、事件の後失踪した若いお手伝いの姓である。

同じ名字。家族だろうか?  無関係ということはないだろう。

「この差出人、古谷さんの事情に詳しいみたいですね」

「ええ、それは僕も思いました」

文中で『探偵さん』という言葉を使い、須軽のことに触れている。須軽を雇っていることを知っているのだ。ハガキを直接古谷家のポストに投函していることと合わせ、うがった見方をすれば〝お前たちのことはわかっているぞ〟という一種の牽制だと取れなくもない。

「しかしおかしな手紙ですね、こりゃあ」

須軽は、ハガキをためつすがめつ眺めながら、うーん、と唸る。
なにはともあれ話し合った結果、守と須軽は結局向こうの誘いにのることにした。

翌日、二人は指定の時間に遅れないように立待駅に向かう。立待は、近所の私鉄の駅でよく利用するので守は道順を良く知っていた。

首尾良く目的の店は見つかった。きょろきょろしているなかなか座らない二人を、店員がちらっと眼の端で確認する。

しばらく探して店内でも一番奥まった場所、カウンターの壁と内壁で三方を囲まれ、ちょうど個室のようになっている格好の席にそれらしい人物を見つけた。
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