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4 たがいのなかに
4-001
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吾川が来て自らの不甲斐なさを詫びて数日後。安東将一が不意に家に訊ねてきた。
「いや、すみませんね。こんな時間に……ねえ坊っちゃん、モノは相談なんですがね。探偵雇いませんか?」
意味がよくわからなかったので守が聞き返すと、安東は同じ意味の言葉を、より丁寧な言い方で繰り返した。
「いやね。吾川のダンナによると、もう警察は捜査しないんでしょう? なんで、探偵でも雇ってみちゃどうかと思ったんですよ。料金の半分はあたしが出しますよ」
顔を見てみると、どうやら冗談ではない。真剣な様子である。
「探偵を……雇ってどうするんですか?」
唐突に妙なことを言われたので、痴呆のような鸚鵡返しをしてしまった。
「そりゃあ、兄さんのカタキ討ちですよ」
「でも、誰かに殺されたのかどうなのか、よくわからないんですよ? なんか警察では自然死、ってことになったって吾川さんが言ってましたけど」
「ご冗談でしょう? 坊っちゃん! まさか、本気で言ってるわけじゃないんでしょう? あんな自然死があって、たまりますかってんだ」
正直、守もその通りだと思っている。
「……僕は今、自由に使えるお金そんなにないんです。よく知りませんけど、探偵なんて雇うと、かなりかかるんじゃないですか?」
守は未成年だし、兄弟はいなくて母親は失踪していた。急なことで遺言状もない。結局、葬式の日まで会ったこともなかった親戚が、未成年後見人になり守が成年するまで財産を管理することになった。今はその親戚から仕送りのような形で、毎月お金を送って貰っている状態なのである。
「いやあ、そりゃ出世払いでかまいませんよ。それに、探偵はあたしが知ってる奴でね。話したら、普通より割引してくれるって言ってましたよ。いやね、あたしは兄さんには世話んなりましたからね。このまま何もしねえってのはどうにも落ち着かねえ。こう見えても筋は通したいほうなんで」
安東がこう言った時、守の心は決まった。ニコニコ笑いながら話してはいるが、もう安東は腹を括っている、とわかったのだ。守が断ったら一人ででもやるだろう。
安東は、何も金が惜しくて守に相談を持ちかけているのではない。守が古谷宋宗の息子なので、それに配慮して一緒にやろう、と言っているのだ。この人物の考え方に馴染みがないとわかりにくいが、これが安東流の気の使い方なのである。
「わかりました。僕もそれに乗ります。でも、条件を付けさせてください」
守は気を据えて喋り始めた。ここで対応を間違えると、後々厄介なことになる。
「一つ、料金や調査の方法も含めて、その探偵と正式に交渉するのは全部僕にやらせてください。二つ目、調査の途中で探偵の報告を受けるのも僕です。もちろん、その内容は僕から安東さんに知らせます。最後、もし犯人が見つかったらすぐに警察に報告に行く。どうします?」
正直安東は、犯人を見つけたら何をするかわからない、と守は考えていた。最低でも、最後の条件は飲んで欲しい。
「……それじゃあ、俺はずっと蚊帳の外、ってことになりゃしませんかね?」
安東の顔から表情が消えていた。守は、何も答えず黙っている。昨日今日の付き合いではないので、こっちの意図はわかっているだろう、と向うに丸投げしている形だった。
「ま、いいでしょう」
安東は小さく舌打ちしてため息をつく。根負けしたのだ。
「兄さんには世話になりましたからね。でも、犯人が見つかったら必ず知らせてくださいよ。警察に渡した後に事後報告ってのはなしですからね」
守は、わかった、と素直に頷いた。本当は、事後報告にしたかったがしょうがない。
「探偵としては超がつくほど優秀なやつです。その点は安心してください」
エビス顔に戻った安東は、何か意味ありげに忍び笑いを漏らしながら玄関を出た。
「いや、すみませんね。こんな時間に……ねえ坊っちゃん、モノは相談なんですがね。探偵雇いませんか?」
意味がよくわからなかったので守が聞き返すと、安東は同じ意味の言葉を、より丁寧な言い方で繰り返した。
「いやね。吾川のダンナによると、もう警察は捜査しないんでしょう? なんで、探偵でも雇ってみちゃどうかと思ったんですよ。料金の半分はあたしが出しますよ」
顔を見てみると、どうやら冗談ではない。真剣な様子である。
「探偵を……雇ってどうするんですか?」
唐突に妙なことを言われたので、痴呆のような鸚鵡返しをしてしまった。
「そりゃあ、兄さんのカタキ討ちですよ」
「でも、誰かに殺されたのかどうなのか、よくわからないんですよ? なんか警察では自然死、ってことになったって吾川さんが言ってましたけど」
「ご冗談でしょう? 坊っちゃん! まさか、本気で言ってるわけじゃないんでしょう? あんな自然死があって、たまりますかってんだ」
正直、守もその通りだと思っている。
「……僕は今、自由に使えるお金そんなにないんです。よく知りませんけど、探偵なんて雇うと、かなりかかるんじゃないですか?」
守は未成年だし、兄弟はいなくて母親は失踪していた。急なことで遺言状もない。結局、葬式の日まで会ったこともなかった親戚が、未成年後見人になり守が成年するまで財産を管理することになった。今はその親戚から仕送りのような形で、毎月お金を送って貰っている状態なのである。
「いやあ、そりゃ出世払いでかまいませんよ。それに、探偵はあたしが知ってる奴でね。話したら、普通より割引してくれるって言ってましたよ。いやね、あたしは兄さんには世話んなりましたからね。このまま何もしねえってのはどうにも落ち着かねえ。こう見えても筋は通したいほうなんで」
安東がこう言った時、守の心は決まった。ニコニコ笑いながら話してはいるが、もう安東は腹を括っている、とわかったのだ。守が断ったら一人ででもやるだろう。
安東は、何も金が惜しくて守に相談を持ちかけているのではない。守が古谷宋宗の息子なので、それに配慮して一緒にやろう、と言っているのだ。この人物の考え方に馴染みがないとわかりにくいが、これが安東流の気の使い方なのである。
「わかりました。僕もそれに乗ります。でも、条件を付けさせてください」
守は気を据えて喋り始めた。ここで対応を間違えると、後々厄介なことになる。
「一つ、料金や調査の方法も含めて、その探偵と正式に交渉するのは全部僕にやらせてください。二つ目、調査の途中で探偵の報告を受けるのも僕です。もちろん、その内容は僕から安東さんに知らせます。最後、もし犯人が見つかったらすぐに警察に報告に行く。どうします?」
正直安東は、犯人を見つけたら何をするかわからない、と守は考えていた。最低でも、最後の条件は飲んで欲しい。
「……それじゃあ、俺はずっと蚊帳の外、ってことになりゃしませんかね?」
安東の顔から表情が消えていた。守は、何も答えず黙っている。昨日今日の付き合いではないので、こっちの意図はわかっているだろう、と向うに丸投げしている形だった。
「ま、いいでしょう」
安東は小さく舌打ちしてため息をつく。根負けしたのだ。
「兄さんには世話になりましたからね。でも、犯人が見つかったら必ず知らせてくださいよ。警察に渡した後に事後報告ってのはなしですからね」
守は、わかった、と素直に頷いた。本当は、事後報告にしたかったがしょうがない。
「探偵としては超がつくほど優秀なやつです。その点は安心してください」
エビス顔に戻った安東は、何か意味ありげに忍び笑いを漏らしながら玄関を出た。
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